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046  作者: Nora_
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07

「なんで私たちのチケットはないんですかー」

「しょうがないでしょ、2枚しかなかったんだから」

「で、えなと詩和の分になったの?」

「来てもらったんだから仕方がない」


 でも、どうしてまた『和人』として来なければならなかったんだろう。

 これもえなのためだろうか、小牧はお姉ちゃんみたいな存在だと思う。

 入り口で騒いでいても迷惑だからと入園することに。


「あれを買って食べましょう!」

「そうだね~」


 が、みんな的には乗り物よりも食べ物重視でいきたいようだ。

 お金は一応持ってきているから買えるものの、後で心優たちと同額を払うつもりなので浪費はできない。

 そしてこんな時のために家からジュースとかを持ってきていた。

 だって自動販売機で200円、お店で買ったら500円とかだ、有りえない。


「今日は来てくれてありがとね」

「うん、誘ってくれてありがと」

「で……ちょっと頼みがあるんだけどさ」


 小牧にしては珍しく言いにくそうな感じ。

 なにかを言うと急かすようになってしまうため、黙って彼女をじっと見つめておくことにした。


「手を握らせてもらってもいい?」

「いいよ、はい」


 別にこれでチケット代を安くしてもらおうだなんて考えていない、自分のできることなら応えてあげたいと思っているだけだ。

 彼女は柔らかな笑みを浮かべて「ありがと!」と口にしてくれる。

 ただ手を握らせただけで大袈裟なのはどうかと思うが、この笑顔を見られるのならどうでもいいと考えた。


「詩和はなにか食べたいものとかないの?」

「ちょっと高いから」

「奢るよ? 今日来てくれたお礼として」


 そんなことをしてもらうわけにはいかない。

 乗り物に乗ることが1回100円でできるそうなのでジェットコースターに誘う。

 どんな感じなのか、実は1度も乗ったことがないから分からない。

 それは彼女も同じなのか、乗り物が近づくにつれ手を握る力が増していった。

 数分後。


「ぜぇ……ぜぇ……もう乗らない、怖い」


 顔色の悪い小牧の出来上がり。

 こちらも同じく色々な声に頭が疲れているから責めないでほしい。


「心優さんっ、一緒に乗りませんか!!」

「いいよ~」


 頑張ってほしい、結構厳しいけどねむのことをよろしく頼みます。


「えなはなにか乗りたいのないの?」

「むぅ……」


 少しだけ頬を膨らませて下の方を見ている彼女。

 なにか虫でもいて歩けないのだろうかと考えていると、彼女の攻撃により繋がりが消えた。


「どうして手を繋いでいるんですか」

「小牧に頼まれたから」

「それを受け入れたってことですよね? ずるいです、私にもしてください」

「いいよ」


 おぉ、なんか急にモテ期がきたみたいだ。

 が、いいことばかりでは当然なく、同じような感じで小牧も再び握ってくることに。

 それにえなが対抗して力を込めるものだから、自分の小さい手はミシミシと嫌な音を立てていた。


「は~い、そこで終わりね。ねむちゃんは小牧といてくれる?」

「分かりました!」


 戻ってきた心優はえなの手を取って少しだけ移動。

 結局幸せなようでそうではないような時間はここで終わりを迎えた。


「先程はすみませんでした……」

「ごめんね、暴走しちゃって……」


 なにを言われたのか急にふたりに謝られて、でも、嫌じゃなかったから大丈夫だと答えておく。


「お姉ちゃんは楽しめてる?」

「楽しいよ、みんなと来られて。ねむは心優と凄く仲良くなれたんだね」

「うん! 心優さんは優しいから好き!」


 そ、そうか……ねむにとっての1番は心優に変わってしまったんだな。

 でも、いいことなんだから悔しがることはないか。


「そんなことを大きな声で言われると照れちゃうな~」

「えへへー、心優さんともっといたいです!」

「詩和、君の妹を貰ってもいいかい?」

「うん、大切にしてね」


 ねむのことは心優に任せておけばいいだろう。

 もちろん、お金はきちんと渡しておく。

 断られてもこればかりは無理やり押し付けるように。


「小牧も」

「え、受け取れないよ」

「駄目、受け取ってくれないならもう一緒に遊びに行ったりしない」

「そんな……」

 

 こちらにも押し付けるようにお金を渡してひとりベンチに座る。

 まだあの貧弱な症状は出ているため、ちょっと休憩したかった。


「あの……私も小牧先輩にお金を渡した方がいいですか?」

「い、いいよっ、えなと詩和もいるから楽しいんだからさ!」


 和人状態じゃないと求められないという悲しさがある。

 ねむの心は奪われてしまったし、心優も特に来てくれるというわけではない。

 うーん、なんだか寂しい、誰ひとり鹿島詩和を必要としてくれないのは。


「よし、たまにはふたりで乗り物に乗ろうか」

「はい! あ、詩和先輩はそこで休憩していてくださいね!」

「うん、ゆっくり楽しんでね」

 

 なにを今更、最近まではひとりでいるのが普通だったんだから気にするな。

 みんなが楽しそうにしてくれているだけでいい、言い争いとかはしてほしくない。


「こんにちは」

「え? あ、こんにちは」


 後ろから話しかけられるのは普通に怖い。

 大声じゃないだけマシと言える、話しかけてきたのは女の子だった。


「君、さっきまで可愛い子たちといたよね? みんな恋人候補?」

「あ、同級生、後輩、妹です」

「へえ、いいね」


 これはもしかしてあの中の誰かをナンパするつもりとか?

 もしねむだったらどうする!? その時は姉として止めるべきだろうか。


「あ、私はソラ、君は?」

「和人って言います」


 ソラさんは僕の横に座り「賑やかな場所だよね」と小さく呟くようにして言った。

 お金を払っているわけだから当然と言えるが、みんな楽しそうにしていた。

 なかでもあそこにいる中学生と高校生の組み合わせとか、戻ってきた先輩と後輩の組合わせとか。

 

「戻ってきたよー……ぉお!?」

「戻ってきました……ぁあ!?」

「あははっ、君の友達は面白いねえ!」


 ちょっとお疲れモードのねむをベンチに座らせる。

 あれだけハイテンションでいたらそりゃ疲れる、体力管理能力については僕の方が上だ。


「和人、ちょっと私に付き合ってくれる?」

「なにをするんですか?」

「ただ適当に歩くだけ。退屈なんだよ」

「分かりました」


 歩きながら細かい情報を教えてくれた。

 同い年だとか、ここから家が近いとか、今日はふたりで来ているとか。

 一緒に来た子と喧嘩をしてしまってひとりまだ残っているらしい。


「和人はつまんないって感じることない?」

「それって日常でですか?」 

「そ。私はさ、なにもかもがつまらなく感じるんだよね」

 

 幸い、そういうのは全くなかった。

 それどころか、心優たちが来てくれるようになったことでより楽しくなった。


「それを言ったら怒られたんだけどね」

「ここに来て言うのは不味かったのかもしれませんね」

「そうかもね。でも、誘われると断れなくてさ」

「優しいんですね」

「違うよ、そういうのじゃない」


 彼女はいつだって楽しい時間を探しているだけなんだろう。

 しかし、来てみたらやはり楽しくなかったというところだろうか。


「断ったら露骨にがっかりした感じを出すでしょ? それが見たくないだけ」

「それは分かります。だからなるべく引き受けるようにしていますよ」

「そ。和人も苦労しているんだね」

「いえ、僕の周りにはいい子がたくさんいてくれていますから」

「いいね、恵まれてるよ」


 僕もそう思う、ちょっと寂しいけどいてくれるだけ十分だ。


「ソラさん、仲直りした方がいいですよ。一緒にいてくれる人は大切にした方がいいです」

「分かってるんだけどさー、こっちのことも分かってほしいわけ」

「言うしかないと思います、自分は○○だからって。言わずに相手に理解してもらおうとするのは駄目ですよ。そもそも隠すべきではないですから」


 僕はあの変な症状のことを最初は隠そうとしてしまった。

 結局顔色の悪さは隠すことができず、あっという間にバレてしまったが。

 でも、あの時しっかり言っておいたことで問題解消に繋がったような気がするんだ。


「和人はいいよね、分かってくれる子がいて」

「最近まではひとりでしたよ。ごはんだって階段で食べていたくらいです」


 手を伸ばしても届かなかった――と言うよりは求めようとしていなかっただけかもしれない。

 なのに、たった少しのことで未来がうんと変化を見せるのだから面白いと思う。


「へえ、ぼっちだったんだ。ちなみに、私もそうだったんだけどね」

「そうなんですか?」

「そ。だからあの子には感謝しているわけ。でも、つまらないものはつまらないから」

「大切なんですよね? わざわざ付き合うくらいには」

「そりゃまあね。向こうにとっては大勢の中のひとりぐらいでしかないけど」


 分かる、僕なんか特にそうだから。

 誘ってくれてもあくまでメインにはなりえない。

 自分はおまけみたいな存在で、後で話を聞かれた場合に面倒くさくならないように呼んでくれているだけだろう。

 先程は寂しさを感じてしまったものの、ワガママを言わないよう気をつけなければ。


「いたっ!」

「え……帰ったんじゃ」


 あ、この子がサラさんと来てた子か。

 なんかちょっと派手だ、それでも悪い子じゃないことは見ているだけで分かる。


「帰るわけないでしょ! お金だって払ったんだから……って、だ、誰なのそれ!」

「あ……和人って名前の人」


 隠しても意味がないからネタバラシをすることにした。

 というか、意外と髪が大変だから解放しておきたかったのだ。


「僕は鹿島詩和って名前。あと、一応こんなのでも女だから。相手の人も来てくれたようだから行くね」

「「あ……え……?」」

「ばいばい、仲良くしなきゃ駄目だよ?」


 だけど、鹿島詩和を求めてほしい。

 その延長線で和人を求めるならまだいいんだ。


「詩和~」

「ねむは?」

「いまはもう眠り姫だよ~。小牧が見てくれてる、下に3人もいるから慣れてるんだよ」


 よく考えてみなくても僕は彼女たちのことをよく知らない。

 どうすればいいだろうか、もっと一緒にいれば色々と教えてくれるだろうか。


「詩和」

「なに?」

「私は男装姿よりいつもの詩和が好きだから」


 先程までうるさかったはずなのにしんと静かになった。

 見えているのも、聞こえているのも、目の前の彼女だけ。


「ありがと、ちょっと寂しかったんだ。僕自身はいらない存在なのかなって」

「そんなわけないよ」

「心優には助けられてばかりだね」


 自分も誰かのために動けるようになりたい。

 本当は近づきたいのに無駄に考えて手を伸ばさなかったあの頃の自分はもういらない。


「僕は楽しそうにしている心優を見るのが好きだよ」


 そう願っておけば心優に少しでも近づける――はず。

 無理だって考えていたらそもそも可能性は出てこない、現状維持になってしまう。

 それは嫌なんだ、せっかく来てくれているんだからその子のいいところを真似したかった。


「小牧もえなもねむも、全員いい子だよね。一緒にいるのが好き、心優が来てくれなかったらそれに気づけず高校生活が終わっていたと思う。ありがと、僕に話しかけてくれて。ありがと、一緒にいてくれて」


 んー……? なんかお別れの時みたいになってしまったが、もちろんそのつもりはない。

 ソラさんにちゃんと言えと口にしたのは自分だから吐かせてもらったということにしておこう。


「そうだ、これあげる」

「え……?」

「スピーくんのストラップ、買っておいたんだ」


 この遊園地のマスコットキャラクターだ。

 見た目は可愛いイルカ。

 どうしてその名前なのかは分からない、だが心優に似合うと思った。

 

「私に……?」

「おすすめって書いてあったから買ってきたんだけど、どうかな? いらなかったら小牧とかえなにあげてくれればいいよ」


 小さいのに500円もするからお小遣いは終わってしまったものの、買ったことを後悔していない。

 喜んでくれればそれで良かった、お礼は言ってくれなくてもいいから使用してくれればそれで。


「戻ろうか、ねむのことちゃんと見ておかないと」

「あ、そうだね。うん、そうしようか」


 姉なんだから小牧や心優に任せてばかりではいられない。

 なぜか無性に負けたくないという気持ちが出てきていて、燃え上がっていた。

 こんなことは初めてだ、昔ならそれでもそういうものだからって片付けていたのに。


「心優――心優……?」


 心優は後ろにも横にも前にもいなかった。

 トイレかなにかだろうと考えてそこで待っていたのだが、一向に彼女が来ない。

 それどころか逆に小牧たちがこっちに来てしまったくらいだ。


「あれ、心優と一緒じゃなかったの?」

「心優が消えた」

「消えた? え、すれ違いになっちゃったのかな、連絡するからねむちゃんのことよろしく」

「分かった」


 ……なんか悪いことをしてしまっただろうか。

 ありきたりすぎてこんなのいらねー! とストラップを捨てに行った……りはしないか。

 彼女はそんなことをする子じゃない。

 願望かもしれないが、そう思っていたかった。


「はぁ、はぁ……し、詩和……」

「あ、心優! どこに行っていたの?」


 気づいたえなが小牧のところに行ってくれた。

 真面目な後輩と関わりがあるとこういう時に楽なんだなと気づく。


「ごめん、ちょっと急にお腹が痛くなってトイレに行ってたんだよ~……詩和は先に行っちゃってたからさ……断りを入れずに行くことになっちゃったけど……」

「え、それはごめん……でも、良かった」

「え?」


 グシグシと出てきたものを拭って不安にさせないようにって笑顔になるように頑張る。

 どういう感じだろうか、見えないから分からないが……変じゃなければいいな。


「……嫌われたかと思ったから」

「そ、そんなわけないよ! さっき冷たいの食べたからさ~……うん、ちょっと調子に乗りすぎた罰だ」


 調子に乗ったのは自分の方だ。

 もうすっかり贅沢思考になってしまっている。

 ただ友達としていてくれればいいという考えから、求めてほしいに変わってしまっていた。


「詩和……そんな顔をしないでよ」

「行こ、みんなが待ってる」


 駄目だろこれは、多くを望みすぎては誰もいなくてしまう。

 それだけは嫌だ、彼女たちと一緒にいられて楽しい気持ちを忘れることはできないから。

 

「横にいるけどね」

「そうですよ、ふたりだけで特殊な雰囲気を出さないでください」

「……ん、疲れた」


 ふたりはともかくねむはもうすっかり遊園地という気分ではないよう。

「ねむちゃんもこう言ってるし帰ろうか」と小牧が言ってくれて、それに心優もえなも賛同した。

 こうして初めての遠出はなかなか悪くない結果となったのだった。

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