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西洋骨董マロン&便利屋シリーズ

大坪さん家の遺品整理

作者: 夜宵氷雨

「お兄さん、もう閉店よ」

 キャスト達を帰らせ、一人残った泥酔客を前に、レナは深いため息を吐いた。

 一見の客で、キャストとの会話を楽しむこの店では珍しく、会話らしい会話もせずにひたすら飲んでいたから、詳しいプロフィールはわからない。

 体格が良く、ほどよく筋肉がついて鍛えられているし、妙に姿勢がよかったから、あるいは、制服を着る公務員かもしれない。

 レナは、何か身元がわかるものを探そうかとも考えたが、余程のことが無ければ、勝手に客の持ち物を触るのは憚られる。

 閉店時間になっても泥酔客が帰らないのは余程の事態ではあるが、暴れるわけでもなく、眠り込んでしまっているだけだ。

 もしこれが、暴れて、客やキャスト達に危害を加えそうななら、即座に警察に通報するし、酔って寝たのではなく、気絶しているのであれば、救急車を呼ぶと同時に、身元のわかるものを探すだろう。

 しかし泥酔客からは、規則正しい寝息が聞こえ、その寝顔は時折、幸せそうな表情を見せる。

「もう、仕方無いわね」

 レナは諦めて、今日は自宅へ帰らないことに決めた。


 レナが営むBARラブローズは、こじんまりとした店で、常連客が多い。初めてと言っても、ほとんどが常連の紹介だ。別に、一見さんお断りを謳っているわけではないが、大々的な宣伝もしていないだけなのだ。

 それに……たまにある飛び込みの一見客は、店の扉を開けると、「すみません、間違えましたっ」と、踵を返すことも多い。

 それはこの店が、普通のバーではなくゲイバー、それも女性装の男性、ドラァグクイーンが接客する店、わかりやすく言えば、いわゆるオカマバーだからだ。

 同業者の中には、店の外壁等にキャストの写真を貼っている店も多い。しかしラブローズは、店の外観だけ見れば、普通のバーと何ら変わりは無い。店内はあえて煌びやかな装飾を施し、皆が楽しく盛り上がることができるよう、気を配っている。

 ここは客達が、日常を忘れて自分自身を解放し、明日のために英気を養う場なのだ。


 レナは店の奥、つまりキャスト達の控え室から毛布を運んだ。泥酔客を店のソファに寝かせて、毛布を掛ける。そうして売り上げの締めを終わらせると、化粧を落としてラフな服装に着替える。店内の灯りを消し、毛布を被って店のソファに横たわり、目を閉じた。



「痛ってー」

 翌朝、レナが店の厨房で簡単な朝食を作っていると、泥酔客が頭を抱えながら目を覚ました。

「大丈夫? ほら、これ飲んで」

 レナが未開封のスポーツドリンクを差し出すと、客はキャップを開け、一気に飲んだ。

「サンキュー、助かった。って、ここ、どこだ?」

 驚いて周囲を見まわす泥酔客に、レナはため息を吐く。

「お兄さん、何も覚えてないの? ここは私の店、ラブローズ」

 レナの答えに、客は全く違う言葉を返した。

「ん? お姉さんって男か?」

「そうよ。昨日、閉店までウチの店で飲んでて、今更何言ってるのよ」

「昨日……ああ、そうか。俺……」

 そう言って客は、黙り込んでしまった。

 レナは、両手を広げて肩をすくめると、用意した二人分の朝食を運ぶ。

「何があったか知らないけど、とりあえず何か食べたら。あり合わせだけど、よかったらどうぞ」

 そう言って勧めると、客はきちんと手を合わせ、「いただきます」と言って口をつけた。


「俺、閉店までいてここで寝てたってことは、金払ってねえな。すまん、いくらだ」

 朝食を食べ終えた客は、そういって慌ててポケットから財布を取り出す。その拍子に、パスケースがレナの足元に落ちた。

 レナがパスケースを拾う。中には運転免許証が入っている。

「お兄さん、若松郁弥わかまついくやっていうの。じゃあ、いくちゃんね。あ、私はこの店のママで、レナって言いまーす。本名は熊崎源悟くまざきげんごね」

 そう言ってレナは、豪快に笑った。


 郁弥から昨夜の代金を受け取ったレナは、レジに現金を仕舞う。昨日の締めで売掛にしてあるから、後から入金処理をすればいい。

「それじゃあ、私は一回家に帰るけど、いくちゃんは? ちゃんと帰れる?」

「ああ、」

 レナの問いに、郁弥が短く答える。そうして二人は、店を出たところで、それぞれ別の方向に歩きだした。



「はぁ、やっちまった……」

 レナの店を出た郁弥は、一人ため息を吐いた。記憶が無くなる程泥酔したのは、何年振りだろう。しかも、自宅では無く、店でやらかしてしまい、あのレナという店主に迷惑を掛けてしまった。

 帰る家の無い郁弥は、これからどうしようかと思案し、目についた不動産屋に飛び込んだ。

 しかし、結果は芳しくなかった。

 正直に話したのがよくなかったのか、免許証や住民票の住所に住んでいないのならば、契約できないと言われたのだ。

 気は進まないが、書類上だけでも父の住所を借りようかと悩みながら店を出る。すると、先ほど別れたばかりのレナがいた。

「いくちゃん? そんなところから出てくるなんて、全然大丈夫じゃなさそうね」

「レナ、さん、どうして……」

 反対方向へ向かったはずの彼女が、どうしてここにいるのか。郁弥の問いに、レナは両手に提げた買い物袋を見せた。

「買い物があるの、忘れててね。それより、昨日から何か、訳ありっぽいじゃない。私でよければ、話聞くわよ」

 郁弥は、これも何かの縁だろうと、レナの言葉に甘えることにした。


「妹思いなのね。それで今は、住む家が無いんだ」

 レナの部屋に招かれた郁弥は、気付けば自身の事情を全て打ち明けていた。

 高校生の頃、両親が離婚したこと。

 表向きは父に引き取られたが、高校では寮生活だったため、一緒には暮らしていないこと。

 当時中学生だった妹の進学のため、自分は高卒での就職を決め、警察官になったこと。

 十年間勤めた警察を、同僚の不祥事に巻き込まれる形で、退職を余儀なくされたこと。

 つい頭に血が上り、必要な手続きを経ずに、退寮してしまったこと。

 警察に入ってからも寮住まいだったため、自身の家と言える場所がないこと。

「ああ。父は再婚して別の家庭があるし、母と妹は、女性専用マンションに住んでいるから、頼れない」

 家が無いから借りようとしているのに、住所が無ければ、家を借りられない。

「それじゃあ、しばらくウチにいればいいじゃない。ちょうどお店で、裏方の雑用やってくれる人がいると助かるなと思ってたとこなのよ」

 深刻な顔で悩む郁弥に、レナは笑って、事も無げに告げた。


「「「いらっしゃいませ。ラブローズへようこそ」」」

 レナ達が客を迎える声が、店内に響く。

 ラブローズは、オーナーであるレナの他、正規キャストはミリアとマリナの二人で、この三人は、大抵いつも出勤している。

 後は、何人かのアルバイトが交代で出勤したり、イベント時などには、スタイリストや美容師、ダンサー等他の仕事をしているメンバーが、ヘルプに入ったりする。

 ちなみにアルバイトの多くは、そういった仕事の見習いやアシスタントが多い。

 皆、話が上手く聞き上手で、客達は来店時よりも帰る時の方が、心からの笑顔を浮かべている。

 郁弥は、カウンターの奥で目立たないように、皿洗いもといグラス洗いに励む。


 数ヶ月が過ぎ、郁弥が店の仕事にも慣れ、そろそろレナの家の居候から卒業しようと考えていたある日のこと。

「ねえねえ、いくちゃーん。ちょっと来て」

 接客中であるはずのレナが、郁弥を呼んだ。

 郁弥はレナに、自分自身はノンケであり、女性装をするつもりは無いことと、そもそも接客業は不向きであることを伝えてあった。

 だから、営業時間中に客の前に出ることはほとんど無い。せいぜい、キャストの欠勤が重なって人手が足りない時に、ドリンクやフードをテーブルまで運ぶ程度である。

 わざわざ呼ばれるのは何故かと、郁弥は訝しんだ。

 そうして作業の手を止め、レナが座るテーブルへ向かう。


「いらっしゃませ。何か、ご用でしょうか」

 客は、一人の男性だった。色が白く、彫りの深い顔立ちが印象的で、深い緑がかった茶色の着物に、やや緑がかった灰色の羽織を着ている。後で聞いたところによると、着物の色は千歳茶せんさいちゃ、羽織の色は利休鼠りきゅうねずというらしい。

 繁華街にあるラブローズでは、女性客の和装は珍しく無いが、男性の和装はかなり珍しい。それも、郁弥と同年代か少し上くらいかと思われる年代だ。

「ウチの雑用係のいくちゃん。ほら、見てこの筋肉。元は警察官なのよ。頼りがいありそうでしょ」

 レナの紹介に、郁弥は微かに顔を引きつらせた。しかし、どうにか笑みを顔に貼りつけたまま、客に挨拶する。

「若松郁弥と申します」

「栗田恵一です。これは頼もしい。よろしければ、是非お願いしたいです」

 恵一と名乗った客は、レナの言葉に一瞬目を見開き、穏やかに微笑んだ。


「何をですか?」

 郁弥は、恵一とレナを交互に見比べた。

「栗ちゃんはね、骨董屋さんなの。あ、お店の名前はマロンね。それで、古くからのお客さんが亡くなって、ご遺族から遺品整理を頼まれたんですって」

「遺品整理というと?」

 恵一のお願いしたいことというのは、力仕事だろうか。

 遺品整理と言っても、きちんと遺族がある上、骨董が趣味の人間なら、さほど悲惨な状況ではないだろうと、郁弥は予測する。

 警察官だった頃は、何度も目を覆うような場面に遭遇したのだ。

「はい。いつもなら父と二人で行うのですが……あいにく、商品の買い付けで海外に行っておりまして。かなりの蒐集家の方で、一人では動かせないアンティーク家具も、数多くお持ちなのです。中には、表に出せないものもあるという噂で……」


「それは、盗品か?」

 言葉を濁した恵一に、郁弥は前のめりになり、思わず、前職の口調が出てしまう。

「証拠はありません。それに、ご本人は知らずに購入している可能性が高いです。ですが、万が一そういったものがあった場合、本来の持ち主にお返しすべきです」

 恵一は、毅然として断言した。

 その言葉に郁弥は、目の前の男が、自分の商売に誇りと信念を持っているのだと確信する。骨董品に限らず、古物の取り扱いは、常に盗品が紛れ込む危険性がある。そのため、古物商の多くは、当然客の身分証明を求めるし、骨董品を取り扱うとなれば、物だけでなく、客自身に対する鑑識眼も要求される。

「なるほどな。それで、俺を」

 郁弥は、恵一ではなくレナを見た。

「いつも涼しい顔してる栗ちゃんがね、珍しく悩んじゃってるから、どうしたのかって問い詰めてたのよ。ほら、ここは、外じゃ言えない愚痴とかそういうの吐き出てもいいから」

 そう言ってレナは、微笑んだ。

「ありがとうございます。作業の手伝いだけでも有り難いのに、元警察の方ともなれば、まさに百人力」

「そ、それ程でもねえけどな。一応、全部じゃねえが、ある程度デカい盗難は、だいたい頭に入ってる。それに、世間に公表されていない事件もある」

 恵一に頭を下げられた郁弥は、照れくさくなって頭を掻いた。



 郁弥が、恵一から連絡をもらったのは、それから5日後だった。遺族の都合がついたため、この週末にでも来て欲しいという。

 月曜日も祝日で、世間的には三連休だ。遺族は早めに片付けたいらしく、三日間全部立ち会うから、それで全て引き取って欲しいとのだという。

 隣で電話を聞いていたレナが、店のことはいいからと休みをくれた。


 故人は大坪泰三おおつぼたいぞうという資産家で、多くの土地を持つ地主。子は無く、妻を早くに亡くしている。遺族と言っても甥が一人いるだけだという。

「それじゃあ、よろしくお願いします。いやー伯父の手帳に、マロンさんのお名前があって助かりました。これだけの骨董品、僕一人ではどうしていいのやら……」

 遺族は、小野木仁志おのぎひとしと名乗った。大坪氏の妹の息子だという小野木は、妙に人好きのする笑顔を浮かべた。

 紺色のジャケットに、水色のシャツとベージュのチノパンを合わせている。足元は黒のスエード靴で、日頃から、服装に気を遣っていることがわかる。

 しかし郁弥は、その笑顔に、何やら嫌な予感を覚えた。

 ふと隣を見ると、恵一もまた、微かに頬を引きつらせている様子が見て取れる。この人物とは、今までは電話だけのやり取りで、直接会うのは今日が初めてだという。おそらく恵一もまた、郁弥が感じたものと同じ種類の印象を抱いたのだろう。

 郁弥は、この遺品整理が一筋縄ではいかなさそうだと、内心でため息を吐いた。


 恵一はまず、遺品を全てリストアップすることから始めた。時々、小野木に断って写真を撮る。この作業が、いつもの手順なのか、それとも、何かを感じ取ったからなのかはわからない。

「その棚は、リストに二重丸を付けてください。これは……古伊万里かな。シャガールにダリに……念のため、写真撮りますね。あ、ガレのランプですね」

 ともかく郁弥は、独り言のような恵一の指示に従って、目録作りを手伝った。


 故人が遺した品々は数が多く、ジャンルも様々であった。そのため、一日目はその全てを把握するだけで終わった。明日は、見落としが無いかもう一度確認した後、一つ一つ、細かく査定するという。

 一日目の作業を終えた二人は、ラブローズの控え室を借りて、翌日の打ち合わせをする。

「恵一は、あの甥をどう思った?」

「そうですね……多分、郁弥さんが感じた印象と同じです。電話ではわかりませんでしたが、何やら胸騒ぎがします」

 郁弥の質問に、恵一は慎重に言葉を選ぶようにして答える。


 最初は互いに苗字で呼び合っていたが、いつの間にか、名前で呼んでいた。

 一見すると線が細く、身体を鍛えている郁弥とは、いかにも正反対な印象の恵一だが、何度か話をするうち、内面の強かさや胆力が垣間見え、どこか親近感を覚えた。また、自分には無い、和服や骨董に関する知識の広さに舌を巻き、素直に尊敬を覚えた。


「なるほどな。何か、気になるものはあったか」

「全部と言えば全部ですね。うちの店で売った記録があるものもありましたが、そうではないものも多い。それに、生前のご様子からすると、あれほど節操なく集める方ではないように思います」

 郁弥の問いに、恵一は生前の大坪氏を思い出す。一つ一つの品を大切にし、どんなに気に入っても、必ず吟味してから購入を決めていた。

「つまり、大坪氏のものではないと?」

「ええ。念のため他の骨董店に、販売した記録がないか確認しています。それと、盗品の噂のあるものや、贋作が多いと言われるものもありました。郁弥さんは、どう思いましたか?」

「そうだな。骨董の価値は分からねえが……何となく『クサい』気がする。俺は、あの甥という奴について調べてみようと思う」

 盗品や贋作が疑われるものは、特に慎重に鑑定しなければいけない。今日見た限りでは、まだ、『疑い』段階だ。

 恵一は、元警察官の勘という自分とは異なる理由で、郁弥が自分と同じ印象を持ったことに安堵した。

「ああ、なるほど。では、そちらはお願いしていいでしょうか。明日は、私一人で大丈夫ですから」

「わかった。くれぐれも気を付けろよ」

「はい。郁弥さんこそ」

 そうして恵一は、明後日は搬出もあるから、できれば人手を集めて欲しい旨を伝えた。


 翌日、一人で大坪邸を訪れた恵一は、小野木の立ち会いの下、遺品の査定を進めた。立ち会いと言っても、個々に説明したのでは日が暮れてしまう。そのため恵一は、小野木とは最低限の会話を交わすのみに留め、実物と照らし合わせながら、目録に査定額を書き込んだ。

「細かい計算は明日、お持ちします。おそらく、総額1000万程になる見込みです」

 恵一は、やや低めの総額を伝えた。実際には、もう少し高値で買い取れるが、2000万には届かない。それに、買取不可の品もあるから、その処分費用を請求するとなると、実際、小野木に渡るのはそのくらいになるはずだ。

 盗品が疑われる物や、明らかな贋作も多い。しかし恵一は、そういった素振りは一切見せないよう、気を配った。

「ありがとうございます。よろしくお願いします」

 小野木は金額に満足したのか、それ以上は何も言わなかった。



 3日目。この日はいよいよ、大坪氏のコレクションを搬出する。

 恵一が人手が必要だと言うと、郁弥は任せておけと、10人程の作業員を連れてきた。


 約束の時刻。

 小野木仁志が、現れた。

 搬出のために集められたはずの作業員達が、小野木を取り囲む。

 一人が、警察手帳を見せた。 


「小野木仁志、いえ塚田一つかだひとしさん、事情をお伺いしたいので、署までご同行願えますか」

 小野木は、ひぃっと小さな悲鳴を上げ、作業員達を押しのけて逃げようとした。

「おっと、逃がさねえぞ」

 郁弥がすかさず、小野木の腕を掴む。

「公務執行妨害で逮捕する」

 作業員の一人が手錠を取り出し、小野木こと塚田を拘束した。


 作業員達は、郁弥の元同僚、つまり現職の警察官達だった。



 その日の夜。

 本来定休日のラブローズは、貸し切りとなった。

「ええっー、それじゃあ、その甥は別人だったの」

 事件の顛末に、レナが珍しく、唖然とした表情を見せた。

「ああ。塚田は詐欺罪で服役した後、性懲りも無く次の獲物を狙っていた。そこで目を付けたのが、子供がいない大坪泰三だ。その妹の小野木家を調べると、小野木氏は既に亡く、夫人は末期の癌。しかも息子は、都合のいいことにバックパッカーで勘当状態。当然、音信不通だった」

 郁弥は、一度ため息を吐くと、説明を続けた。

 そこで塚田は、息子の仁志だと言って小野木夫人を見舞った。既に意識が朦朧とし、認知症も進行していた小野木夫人は、本当の息子かどうか判断がつかなかったらしい。

 あるいは、気付いてはいたが伝える術が無かったか、気付いていても認めたくなかったのかもしれない。

 塚田は小野木夫人を最期まで看取り、小野木仁志として、その遺産を手にした。その際、大坪泰三にも会い、無事に甥として認められていた。

 年に何度か、塚田は大坪氏を訪ねていたという。大坪氏所蔵の盗品や贋作は、塚田が持ち込んだものだった。

 いずれ、大坪氏の遺産も手中にする計画だった。それに加えて、多くの骨董品が並ぶ大坪邸は、盗品や贋作の隠し場所に最適だった。


 しかし、本物の小野木仁志が帰国していた。旅先で知り合った女性と結婚するため、戸籍謄本を取り寄せ、母の死を知ったのだという。

 勘当状態だったとはいえ、急遽帰国した小野木仁志は、母の遺産が、自分を名乗る別の人物に渡っていると知り、警察に相談した。

 そこへ郁弥が、元同僚である警察官に、大坪氏の甥の話をした。

 本物の小野木仁志が、間違いなく大坪氏の甥であるとわかり、今回の逮捕劇に至ったのだ。


「今回は、二人のお手柄ねー奢っちゃうから、飲んで飲んで」

 レナはそう言って、恵一と郁弥に焼酎を勧める。

「郁弥さんは、ずっとここで皿洗いをするつもりですか」

 ふと、恵一が呟いた。大坪氏の遺品整理、というより甥への不審を感じた時の郁弥は、別人かと思うほど鋭く、冷静だった。隣にいた恵一は、その雰囲気に押されて身震いする程だった。

「ん? まあ、ここの仕事は気に入ってるけどな。いつまでもレナさんの世話になるわけにもいかねえしなぁ……」

 少々面倒くさそうに、郁弥が答えた。今はレナの厚意に甘えているが、ちょうど自立を考えている。

「あら、そんなの遠慮しなくてもいいのに。でも、いくちゃんには、もっと向いてる仕事がありそうね。探偵とか」

「探偵もいいですが、便利屋はいかがですか。本物の小野木さんから、遺品整理のご依頼を頂いたので、手伝って頂けると助かります。探偵では、骨董屋の手伝いはできませんから」

「いいわね、それ。お客さん達にも、宣伝してあげるわよ」

 レナと恵一の言葉に、郁弥は面白そうだと思った。その上、職歴が役に立つなら、言うことはない。

「なるほど、それも悪くないな」


 こうして若松郁弥は、便利屋を営むことを決めた。

 レナや恵一の紹介もあって、業績は上々。きっと、未来は薔薇色に違いない。

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