09
「詩和先輩、家から兄の制服を持ってきました」
心優先輩にお願いしてこういう機会を設けてもらった。
もちろんただで、とはいかなかったため、高いアイスを献上してのことだが。
「着てくるね」
「はい、よろしくお願いします」
ふふふ、タキシードなんて持ってこられるわけがないんだ。
詩和先輩に制服を着てもらって、その上で私が普段使用している度が入っていない眼鏡をかけてもらえば理想通りになる。
そうすれば私の案が1番、なんでも派手すぎればいいわけではないのだから。
「悪い顔をしているね」
「そんなことないですよ。心優先輩も詩和先輩に着てほしい服とかないんですか?」
「メイド服」
メイド服……それじゃあただの可愛い女の子になってしまうだけでは?
「はぁ……浅いですね、心優先輩は詩和先輩のことがただ好きなだけなんですよ。でもですね、え、こんな1面が? ってなる方がいいに決まっているんです。詩和先輩にはなにより派手な格好より、多少地味ぐらいな格好の方が似合うと思います」
あんまりはしゃぐ人ではなく淡々に物事に臨む人だからこそ似合う。
そ、そりゃ……そういう服を着ていれば単純に可愛いだろう、ただもう既に普通の状態でも可愛いのだからこれ以上着飾る必要はない。
同様の理由でお化粧とかもいらない、素のままでいてほしい。
「着てきたよ。でもこれ、えなの匂いがする」
「同じ洗剤を利用していますからね」
あと兄の匂いやタンスの匂いを残したまま着てもらうことなんてできるわけがないじゃないか。
だからちゃんと何回か自分が着てから洗濯をして、それを先輩に着てもらっているというわけだ。
「あとこれを」
「うん――っと、こうでいい?」
「すてきですっ」
地味でも真面目な姿に惹かれた女の子に好かれて、でも、本人は全然気づけなくて両片思いになっていくとかそういうルートが似合いそう。
謙虚であればあるほどいい、自分を多少犠牲にしてでも人のために動けるそんな人とかだったら理想だ。
「確かに似合うけどさ、詩和はそのままが1番なんだけど?」
「心優先輩は黙っていてください。アイスを買ってきたんですから満足してくださいよ」
「うーん、最初はそう思っていたんだけどさ、詩和を着せかえ人形みたいに使われるのが嫌なんだよね」
うっ……た、確かに心優先輩にはアイスを買ってきたとしても詩和先輩にはなにもない。
なのに利用させてもらってしまっている、こんなこと許されるのか?
いやまあ、願望でもなんでもなく先輩は許してくれるだろうが……だからって甘えては駄目だろう。
「すみませんでした……」
「気にしなくていいよ、これは結構楽しいから」
だからこういうとこぉ……ずるい、笑顔とか好き、この短期間で忘れられるわけがない。
仮に初対面がお互いにとっていい印象だったとしても付き合うことは無理だっただろうが、もしかしたらという可能性を考えては自己嫌悪をするという繰り返しだった。
せめて私が先輩と同じ学年、クラスだったら、そうすればもっと近い友人でいられたのに。
「そんなに不安な顔をしなくていいよ」
「え、ちょっ、い、いいんですか?」
「大丈夫」
心優先輩が後ろで見ているというのに抱きしめるとは大胆な……。
普通だったら「その気もないのにしないでください!」と押しのけるところだ。
でも、こんなの拒絶できるわけがない、いまこの時だけは自分が1番優先されているのだから。
好きな人に抱きしめられているという事実だけで満足できる。
「えなはいい子だね、真面目でしっかり自分を貫けていて格好いいよ」
そんなことはない、こういうことを頼んでいる時点で真面目ではないのでは?
仮に真面目だったとしても思考が健全ではない、友達には絶対に言えない趣味だ。
いま心優先輩が言っていたように、先輩を着せかえ人形みたいに扱っているなんて駄目でしょう?
逆ならまだ分かる、先輩に頼まれてこちらが色々と着替えてみるなら。
それでも実際のところは違うわけで。
「うぅ……ごめんなさいぃ」
「大丈夫だよ、よしよし」
な、なんだ……この聖母は。
心優先輩や小牧先輩と違って出るところが出ているわけでも、身長がそれなりに大きいわけでもないというのに、溢れ出る包容力を前に全力で甘えたくなってしまう。
「好きですぅ」
「ありがと」
当然、後でいっぱい怒られた、しかも詩和先輩がいないところで。
だけど当分の間は元気に過ごせる気がして、こちらはほっとしていたのだった。
「――ちょ、なんで私がこんなの着なきゃ駄目なの?」
「詩和に着させようとしたら怖い顔をしたからじゃん」
聞けばえなからのお願いは聞いたようだし、このままでは不公平。
それでも一応の常識はあるため、仕方がなくミユで我慢してあげているだけだ。
「心優、格好いいよ」
「え~……私は女なのに」
ネットで探しても高いのかチープなのしかなかったため、必死に自作した。
当然、詩和に合わせて作っているから色々なところがキツそうだが、心優でも着られたようだ。
「あ――詩和、可愛い君が好きだ」
「それって可愛くなければ好きじゃないってこと?」
「可愛くない君を知らないから意味のない問いだな」
「僕も好きだよ」
ちっ……惚気けてくれるじゃないか。
こういうのが見たくてしたわけじゃないんだよなあと、内で呟く。
もっとえなにしたみたいに抱きしめたりとかしてほしい。
男装状態じゃなくてもいいから……いや、その方が可能性は低いか。
ちょうどそのタイミングでミユがトイレに行ってくれた。
私はそれでも動けずにただ無力に待つしかできなかった。
だって抱きしめることは簡単だ、だがそんなことをしたら詩和に、ミユに嫌われる。
それだけは嫌だ、せめてずっと友達のままでいたいんだ。
「小牧、そんな顔をしないで」
このパターンは!? と、えなから聞いたことを思い出して期待をする。
そして、彼女は期待に応えてくれるような子だった。
こちらの方が大きいから必死に抱きついてきているようにしか見えない!
でも分かる、彼女の愛情が。
決して特別にはなれないのにこれをしてもらえるだけで満足できてしまう。
「もう! 詩和はほいほい抱きしめるの禁止!」
彼女の彼女が戻ってきて終わりかと思いきや、逆に力を込めてくれる……だと?
「自惚れかもしれないけど小牧は多分これを求めていた、だったら応えてあげないと」
「詩和は私の彼女でしょ! 堂々と浮気なんかしないでよっ」
「浮気じゃない」
「いーやっ、浮気だよそれ! 私だからいいけど、もし他の人が彼氏だったり彼女だったりしたら文句言うからね!?」
「私が好きなのは心優だからそんなこと言われても意味ないよ」
「小牧を抱きしめられたまま言われても説得力ないよ!」
……駄目だ、このままでは喧嘩になってしまう。
一瞬だけ彼女を抱きしめてから「ありがと、もういいよ」と伝えた。
詩和もこくりと頷き、私から離れていく。
……自分のことしか考えていなかった、なに甘えてるんだと自己嫌悪。
ミユはずっと共に過ごしてきた大切な友達だ、その友達を悲しませてどうする。
「って、なんで脱いでるの」
「え、だってトイレしにくかったし」
「もう1回着てきて! 結構……似合ってたんだからさ」
「はい? なにデレてんの?」
「ミユは大切な友達だけど1番好きなのは詩和だから!」
あ……なーにを言っているんだ私は。
改めて炎上させてどうする、アホだな本当に。
「ふぅん、面白いこと言ってくれるじゃん」
「冗談とかじゃないから」
「ま、思うだけなら別に禁止したりしないよ。それに、昔から好きなことは似ていたもんね」
確かに、よく同じことを好きでいた。
猫派だったり、たわらおにぎりは両端から食べたり、変なところでは几帳面だったり。
嬉しかった、彼女だけはいつも私のことを理解していてくれたから。
「ミユ、詩和、ずっと仲良くね」
「小牧ともしてあげるよ、しょうがないから」
「僕も、しょうがなくはないけど」
「あはは、ありがと!」
このふたりと同級生で良かった。
でも、だからこそ少し謙虚に生活するとしよう。
この優しいふたりとずっと一緒にいたいから。
一緒にいられるだけで私は元気に生きられると、楽しそうにミユと話している詩和を見てそう思ったのだった。