06
「こんにちは」
えながやって来た。
どうやら彼女も僕の家が気になっていたらしい。
あとは「心優先輩が知っているのに自分が知らないのは不公平」だとか言ってたっけ。
「お、お姉ちゃんがまた知らない女の子を連れてきてる!」
「大倉えなです」
「ふぅ……お姉ちゃんとはどういうご関係ですか?」
「えっと……同じ委員会仲間、というところでしょうか」
休日に一緒に遊びに行ったくらいなんだからそろそろ友達でもいいと思う。
ただ、自分が単純すぎるため、最近の子たちの中にも堅い子がいるのかもしれない。
こっちなんてちょっと抱きしめられただけでその相手が苦手じゃなくなるくらいだからね。
「なんか堅くない? 普通に友達とかでいいと思う」
「あ、じゃ、じゃあ……お友達で」
ただの同じ委員会に所属しているだけから友達にランクアップした。
ねむも「なんだ……お友達さんですか」と少し安心しているような様子。
他の誰かとどんな関係になろうとねむの姉であることは変わらないから安心してほしい。
「やっほ~、会いに来たよ~」
「心優さんが来てくれて嬉しいです!」
「な゛っ……なんでいるんですか」
「え、だってえなが詩和の家に行くって聞いたからさ~」
怒る彼女をまあまあと落ち着かせてこちらは飲み物の準備。
せっかく来てくれたんだからなにも玄関でゆっくりする必要もないだろう。
今日は本当にねむが目的だったのか、心優はねむの相手ばかりしていた。
高校生が相手でもすっかり慣れて普通に会話できている。
また、お互いのコミュ力の高さが見て取れて、姉妹なのにどうしてここまで違うのかと頭を抱えた。
「詩和先輩のお部屋に行ってみたいんですけど」
「いいよ、それじゃあ行こう」
生活に必要な最低限の物しかない場所。
それでもこの整った感じが気に入っている。
彼女は「ここが詩和先輩のお部屋……」と呟き、じろじろと見ていた。
当然、こちらにとっては新鮮さなんてなにもないからベッドに腰掛けゆっくりとする。
「ありがとうございました」
「ん、戻ろうか」
「あ、あのっ」
服の裾をぎゅっと握ってこちらを不安そうな顔で見つめてくる彼女。
「なに?」
「あ、頭を……撫でてくれませんか?」
「えなの? いいよ」
一緒に並んでいたりすると全然見た目は違うものの、可愛いことは変わらない。
それにこういう形で甘えられるということが全くなかったため、少しだけ心優になれた気分だった。
傷つけないように彼女の髪を優しく撫でて落ち着かせる。
最初はぷるぷると震えていた彼女も、いまではすっかり普通へと戻っていた。
「……ありがとうございました」
「うん」
顔が真っ赤なことについては触れないでおこう。
「あれ、どこかに行くの?」
1階戻ると、ふたりは靴を履こうとしているところだった。
「うんっ、心優さんが映画館に連れて行ってくれるって!」
「いまちょうどねむちゃんの好きなアニメの映画がやっているからね~」
「あ、じゃあお金渡すよ」
2階へ戻ろうとしたら、「いいって、行ってくるね~」と心優はねむを連れて出ていってしまった。
……いいな、心優と映画を見に行けるなんて。
僕に近づいて来る理由って本当はねむ目当てなんじゃないだろうかと邪推。
「行ってしまいましたね」
「うん、僕たちはどうする?」
「外は涼しかったですし、いまからお散歩でもしませんか?」
「いいよ」
万が一の時のためにお金を持っていくことを忘れない、あとはタオルとか最低限必要な物も同じだ。
「だいぶ涼しくなりましたよね」
「そうだね、あんまり汗をかかなくて済むのはいいことかも」
体育で汗をかいた後に普通の授業とか結構地獄だった。
だって自分が臭っていたら嫌だ、そういうところは一応女だから気になってしまう。
ちなみに、心優は汗をかいていてもいい匂いを漂わせている。
……どういう魔法を使っているのだろうか。
「……し、詩和先輩、ひとつだけお願いを聞いてもらってもいいですか?」
「言ってみて?」
数分後、僕はまた彼女の家にいた。
あの時とは少しだけ違う感じではあるが、依然としてシンプルなことには変わらない。
「パーカー、暑くないですか?」
「うん、大丈夫だよ」
この短期間でまた『和人』が復活してしあったわけだ。
あんまりごまかしが効いていない男装姿をうっとりとした顔で見られても困る。
みんな僕を求めているわけではないわけだ、その先のなにかを求められると複雑だった。
「戻ろうか」
「はい」
焦る必要もないからとにかくゆっくり歩いていく。
途中、彼女の友達に会ったりして「彼氏?」とか聞かれたりもした、心優以外にならこの魔法も効くようだった。
「あ、えなじゃん」
「小牧先輩もお散歩中ですか?」
「ううん、私はお買い物の帰り……っと、え、もしかして彼氏ができたの?」
「あー……えっとですね」
カクカクシカジカ小牧に説明。
どうやら兄が結婚して家を出てしまっているらしく、寂しさからこれを求めているようだ。
つまり兄の服を着ている僕にお兄さんを重ねているだけ、これほど虚しいことはないだろう。
「へえ……え、これが詩和?」
「はい、詩和先輩ですよ」
「小牧」
「あ、詩和の声だ。ふぅん、なんか面白いね」
髪とか体とかに触れてチェックしてくるが、普段でも男装姿でもないところはない。
「あ、でも、ミユは騙せないから気をつけた方がいいよ。詩和ならどんな格好でもあの子は見抜くから」
「はい……もうバレました」
「って、それで騙そうとしたんだ。詩和の肌がもう少し黒かったり、手が小さくて可愛かったりしなければ通せるかもしれないけどね。えなと詩和を知っている人には効かない魔法だね」
明らかにキャラを作っていたのに結局すぐバレてしまった。
あと、少し嫉妬もされた? あとは甘えてくれて嬉しかった。
でも、知っている、彼女は誰に対してだって同じように接することを。
知っている、小牧とは一緒に寝たり手を繋いだりすることを。
出会うのが遅すぎた、もっと早ければ1パーセントくらいは可能性があったのかもしれない。
ただ、仮に小牧と同タイミングぐらいで出会っていたとしてもあまり状況は変わらなかっただろうが。
「それにさ、顔は可愛い詩和のままなんだもんね」
「か、可愛い……?」
「うん、詩和は可愛いよ、抱いて寝たいくらい」
なるほど……彼女よりは小さいからマスコット的な意味で、と。
「それを言うならえなもそうだよ」
「えっ、し、詩和先輩っ?」
「こうやって抱きしめたくなる」
複雑なお年頃なのか、ねむの頭を撫でると「子ども扱いしないで!」と怒られてしまう。
一方、えなの方は頭を撫でたりすると嬉しそうにしてくれるため、こういうこともしたくなるわけだ。
「やめてあげなよ、えなの顔が真っ赤だよ?」
「うん、分かった」
真面目でしっかりしているが、ふたりきりになったら甘えん坊になるってギャップが可愛い。
もし自分がそうしてもうざいキャラになるだけなのでやり方が上手いと思う。
「きょ、今日はこれで失礼します!」
「え、それなら送っていくよ?」
「だ、大丈夫です! 今日もありがとうございました!」
で、えなを見送ったんだけど。
「あれ、それえなのお兄さんの服でしょ?」
「そういえばそうだった」
今日は袋で自分の服も持ってきているから問題がないと言えばない。
それでも盗んだみたいになってしまうため、早く返しておきたかった。
「えなの家に行ってくる」
「ちょっと待って」
「なに?」
両脇に手を突っ込まれ、そのまま持ち上げられる自分。
なんのために? という疑問が尽きない。
「ちょっと笑ってみて」
「難しい」
「早く、そうしないと腋をこちょこちょしちゃうよ?」
「んっ……わ、分かったから……えっと、こ、こう?」
前に同じようなことをして小牧に笑われたことを思い出した。
だから今回も笑われると思ったのだが、小牧は真顔でこちらを見つめてくるだけ。
ふわふわしていたり、真面目になったりと、小牧&心優の相手をするのは結構大変だ。
「ありがと」
「ど、どういたしまして」
それとどうやら一緒にえなの家に行くみたい。
特に気にせずあの子の家に行って、中で着替えさせてもらう。
先程別れたばかりなのであわあわ慌てていたけれど。
「それじゃあね」
「うん、気をつけてね」
「詩和こそ」
結局、なんのために持ち上げられ、なんのために笑顔を求めたのかは分からないまま終わったのだった。
「うーん、やばかった」
それが今日の感想だった。
直前まで欲しい物をやっと買えてテンションが上っていたのに詩和を見たらそれが吹き飛んだ。
「姉ちゃん、風呂入れるよ」
「ありがと」
そもそもが可愛くて、男装姿も可愛いって不公平だろうという話。
えなも本人も、あれでミユや私を騙せると思っているんだから甘い。
「ニヤニヤしてどうしたの?」
「あー……やっと欲しい物が買えたからだよ」
「そういえば最近は母ちゃん忙しくて家事は全部姉ちゃんがしていたもんな。いつもありがと」
「どういたしまして」
湯船につかってからも頬が緩んだままだった。
試しに水で洗ってみたものの、ただ冷たいだけという結果に終わる。
「お姉ちゃん!」
「な、なにっ?」
「私も入るー」
「う、うん」
ねむちゃんよりも年上だけど甘えてくれるいい子だ。
特に頭を撫でてあげたりすると凄くハイテンションになる。
「なにかいいことでもあったの?」
「うん、欲しい物がやっと買えたんだ」
「良かったね! お姉ちゃんが楽しそうにしていると私も嬉しい!」
「私はミラが妹なことが嬉しいけどね」
「やったー!」
長時間入ると風邪を引いてしまうから適度なところで湯船から出る。
ミラの髪や体をしっかり拭いて、その後は自分のも同じようにしていく。
「先にお部屋に行ってるね」
「うん」
残念ながらそれぞれに部屋があるわけじゃない。
私、ミラ、カズ、ヒヨの4人で1部屋となっている。
が、それを嫌だとか考えたことは1度としてなかった。
「お姉ちゃんこっち!」
「はいはい、いま行くからね」
電気が消えればみんなすぐに静かになる。
そこら辺は子どもらしくて大変可愛い。
可愛いと言えば今日の詩和は最高だった。
いまではすっかりミユやえなと仲良くできているようなので安心もしている。
ミユが口にしていたように、どうしてもっと早く話しかけておかなかったのかと後悔も……。
「お姉ちゃん」
「ん? まだ起きてたの?」
「うん。私ね……好きな子ができたの」
ちょっとビクリと反応してしまったが気づかれてはいないようだ。
「そっか、同級生の子?」
「そうっ。いつも真面目で格好いい子なんだっ」
「あはは、じゃあ頑張らないとね?」
「頑張るっ」
真面目でいい子、か。
ミユもそうだけど、詩和の方がそれに当てはまる――って、
「駄目だ……」
「え、だ、駄目なの?」
「あ、違う違う、私の方で問題があってね。ほら、いいから寝ないと、ちゃんと寝ておかないとその子に可愛い姿を見てもらえないよ?」
なんでもかんでも詩和のことが出てきてしまう。
出会ってからそんなに時間が経っているわけではないのに私ときたら……はぁ。
ミラは「そ、そうだった……うん、おやすみなさい」と言ったきり静かになり、数分して寝息を立て始めた。
カズとヒヨのふたりはぐーがーと大きないびきをかきながら寝ているが、それでも静かに部屋を出る。
「まだ起きていたのか?」
「あ、お父さん」
「いつも悪いな、任せてしまって」
「気にしなくていいよ。お母さんだって大変だしさ」
本当に私だけしかいなかったらあの子たちはずっと泣いていたと思う。
帰りは遅くてもお父さんもお母さんもきちんといてくれるからこそミラたちは笑顔でいられるんだ。
「いつもありがとう」
「当たり前だからな。でも、小牧に任せてしまうのは当たり前では駄目だよな」
「大丈夫だってっ、みんなのこと好きだし」
私がきちんとできているのかは分からないが、みんなしっかりしてくれている。
文句だって全然言わないし、作ったごはんだって美味しいって食べてくれるから嬉しいんだ。
「そうだ、これを受け取ってくれ」
「チケット?」
「興味はないかもしれないが、同僚から貰ったんだ。2枚あるから心優ちゃんと行ってきたらどうだ?」
「そうだね、それではありがたくいただきます」
確認してみたら少し遠くにある遊園地の物だった。
ミユだったら間違いなく「行く!」と言ってくれるだろう。
「……詩和はどうかな? あと、あの姿になって行ってくれたらもっといいな」
でも、ふたりきりで行くのは不自然だろう。
おまけに、ミユは鋭いから簡単にバレてしまう。
となれば、もうみんなで行くしかない。私、ミユ、詩和、えなの4人で。
ミラとかの分まではさすがに出せないからお留守番ということで……甘いものでも買ってあげようと決めたのだった。