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<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

52歳男性、ガソリンスタンドに火を放つ(R_15)

作者: 孤独

「いや、……もう、無理っしょ」

「そんなことないよ!ウチ等、頑張ってきたやん!これからもや!」


好きな事を好きになる連中が集まり出す。

頭に夢を詰めこんで突っ走り、同じような人達がいる。誰が先頭を走っているのかは知らないが、後ろを振り向くと、暗い世界に似たような人達が消えていった。その先がどーなってんのか、分かりはしないし。分かってないようにしていた。前だけ走っていた。自分と同じ連中と走って来た。

でも、今。そんなこと、後ろにある暗い世界が分かる気がする。理由は色々とあるし、どの人だって、納得がいく。納得するしかない、キツイ現実がある。


「3度目のコンサートで終わりなんて!アカン!」


それでも上々の成功だと、本人だけは思う。

こんな舞台まで来れただけ。決してメジャーでなくても、どこかで。心の中でやり遂げてしまったところがある。人間に限界などないなんて、成功者は言うが。そんなことはないって、大勢の失敗者がいる。



「金と気持ちがキツイ……これ以上、バンド続けても無理。あんたならまだ先に行けると思うけど」

「!………でも」

「ドラムのあたしと、ボーカルのあんたの給与。かなり違ってる。少ないバンドのファンだって、ほとんどあんたのファンだよ。あたしの代わりならきっと他にいる」


喧嘩別れ。

これからはもう会いません。って、大学中退組の自分達がそう決めたくない。

苦楽は共にしてきただけに、追うのは止めないし、応援もしたつもりだ。これからは応援だけでいい。


それで少し、ホッとする。



◇        ◇



ブロロロロロ


速度制限なんてガン無視の一般道路にあって、店は右折進入禁止を掲げているのに入って来るお客様もいる。少ないからいいけれど、止めていただきたい。


「いらっしゃいませー」


会社の制服姿であればその他は自由。足のシールタトゥーとピアスも許されるどころか、GOODサインも出る客引きできる容姿を持ってる女性店員。

このガソリンスタンドに、宇都宮うつのみや茉莉まりは働いている。もう5年目になる。……今、何歳ですか?って訊かれて欲しくないものだが、まだまだナイスバディとナイスフェイスでお客様達と接客をしている。

高速道路の出入り口に近いガソリンスタンドであり、客足はそこそこ。配送の長距離ドライバーや、近所の幼稚園バス、老人介護の車など……色んな車の持ち主達がここに訪れる。


務めた時は、どーなることやら。

元気だけしか分からなかった事もある。

でも、なんだかんだもう5年。


「茉莉ちゃんって彼氏いるの?」

「あはははは。……”ぶっ飛ばしますよ?”」

「ごめん。おじさんが悪かった」


客だったり、一緒に働く同僚に訊かれたりもするが。悪いから断ってるんじゃない。


「でも、おばさんになるまでに捕まえた方がいいよー。茉莉ちゃん、今は可愛いからって、油断しちゃダメだって!いい人見つけなよー!」

「ははははは。そーですよねー」


少しずつだが婚活というのを初めてはいるが、元カレがいた時代を思い出して、億劫だ。確かに仲間とバンドしてた頃はお零れながらも彼氏がいた。

バンドを辞めた原因に、その彼氏に振られたところもある。遊び半分だったー、バンド続けても彼氏でいるのはーって、女の心と時間をなんだと思っているんだ!女も働けってか。……実際そうだけども。


大学中退するほど、無我夢中にバンドを続けて。彼氏に振られて、バンドでも心を満たせなくなって、自ら辞めて、……お金を稼ぐことだけに集中したまま、ここ5年。

ちょっと違うかな。もっと給与が良いところを選ぶもんでしょ。

ここ5年。

今まで頑張ってきた事を忘れたいんだ。もうすぐ、5年。バンドを続けた年数を超えるくらい、働いてみたんだ。少しは忘れられると思ってやったんだけど。



なんだろう。

働き続けるって、変わり映えしなくて、全然記憶が置き換わらない。

それどころか自分の頭を苦しめてくるもの。

自分の勘違いや才能とか、努力とか、色々と全部が今に降りかかって来る。なんか来ないかな。そーいう全てを忘れられるようなこと。

それこそ、彼氏か。


◇        ◇



冬の寒い日だ。それも夜。


「さむっ。夜、冷える~……」


勤めて5年目となれば、色んな時間帯を頼まれては……断らない自分も現れる。夜勤の手当ては付くし、それはそれでいいかって気分。

先ほど入って来た車が給油を終え、そこから片付けを始めようとするタイミング。足音が鳴らない、重そうな足取りをする中年男性が、ガソリン携行缶を片手にここを訪れてきた。

店内で片付けをしている最中だったため、来た時は気にも留めなかった。しかし、男性はガソリンスタンドの前でボーっとした後。……機械に触れて、ガソリンをそのまま買おうとしていた。


「!ちょっとちょっと!いけませんよ、お客様!」


店内から飛び出して、中年男性を止めさせる。


「ガソリンの購入は店員に免許証と使用目的をお伝えしてくれないと、お売りする事はできません!」

「……………そーなの?」

「はい!」


髪はぼさぼさ、冴えないおっさん。ここで働くダメそうな中年親父達よりも、その下にいそうな男。ガソリンスタンドがいつも出すような臭いを打ち消すような、体臭。存在感。

中年男性は周りを見渡していて、こちらに目を合わせない。なんだろう、この人って思っているところ。もう一度、ガソリンの購入を伺う。


「免許証と使用目的を」

「ここは火気厳禁だよな?」


そんな伺いを遮るかのように中年の男は尋ねる。


「そうですけれど。用がないならもうお店閉めるんで、明日とかにできませんか?」


危ない人という認識で向かっていた。それは特に思っているだけであった。中年男性は、ズボンのポケットに手を突っ込んで、……


「!!」

「ひ、……火を付けるぞ……」


ライターを構えた。


「こんな場所で火を付けたら、わ、わ、分かってるよな!」


寒さじゃない震えた声で、ライターを見せて脅し始める。ガソリン欲しさは自殺目的か、あるいは放火目的か。中年男性の震える手が異常なのは、人として正常なことだと思える気がする。

逃げるとか、怯えるとか、……しばしの沈黙ができたのは、この仕事をしてきたからだと思う。


「……確かにここは火気厳禁ですけど」


実際にこの場で試したことはないが、ハッタリにしては十分過ぎることである。

やったらどうなるか分かっているから、現実的にムダだと言ってみる。


「こんな状態で火をつけても、ガソリンスタンドは爆発しませんよ?」

「!……」

「何があったか知りませんが、そんな目的でガソリンは売れません。警察を呼びますか?」

「あ、……いや……」


この言葉に中年男性は項垂れてしまい、ライターをポケットに戻した。警察を呼んでやろうと思って、スマホを取り出し……っと、思ったら店の中に置きっぱなのを忘れてた。

しかし、わけわからん暴走を留まってくれた事で落ち着いた。


「嫌なことでもあったの?寒いから中に入りなさい。立ち去ってもいいけど」

「……………」


中年男性は無言であったが、店舗に戻ろうとする自分に合わせて、後ろからついて来た。なんでこんな事してあげるんだ。見た感じ、自分と20以上は歳離れてそうな中年を相手に……。

接客業特有の心配性かもしれない。それとも、もっと前からの気持ちか。

椅子に座らせて、温かい缶コーヒーをご馳走してあげる事にした。


プシュッ


「飲まないの?料金は要らないよ。100円だし」

「……………」


自分に続くように、中年男性も缶コーヒーを開けた。その間に店内に置き忘れてしまったスマホを手中に入れておく。


プシュッ


「寒いときは缶コーヒーよねぇ。おじさんだって飲むでしょ?それともビール?」

「……ビールだった」

「そー。飲酒運転はダメよ」


温かいコーヒーが身体の中を刺激してくれる。心が温まれば、自然と落ち着いてくる。


「……で、なんであーいう事をするの?」

「……死にたくなったから。一人じゃなく、みんなで……死にたくなった」

「その中に無関係な私を入れないでよ」

「……ガソリンを売ってくれれば良かった」

「罪悪感もあるの!あなたの自殺を、私が手助けしたみたいになるでしょ!勝手に死んでろって思いたい!けれど、そんなのレシート作って、ガソリン渡したら絶対に無理!思えない!心傷つく~!」


自殺をするなって言ってるんじゃなく。その自殺に巻き込むなって言っているつもりだ。

中年の引きこもりがたまに外出して、死にたくなったとかその辺だろうか。社会のなんちゃらに押し潰されたとか、そーいうのか……はぁ~って、溜息も出そうだ。

くだらない!!そーいう強さは、自分には無かった。


「辛いことあった?」

「!…………分からないことだよ」

「うん。分からない。言わないから分からないものね」


ふーって鼻息を荒く答えてしまう。今はこんな意気消沈だけれど、どこかのガソリンスタンドのようなところで暴れ出すかも分からない。まだ名前を知らなくても、顔を見てしまっては、その数日は忘れそうにない。まだ罪のない人に出頭させるというのも、警察は困るか。

辛いことを言わないというのなら、逆に言ってみた。


「……あたし、何やってんだろうね。この5年間」

「?」

「大学中退してまで、バンドのドラムやってさ。好きだった彼氏に振られて、バンドも辞めて、金もなくなって、大学の友達とだって今じゃあんまり遊びに行かない」


自分の人生の辛さが、比較されるべきものか知らないが。

あんただけ辛い思いをしているわけじゃないって気持ちで、自分の辛かったことを聞いてもらった。


「家族と友達に説得され、バイトくらい始めて、……そんでここの社員になって、ここに務めてさ。結婚してる友達もいるのに、あたしはなんだか……”ただただ生きている”ってだけ」


バンドしかないんだ。この彼氏しかいないんだ。そんな感じの人が持てる熱い気持ちを失ってしまい、今は自分の生活を維持するだけの金稼ぎ。立場作り。世間体。


「いつからか死んだみたいに生きてるんだけどね」

「…………!」


その解決とかは、何もない。自分自身がそう感じているだけ。

この苦しみと今の中年男性の苦しみを、一緒にする事などできないだろう。自殺も考えている人間だからこそ、こんなことを言えては、留まらせるような気持ちにさせるかもしれない。

苦しみは苦しみだ。


「……俺は会社に潰された。責任問われて、辞めさせられた」

「!」

「もう、7年も前になる」

「そう。長いのね」


自分がここで働くよりも長い間、引き籠っていた。悩み続けて、その道を選んでいるところもある。まだまだ、自分の気持ちもそれだけ悩むかもしれない。必死に続けた期間よりも長い間。ずーっと、思い悩むんだろうって事もあるのかも。


「働いても意味がない。……ただ、働いた時の金で今日まで生きて来た。そして、まだ少し。生きられるんだ。そー思っていた」

「………………」

「……妹が、子供を2人連れて、実家に戻って来た。いい加減、自立しろと」

「ふふふ」

「笑う……か」

「うん」


心臓が昂ぶり、どーにもこう、やり場のない気持ちが中年男性に生まれた。無関係な人はそーやって思うのは、……仕方のないこと。暴力のようなことは起きなかった。お互いに解決などできない苦しみを抱えていること、打ち明けた事は気を良くさせた。


「家が見つかるまでいるところだった。家を出るには仕事もいる。仕事を続けなければ、家を出られない。ゴネタ。妹の子供達にイライラもする」


口には出さなくても、想像が容易い苦しさ。見苦しいと、人が感じればそうなる。”そんな劣等感は分かる”とか言う気がない。分からないから、無理に理解しない。

想像で優しいフィルタをかけて、


「バツイチになった妹が悪いんじゃない?」

「……そんな風に、言葉を返したかった」


人のせいや、なにかのせいにして。悩みを少しでも忘れさせる。知っていて、どうしてそーするの?

。傍にいるはずなのに、どうして分かってくれないの?悩みを抱える人が答えを求めてないとか、ちょっとは分かって欲しいものだと思った。

どうして辞めさせられたとか、どうして彼氏に振られたとか。理由や真意を思い出すだけで、頭を抉られそうな事は言い合わない。そうだとばかりに、こんな男女が思った事。口に出したいなぁ~って、



「やっぱりあそこで彼氏に振られなきゃな~。人生違ってたと思うな~。バンドは良かったけどさ……」

「……俺も、もう少し会社で出世やら、周囲との地盤を固めておけばよかったー……」

「いや、合コンで彼氏に一目惚れした時かな。もう少し、落ち着いて分かっていれば……」

「就活の時にもう少し悩んでおけば……」


お互い知らない者同士での後悔話。きっと出会わないだろう、分かり合えないだろう後悔を語り合った。

現状を変える何かでもない。成功者からすれば、まったく無意味な時間と呆れられるだろう。

しかし、どこかで欲しかった。こーいう悩みが口から出る事、誰かの耳に入る事。



「「ははははははは」」



クスっと来た笑いは、時々あった。

けど、こうして人と笑ったのは久しぶり。よく分からない人と笑ったのはもっと、昔のこと。



◇           ◇



茉莉の働くガソリンスタンドの朝は早い。


「んーーっ、スッカリ朝」

「……元気だな」

「おじさんは元気無くした?」


まだまだと言わんばかりに、両腕を空に突きあげて体を伸ばす茉莉。その後ろでどこか疲れた顔を見せる中年男性。こんな遅くまで起きているのは珍しくないのだが……。


「それじゃあ、帰るわ。あたし」


茉莉は駅の方へ歩き出した。

もう何もないんだって、凄く……進展したような歩き方だった。そんな歩きを止められる。そんな声を中年男性は言った。


「なぁ!」

「ん?」


沢山のことをした。自分の後悔を、自殺に巻き込もうとした子の前に言ってもいた。

だからこの後悔はないように、


「その……茉莉ちゃんは……まだ、あのガソリンスタンドで働くか?」

「……うーん。良い彼氏ができるまでかな?カッコいいドライバーは良く会うしさ。色々吹っ切れたし」


茉莉の顔は、言葉に嘘がなかったと分かるくらいものだ。

中年男性の方はその吹っ切れは上手くできなかったが、こんな時は久しぶりだ。

何かと出会えば、後悔を生ませる。悲しさがいつもいつも、この人生にやってきたから。

声は決して大きくなくても、気持ちは大きい。いつ以来の勇気があった。


「また行っていいか?今度はちゃんとした客として……」

「!」

「親父の原付に給油したりさ。その……俺に働き口を見つけたら、顔を出すくらいさ!」

「……いいんじゃないですか!?」


茉莉は手を振ってサヨナラをする。

中年男性もいつ以来だったのか、忘れるくらいに人に手を振った。


「ははは……頑張ろ」


後ろに建っている小さなホテルは、二人の後悔を晴らせたようだった。


挿絵(By みてみん)

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