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046  作者: Nora_
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08

 腹痛なんて嘘だった。

 正直に言ってまともに顔も見られそうになかったからだ。

 だから少しだけ行くのを遅らせた、……そのせいで詩和を不安にさせてしまったが。

 物を貰うなんて初めてではないのに……なんであそこまで動揺してしまったのか。


「心優危ない!」

「え」


 気づいた時には詩和に抱き寄せられていた。

 どうやら考え事をしていたせいで用水路に落ちそうになっていたみたいだ。


「危ないよ、考え事をするなら帰ってからね」

「あ……うん、ありがと」


 どうしてこうなった。

 気づけば支える側から支えられる側になっている。

 あと、甘えてもらう側ではなく甘える側になってしまっているぞ……。


「ごめん小牧、ねむをおんぶしてもらちゃって」

「気にしないで、こういうの慣れてるから。それにねむちゃんは軽いし、なんならミユだっておぶって帰れるよ?」

「はは、小牧は力持ちだね」

「詩和も眠くなったら言ってね」

「大丈夫、ねむのことお願い」

「はーい」


 ねむちゃんの次にはしゃいでいたえなにも話しかけて楽しそうにする詩和。

 私が変わったんじゃなくて彼女が変わっただけに思えてきた。

 でもなあ、どうして私だけは最初断られたのだろうか。

 実は苦手とか? 嫌い……まではいかないと思うけど。


「心優、また同じようなことになったら危ないから手を握っておくね」


 え……なんで今日はこんなに積極的なのか。

 そして、なぜ今日に限ってふたりが文句を言ってこないのか。

 手汗をかいていないか気になる……あと、なんか熱いような気がする。


「え、えな……」

「なんですか?」

「いや……楽しかった?」


 斜め前を歩いているえなに助けを求めることに。

 小牧と詩和が手を繋いでいる時に止めていたのが見えていたため、止めてくれると思ったんだ。

 でも、自分から言うのも嫌な女って感じがして普通のことを聞いてしまった。


「楽しかったですよ」

「それなら良かったね」

「はぁ……どうしたんですか、あなたらしくないですね」


 今日はその自分らしさってのが1番分からなくなった日だ。

 飄々とした人間でどんなことにも動じず自分を貫けると思っていた。

 それが最近はどうだ、詩和が変わるにつれてこちらも嫉妬みたいな感情を抱くこともあった。

 ただストラップを貰えたというだけでまともに顔も見られなくなるくらい動揺したことも。


「最近の私はおかしいんだよ」

「元からじゃないですか」

「ひどっ!?」

「冗談です、すみません」


 ……頭を冷やしたい。

 なのに手を握られているからできないと。


「私はこっちなので」

「僕も行く、返さないと」

「そうでしたね、行きましょうか」


 当然のように私も連れて行くようだった。

 当たり前のように鍵を小牧に渡してねむちゃんを運んでもらうことにしたらしい。

 信用している相手でもほいほいと鍵なんか渡さない方がいいと思う。

 とりあえずこちらの目的地はえなの家だ。

 遠いわけではないからすぐに着き、詩和が着替え終えるのをリビングで待つつもりだった。


「え、私も?」

「どうせすぐに終わるから」


 なぜか洗面所に連れ込まれ目の前で脱がれる。

 え、なに、なんでわざわざ見せつけてくるのこの子。

 こんなに大胆な子だった? あ、抱きしめさせてくれたりはしたけど。


「終わったよ」

「あ……」

「帰ろ、送ってあげる」


 ぼけっとしている間にも詩和はえなに挨拶をして私を家から連れ出した。

 こういう時も送るのではなく送られる立場になっているのはなんでかな?

 彼女の中でなにがあったんだ、手だってもう危険性はないのに握ったままだし。


「嫌いにならないでね」

「な、なるわけないよ」

「……僕が名前呼びを拒んだ理由、知りたい?」


 知りたいような知りたくないような。

 苦手とか嫌いだったからだったらどうする?

 その時は真剣に凹むし、学校にだって行きたくなるだろう。


「知りたくないって言われても言うけど。あのね、心優に呼ばれたらドキッとするからだよ」

「ど、ドキッと……?」

「笑顔が可愛い、笑っていない時は綺麗、誰かのために動けるところは格好いい、すてきな人だから」


 恐らく不慣れなんだろう、自分が大胆なことを口にしていることを自覚していない。

 なにこの子……逆に怖いぐらいだ。

 でも、一方通行すぎなくて嬉しくもある。


「あ、心優にだけストラップを買ったのは内緒ね、ふふふ」


 ドキューンッ!? ……冗談はともかくとしてやばい、もう本当に。

 ただ、この子を狙っている子が多すぎる。

 そんな中で露骨に仲良くしたりしていると指摘されてしまうのでは?

 特に小牧とえな! まず間違いなくチクリと口撃してくるのは確実だ。


「詩和……帰ったらメッセージ送ってもいい?」

「いいよ、お風呂に入っていたりするとすぐに返事はできないかもしれないけど」

「大丈夫」

「うん、じゃあ待ってるね」


 お別れの時間がきてしまった。

 手を離した瞬間に、途端に寂しさに襲われたが我慢。


「今日は楽しかった、後で小牧にも言っておかないと」

「だね」


 結局お金だって払っていたからあんまり意味ない気もするが。

 彼女は元気良く手を上げ「じゃあね」と口にし帰っていった。

 先程まで彼女に握られていた手のひらをじっと見つめて、キスしそうになった自分を慌てて止めた。


「ただいま」


 なにやっているんだぁ!? と内は大暴れだった。




「小牧、ありがとう」

「気にしないで。それより、簡単に鍵を渡しちゃ駄目だからね?」


 それだけ信用してくれているということなんだろう、だが心配なのは変わらない。

 知らない女の子にも付いていってしまうような子だし、ミユと一緒に見ておかないと。


「それより今日は来てくれてありがとね」

「お礼を言うのは僕の方だよ」

「それでミユと仲良くできたから?」


 別にそれでいい。

 なにも自分のことを好きになってほしいわけではないから。いや、普通に好きでいてほしいけど。


「うん」


 と、彼女は即答してくれて「あはは」と笑いたくなった。

 彼女を変えたのはミユで、ミユを変えたのは彼女だ。

 お似合いのふたりだと思う、素直に応援したいと思える。

 ただ、


「でも、また男装して一緒に出かけてっ」


 そう、これは継続してほしい。

 あの子のことを好きになって付き合ったとしても友達ではいてほしいように。


「いいよ、その時は心優も連れて行くけど」

「いいよ! 私もミユのことは好きだもん」

「ふふ、僕も同じ」


 ああ……でもなあ、この笑顔はズルいなあ。

 私がいない間になにをしたんだろう、ミユって凄いな。


「そうだ、ごはん食べてく? 作ってあげるよ」

「えっ……い、いいの? 私はミユじゃないけど」

「ん? 知ってるよ? でも、小牧にもお世話になったから。食べていってくれると嬉しい」

「あ、じゃあ……お世話になります」


 ごめんよぉ……断れないよこんなの。

 まだおねむ状態のねむちゃんと待っていると、彼女がドリアを作って持ってきてくれた。

 柔らかい笑みを浮かべて「熱いから気をつけてね」と更に優しさもくれる。


「いただきます」


 うん、熱が入ってとろけたチーズがいい。

 それをグラタンやごはんとまとめて食べることで、熱くてもとても美味しいごはんだった。


「美味しいよっ」

「ありがと。ただ、手作りとは言いにくいのがあれだけど」

「そんなことないよ!」


 匂いに反応したねむちゃんも「食べたい」と言う。


「分かった、作ってくるね」

「うん」


 あ……詩和を見ながら食べたかったのにって……しょうがないよね。

 部外者なんだからちゃんと味わって食べて早く帰らないと。


「あちちちっ」

「気をつけて、はいお水」

「あ、ありがと……」


 うぅ、恥ずかしいところを見せてしまった。

 そのせいで後半は大して味わえず……なにやっているんだか。


「ごちそうさまでした」

「お粗末さまでした」

「帰るね」

「うん、送っていくよ」

「いいよ、ミユに怒られちゃう」


 作ってくれたごはんを食べたのだって絶対に気になるはずだ。

 だからひとりで外に出て歩こうとしていたのに袖を掴まれて前に進めなかった。


「心優はそんなことで怒らないよ。送らせて」


 いつの間にか私よりもミユのことを知っているのではないだろうかという感じ。

 彼女は中にいるねむちゃんに送ってくると伝え、再び外に出てきた。

  

「行こ」

「うん、よろしくね」


 ……ミユの時みたいに手を繋いではくれなかったが、一緒にいてくれるだけで嬉しかった。




「――えな」

「へ? あ、し、詩和先輩!?」


 教室でぼけっとしていたら急に目の前に先輩が出てきた。

 いままでこんなこと1度としてなかったのになんだろうか。


「一緒にごはん食べよ」

「心優先輩たちはいいんですか?」

「お友達と食べているから邪魔したくなかった」

「ふぅ……分かりました、どこで食べます?」

「中庭で食べよ」


 移動してきて食べ始めたものの、なんとも落ち着かない時間の始まりに。


「心優先輩なら声をかければ必ず優先してくれると思いますけど」


 ああ……こんな言い方良くない、先輩を困らせたいわけじゃないのに。


「困らせたくなかったから」

「……遠慮は良くないと思います」

「うん、えなの言う通りかも」


 そうだ、曖昧な状態よりハッキリしている方がいい。

 先輩にはいますぐにでも心優先輩と付き合ってもらいたいぐらいだった。

 だってそうじゃないと……とにかく、甘えてしまうから。


「僕ね、遊園地の時、ちょっと寂しくなったんだ」

「なんでですか?」

「えなも小牧も男装状態の僕しか求めてくれないから。だけど、心優は普通の僕が好きだって言ってくれたんだ。それが嬉しくて浮かれて手を繋いだりしちゃって……ちょっと恥ずかしくて……」


 男装姿だけを求めているわけじゃない。

 その下の本当の顔を知っているからこそより魅力的に見えるというか……。


「あっさりバレた時は驚いたけどね」

「私もです」


 声は思い切り先輩のままだったけど騙せると思ったんだ。

 でも、無理だった、小牧先輩にもすぐ分かられてしまうぐらい。

 ……顔はそのままなんだからただ髪を短くして服装を変えればいけると考えた自分がアホだけど。


「あ、それちょうだい」

「え、卵焼きですか? それなら詩和先輩のもください」

「いいよ」


 確か自分で作っている的なことも言っていたし先輩の手作りを食べられる。

 食べさせてもらうとどうやら醤油派のようだった。


「美味しいです」

「えなのも美味しいよ」


 幸せだ、ただ最初にあんな衝突の仕方をしていなければ良かったと後悔する。

 聞く価値すらなかったのかと悔しくてぶつかったが、しっかりと聞いてからにしておけばと……もう遅いけど。


「初対面の時はすみませんでした」

「ん? あ、委員会で怒ってきた時のこと? えなは間違ってないよ、あれは弱かった僕が悪いんだよ。でも、こうしてえなと普通に仲良くできて嬉しいよ」


 そんなのこちらのセリフだ。

 いつも思ったことをなんでも口にしてしまって他の子に距離を置かれていた。

 謝っても結局それは自己満のものにしかならなくて、分かり合えないから自分は間違ったことを言っていないって強がってひとりでいた。

 だから自由に言っても気にしないでくれた小牧先輩と心優先輩の存在は大きい。

 あのふたりがいてくれたなら他はどうでもいい、正しいと信じて行動すると決めていたのに。


「えな、また見たいなら男装するよ?」

「好きです」


 詩和先輩と出会って変わってしまったのだ。

 いや本当に単純で弱い女だと思う、ちょっと優しくされただけでここまで惹かれてしまうなんて。


「小牧と一緒だね」

「違います、男装のことについてではないです」

「え、それって告白ってこと?」

「はい」


 無理なのは分かっている。

 これはせめて行動できたからと後に自分を慰めるためのもの。


「ごめん、心優が好きなんだ」

「はい、聞いてくれてありがとうございます」


 ハッキリしてくれたからこっともスッキリした気分でいられる。

 最初出会った時の彼女は謝ってばかりだったけど(自分のせい)、いまは堂々としていて格好いい。


「また男装してください、それでみんなでお出かけしましょう」

「いいよ、意外と気に入っているから」

「え~、本当ですか~?」

「うん、それにえなが甘えてくれるから」


 付き合い始めたら甘えることもできなくなるのでは?

 い、いや、心優先輩はともかく、詩和先輩なら……どうだろうか。


「詩和ー!」


 来てしまった、幸せな時間を壊す人。

 ……自分の方がそうだとは思いたくなかった。


「心優、今度またみんなで出かけよ」

「いいよ~――ん? えなはどうしたの?」

「先程、好きだと伝えました」


 少しでも動揺させたかった。

 少しだけでもライバルでいたかった。

 でも、心優先輩は「返事は?」と変わらぬ雰囲気で聞いてくるだけ。


「断られました」

「そっか」


 残念だったね、とか言ってきたりはしない。

 あからさまにほっとしているわけでもない。


「えな、これあげる」

「ジュースですか?」

「受け取って」

「……むかつきます。でも、ありがとうございます」


 同情……真剣な顔だからよりこちらにダメージが。

 ただまあ、喉が乾いていたところだ、ありがたく受け取っておこう。


「よしっ、今日は私の家でお泊り会しよう!」

「はい?」

「いいよ、その場合はねむも連れて行くけど」

「小牧はどうするのかなあ、カズくんとか連れてくるのかな?」

「ちょちょ、待ってください、もう決定事項ですか?」

「うん、決定だよ~」


 いやでも待て、詩和先輩が来るのなら楽しめる!


「しょうがないから行ってあげますよ」

「うん、おいでおいで~」


 詩和先輩がいるところには必ず現れる存在として君臨し続けようと決めたのだった。




 あれから1ヶ月近く経って、もっと涼しくなってきた。

 依然としてみんなとは仲良くやれている。

 でも、教室から逃げようとしていた僕はもういない。

 残念ながら席替えがあり、心優は横の席ではなくなってしまったが。


「詩和~」

「どうしたの?」

「いや、ただ甘えに来ただけど」


 こうして来てくれるから全然マシだ。

 休日も遊びに行ったりしているから仲良し度は寧ろ上がっている気が。

 

「詩和~、聞いておくれよ~、小牧がさ、私はもうちょっと真面目にやった方がいいって言うの」

「心優は真面目だと思うけど」

「うん、でももっとだって」


 もっと真面目になってしまったら更に届かなくなってしまう。


「心優はそのままでいてね」

「だよねっ、私はこのままでいいと思うんだよ~」


 いまの心優のことが好きなんだ、簡単に変わられてしまったら困る。

 それに少しでも対等な存在でありたい、そのためには現状維持してもらわないと。

 ところで、彼女はどういうつもりで僕を抱きしめてくれてるんだろうか。

 自分のこれみたいに特別な意味からの行為であれば……それは嬉しいけど。


「甘やかしてよ~」

「心優はそのままで大丈夫」

「抱きしめて~」

「いいよ」


 こちらからも積極的にアピールして引き出すしかない。

 教室だろうと一切気にせず、真正面からガッツリ抱きしめた。

 本人が望んだことだ、周りの子たちだって怖い顔をしたりはしないはず。


「「「おぉ~」」」

「おいお~い、見世物じゃないんだぞ~」

「「「いや~、やっとくっついたんだなって思ってさ~」」」


 友達がたくさんいるというのもこういう時大変だな。

 だが、嫌な感じはしなかった、みんな歓迎してくれてるようにも見える。

 彼女は「まだくっついてないぞ~」と真実を伝え、周りの子は「え~」と微妙そうな表情を浮かべた。


「それにしても、鹿島さんがここまで変わるなんてね~」

「そうそう、すごいよね、さすが愛のパワーですよ」

「どちらかと言うと心優がしつこく絡んでいた感じだけどね」


 そんなことはないと口にしたらまた盛り上がりを見せてくれた。


「ちょっと前だったら話し声だって聞けないままだったのにね……お姉さん涙が……」

「分かる! それに鹿島さん可愛いしね」

「って、後からこういうこと言ったら嫌なやつみたいじゃん」

「「「ごめんね、話しかけないで」」」


 なんだ、なにを勝手に恐れていたんだろう。

 もちろん心優といるからこう優しく話してくれているのは分かっている。

 だが、勝手に恐れて距離を作っていた自分が馬鹿すぎてどうしようもなかった。


「ううん、こうしていま普通に話せているだけで十分嬉しいから」

「そうだよね! だって心優のことが好きなんだもんね!」


 い、いや……そういう情報は吐かないでほしかったよ……。

 心優がいちいち大袈裟に反応したりしないで良かった。

 この心の底にある感情をぶつけるのはいまじゃない。


「みんなに見られちゃうし、移動しようか」

「え、まだするつもりなの?」

「当たり前だよ、もっと詩和成分を補給しておかないとやる気出ないも~ん」


 強制的に移動させられることになった。

 そして選ばれたのは以前まで僕がお弁当を食べていた場所。

 今日は天候が曇りだから薄暗く、肌寒いぐらい。


「詩和」

「心優は甘えん坊だね」


 こうして暗がりで抱き合っているといけないことをしているみたいだ。

 これでもまだ付き合っていないというのが実に不思議な話だ。


「……なんで他の子と話せて嬉しいって言うの」

「駄目なの?」

「本当なら小牧やえなとだって出かけてほしくないのに」

「ふたりきりでは出かけてないよ? 必ず心優もって誘ってるし」

「駄目! それだけじゃ駄目なの! ……詩和の全部、私にくれなきゃ嫌だから」


 さすがにもうあげられないものもあるが、こちらはそのつもりでいる。

 努力してもう少しぐらい対等になれたら想いを伝える――予定だった。

 でももし、僕がハッキリしないことで焦れったい気持ちを味わっているのなら。


「心優のこと好きだよ」

「……なんでこのタイミングなの~、小牧やえなと仲良くする度に好きだって言うつもりなの?」

「好きだからだよ」


 それを求めるなら何度でも言おう。

 僕は心優のことが好きだ、彼女といると最初からドキドキしたりソワソワしたり忙しかった。

 下手くそだから露骨な態度を取って微妙な気分にさせてしまったりもしたが、彼女は来てくれた。

 僕に好かれて嫌だと言うのなら、それはもう過去の自分を責めてもらうしかない。


「好き、だから付き合って」

「……まさか詩和から言われるとは思わなかったな~」

「付き合ってくれなかったら怒る」

「どういう風に?」

「こらっ、って言う」


 こちらに抱きしめられたまま「あははっ」と彼女は笑うだけだ。

 このまま届かないままだと初めてなんだから苦しいよ……。


「なにそれっ、ただ可愛いだけじゃん!」

「じゃあきしゃああ! って怒る」

「それも可愛いだけー」


 可愛いと思うなら受け入れてほしい。

 僕を変えたのは彼女だ、変えるだけ変えて結局そういうつもりはなかったと言われても困る。


「受け入れてよ……」

「受け入れないなんて言ってないでしょ~」


 先程と違って彼女はあくまで余裕そうだった。

 最近はどちらかと言えば甘える側だったから嬉しかったのかもしれない。


「あのさ、好きじゃなかったらこんなことしないから。誰にでもすると思った? 詩和と話すようになってからは一切してないからね」

「してる」

「手を繋ぐぐらいだから我慢して!」

「なら僕が小牧やえなと仲良くしても許して」

「え~」


 彼女たちも心優と同じぐらい大切な存在だ。

 距離を置くことはできそうにない、ワガママだからみんなといられないともう嫌なんだ。

 いい意味でも悪い意味でも変わってしまった形になる。

 そして、僕をこうしたのは心優なんだから少しは我慢してもらうしかない。


「私、詩和と過ごして分かったんだけどさ~、意外と嫉妬深いかもしれない」

「小牧に対してもそういう感情を抱いたことあるでしょ?」

「昔はね、私を理解してくれるのはあの子だけだったから」


 ずるい……やっぱり過ごした時間が違うのは差が大きい。

 なんとか受け入れてもらえたものの、小牧に求められたら揺れてしまいそうで心配になった。


「駄目、今度からは僕が理解してあげるから」

「じゃあさ、外で抱きしめてほしいって言ったらしてくれるの?」

「他の人に迷惑がかからないところでならする。好きだから全然問題ない、キスだってなんでも」

「そうだね、他の人に迷惑をかけちゃ駄目だよね」


 キスは言いすぎた……1度だってしたことないし、抱きしめるのだってドキドキするのに。

 しかも人が見ていなければどこでもするということを了承したわけで、もう取り返しがつかない。


「っと、予鈴が鳴っちゃったね。戻ろ?」

「うん」


 とにかくいま集中しなければならないのは授業。

 席が離れてて逆に良かった、隣同士だったら意識して全く集中できなかっただろうから。

 が、自分でも驚くくらい不安やソワソワ感はなく。

 5時間目も6時間目も特になく終わりを迎えてしまう。

 嬉しいような、自分が凄くて落ち着くような、単純に心優パワーなのかもしれないけど。


「詩和、おめでとう」

「ありがと。もう聞いたの?」

「うん、さっきわざわざメッセージアプリでね」


 席が近いんだからそれこそ口で言えばいいのに。

 珍しく恥ずかしかったりしたのかな、それとも長年一緒に過ごしてきた小牧を裏切るようで気になったのかな。

 

「小牧、心優を取っちゃってごめん」

「へ? そういう気持ちは一切なかったよ。私はあの子にとって便利屋みたいなものだったからね。それより詩和が取られて悲しいよぉ、男装してぇ」

「するよ、いつでも頼ってね」


 それでも心優が拗ねちゃうから向かうことに。

 彼女は友達との会話を切り上げ荷物を持ち教室を出た。

 特になにも話さなくたって後やることと言ったら帰ることだけ、小牧と追っていく。

 学校を出て少しのところでえなも加わり、いつもの集団となった。

 何度も言うが、少し前までなら有り得なかった光景だ。

 それを有り得るに変えてくれたのは心優、小牧、えなの3人。

 大変感謝している、みんなの望みを受け入れてあげるぐらいには――告白とかは無理だとしても。

 だから心優に誤解されてしまうわけだが、そこはまあ本命ということで倍に返していくだけ。


「だからー! 男装状態でもロングヘアーは似合うってっ」

「いいえっ、男の子なら短い方がいいと思いますけど!?」

「短髪で女の子の格好をさせるのもいいんじゃない? 詩和はいつも長いし、新鮮だと思うけど」

「「あ、そういうのは求めていないので」」

「あ、そう……」


 髪が長くなかったら女の子扱いさえされなさそう。

 い、いや、心優が好きだって言ってくれているんだから自信を持たなくては。


「タキシードとか似合いそうだよね」

「そうですか? 私は眼鏡をかけてもらって、男の子用の制服を着てもらうだけで十分ですけど」

「うーん……駄目だ、こうなったらお店で遅くまで話し合おうじゃないか!」

「そうですね! そうだっ、詩和先輩おめでとうございます! それでは!」


 ふたりは言い争いをしているようでいい雰囲気のまま歩いていった。

 それを見て心優がくすくすと笑っている、こちらもなんだか楽しくて同じようにした。


「ねむちゃんに会いに行く」

「うん、分かった」


 毎回会えているからそういう気配はないが、ねむはバドミントン部に所属している。

 どうやらレギュラーというわけではないものの、もうムードメーカーみたいになっているらしい。

 自分と違ってコミュニケーション能力が高いからなにも違和感はなかった。


「ただいま」

「おかえり! あ、心優さん! いらっしゃいませ!」

「うん――あ、いつものでお願いね」

「はーい!」


 いつものと言うのは某メーカーのオレンジジュース。

 100パーセントじゃなければ嫌らしい、ちょっとワガママなところは自分と似ている。


「どうぞ!」

「ありがと」

「お姉ちゃんも!」

「うん、ありがとね」


 どかっと彼女はソファに座り、左側にねむを、右側に僕を座らせた。

 そのまま肩に腕を回して、ちょっとだけからかうような笑みを浮かべる彼女。


「ふたりとも暖かいからいいね~」

「生きていますからね!」

「本当にそれだけかな? お姉さんとの距離が近くてドキドキしちゃってるんじゃないの~?」

「違います! それに心優さんの特別な人はお姉ちゃんですから。私の予想では、おふたりはもうお付き合いを始めている、という感じなんですけど、どうですか?」

「かー! ねむちゃんは鋭いねー!」


 本当にねむは鋭い、隠し事は昔からできなかった。

 あとは欲しい物で乾電池とか言っちゃうお茶目なところがあるから可愛い。


「でも、まだちゅーはできていない、というところでしょうか」

「や、やめてっ、全部当てないで!」

「ふふ、駄目ですよ、ちゃんと見ているんですから分かります」


 それでもねむは「部屋に戻りますね、ゆっくりしていってください」とリビングから出ていった。

 別に気を使って帰ったりしなくても良かったのに、空気まで読めるなんて優秀な妹だ。


「心優」

「なに~? ん――」


 妹があんなに優秀なら姉も少しぐらいはと考えての行動。

 もちろん、経験がないからくっつけてみるだけですぐ終わらせた。

 黙ったままの彼女にコップを渡して無理やり飲ませる。

 こちらも飲み物を飲んでからからの喉を潤した。


「い、いや~……まさか詩和からするとは~」

「好きだから、なにも恥ずかしいことじゃない」

「だ、だね~……ありがと。でもね、言ってくれてからでも良かったと思うけどね~」


 次する時はちゃんと言ってからにしようと決めたのだった。

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