05
「どう?」
意味もなく1回転。
いつもの長髪をウィッグで隠しているため、少しだけ自分じゃないみたいだった。
ちなみに、服装はえなの兄の物を借りているが、制服以外ではスカートを履かない自分にとってはなんら違和感のある感じはしない。
寧ろシンプルなシャツとズボンで落ち着くくらいだ。
「…………」
「えな?」
「あ……多分、大丈夫だと思います。そろそろ向かいましょうか」
待ち合わせ場所は学校の校門前だった。
なぜだかぎこちない彼女と一緒にゆっくりと歩いていく。
えっと、今日の僕は彼女の彼氏役を演じなければならない、と。
だったらこんなぎこちない調子だとすぐにバレる。
「えな、手を握るよ」
「え……あ、はい」
自分のフォロー力でなんとかなる気がしない。
最悪の場合はネタバラシして謝るろうと決めた。
「やっほ~」
「こ、こんにちは」
なんでだ……ここに来る前は「心優先輩をギャフンと言わせてみせます!」なんて堂々としていたくせに。
「おっと、君がえなの彼氏くんかい?」
「和人って言います、よろしくお願いします」
一応見た目でバレてはいないっぽい?
杉田さんは「私は杉田心優だよ~」と自己紹介をしてくるだけだった。
知っているが漢字まで教えてもらったからこちらも教える。
……いま考えためちゃくちゃ即席の名前を。
「和人くんってさ~」
「はい?」
「なんか肌白くない? それに、手とか女の子っぽい感じだけど」
「全然外に出ないんですよ。所謂、インドア派というやつでしょうか」
「そうなんだ~。でもさ~、なんか声も高いしさ~、私の友達によく似ている気がするんだよね」
うっ……さ、さすがに声の作り方とかは分からないぞ?
しかしそこで動いてくれたのはえなだった。
「これが私の彼氏さんです! 納得してくれましたか!?」
「ん~、まだ納得できないかな~。よし、それじゃあお店に行こうか」
しまった……せめて少しぐらいは低く声を出せるように練習しておくべきだった。
申し訳なくてえなに謝る、するとさっと視線を反らされてしまう。
それが地味にショックでしょぼくれてふたりの後を追うことになった。
「いらっしゃいませ――3名様ですか? こちらへどうぞ」
選ばれたのは比較的静かな飲食店。
一応僕のことを考えて静かな場所にしてくれたのだろうか。
「えなはそっちで私と和人くんはこっちね」
「な、なんでですかっ」
「いいじゃん、和人くんもいいでしょ?」
「そうですね、あんまり立ったままだと迷惑ですから早く座ってしまいましょう」
それにしてもスラスラと出るなあ言葉が。
今日の自分は男装をしているから自信がついているとか?
単純にえなの彼氏役として珍しく頑張っているということもある。
「ねえ和人くん」
「なんですか?」
「えなじゃなくてさ~、私にしておかない? ほら、えなよりここだって大きいよぉ?」
うっ……同性だけど杉田さんが相手だとヤバい。
というか、こういう接触とか誰にでもするんだなって少しだけ寂しくなった。
ねむだって抱きしめていたし、彼女にとって抱きしめることは複雑なことじゃないのかも。
「こ、こらっ、私の彼氏さんですからね!」
「はいはい。和人くんはなにを食べたい?」
「僕はグラタンにします」
ここは初めて入った店だが、グラタンはどこで食べても恐らく美味しい。
ドリンクバーなるものはないみたいだから、単品でオレンジジュースを注文することに。
えなと杉田さんはお昼からガッツリ食べる気満々だった。
……本当に食べられるのだろうか。
「和人くん、膝枕してあげるよ~」
「あ、そういうのは困ります。僕が好きなのはえななので」
「ちょっとぐらいはいいでしょ?」
「ふふ、面白い方ですね杉田さんは」
「心優でいいよ~」
演じれば演じるほど取り返しのつかないことになっていく気が。
でもまあ、これはえなの彼氏である和人の物語、鹿島詩和とは関係ないのだから気にするな。
「お待たせしました――」
食べ物が運ばれてきて少し遅めのランチタイムがやってきた。
少量ずつじゃないと食べられないため、小さく分けて何回も口へと運ぶ。
うん、やはりグラタンはどこで食べても美味しい。オレンジジュースも同じことだ。
「和人くんって少食さんなの?」
「そうですね、あまり食べられるほうではないです」
「へえ、えなはああ見えてたくさん食べる子なんだよ? 全くそれが身長の方にいってないけど」
「い、いいじゃないですか……そのかわり学力とか運動能力には自信があるんですから」
「でも、そこまでちんまいとね~、和人くんはどう思う?」
えなが小さいからって特になにかを思ったりはしない。
ねむと同じで小さくて可愛いなくらいか? もちろん、言わないけれども。
「僕はえなが好きになりました。そこに大きい小さいは関係ありません、全て愛せますよ」
「ちょ!? い、いえ、……そ、そうですよっ、私たちは付き合っているんですから些細な問題です」
「おぉ~、惚気けてくれるね~」
えな……真面目にごめん。
なんかこの口からスルスル言葉が出てきてしまうから自分じゃないみたい。
普段の自分だったら絶対に言わないことだ、言っていたらだいぶ痛いし。
「ごはん美味しいね」
「はい、ここを選んで正解でした」
「わざわざ探してくれたの?」
優しい子だ、僕のことを苦手とか嫌いとかそういうのではないんだろうか。
印象的には最悪だろうと自分でも自覚しているため、本当のところを聞きたいような、聞きたくないような。
「うん……和人は人が多いところ、苦手だって言っていたから」
「ありがと、えなを好きになって良かった」
「……ぅん」
出会ってから数日しか経っていない僕たち。
おまけに初対面はあれ、その数日後にもあれ。
なのに演技で好きとか言ってる、本当に頭がイカれているとしか言えない。
「ふぅん、仲良しなんだね」
「そうですよ」
「へえ、いつの間にかそんなに仲良くなっていたんだね」
いつの間にかって一応初対面のはずじゃ。
「あのさ、騙せると思った?」
珍しく怖い笑みを浮かべてこちらを見てくる。
ちらりと確認してみたらえなはあわあわと慌てているようだった。
これはもしかしなくても……バレてる?
「なるほど。鹿島ちゃんがそんなことをほいほい言えるわけがないから、えなの作戦でしょ~?」
「……彼氏のフリをしてほしいと頼んだのは確かに私です。でも、先程まで言ってくれていた事は全て詩和先輩が考えてしてくれていたことです」
自分でも驚くくらい変な言葉たちが出てしまった。
謎の敬語キャラも、愛してるとか言うお馬鹿キャラも、全部自分なことには変わらない。
気づいていないだけで色々な自分が眠っていると考えたら少し面白く感じたし、まだ怖い笑みを浮かべたままの杉田さんにはどう対応しようかと頭を悩ませた。
「えなはさ、こんなやり方で私を見返せて、本当に嬉しい?」
「……いえ、心優先輩の言いたい通りだと思います」
「そうだよね。それに、言われたくないなら言ってくれればやめたよ。でも、ごめん、ちょっと悪ふざけがすぎたね」
「そうですよ……やめてください」
「うん、やめる」
ほっ……どうやら言い争いとかにはならないようだ。
なんでも度が過ぎてはいけない、イジりからイジメに変わってしまうこともあるから。
「まさか鹿島ちゃんが受け入れるとは思わなかったけど」
「頼まれたから受け入れただけだよ」
「こっちが頼んでも受け入れてくれなかったのに? それってなんか傷ついちゃうな~」
「……じゃあ、名前で呼んでもいいよ」
「いいよ、なんか私が無理やりそうさせているみたいだし」
勘違いしてはいけない。
彼女は誰でも抱きしめる上に、名前呼びだって普通にする。
なにより小牧が近くにいる、その間に入ることは不可能だ。
だからこそ色々な要求を拒んでいるわけだが、彼女からすれば面白くないのかも。
「ごちそうさまでした」
「食べ終わったなら出ましょうか」
「そうだね~」
これ以上言うつもりはなかったらしく、彼女はえなの横に並んで歩いていくだけ。
元々誰かの横を歩くよりも後ろを歩く方がらしいから気になったりはしない。
「よし、今日はここで解散ね。えな、これからは騙そうとしたりしちゃ駄目だよ?」
「はい……ごめんなさい」
「鹿島ちゃんはどうするの? その服、返しに行くのかな?」
「うん、これはえなのお兄ちゃんのだから」
まさか着て帰るわけにもいかないし、なにより自分の服が彼女の家に置いてある。
今更になって人の服を着ているという違和感が凄くなってきたため、早く脱いでしまいたい。
「分かった。それじゃあ先に鹿島ちゃんの家に行っておくね、ねむちゃんとも会いたいから」
「わ、分かった」
これぐらいなら問題ない、彼女の願いはねむに会うこと。
彼女と別れてえなの家に戻り、すぐに自分の服に着替えた。
「ふぅ、やっぱり自分の姿が落ち着く」
杉田さんを待たせてしまっているから帰ろうとした時、
「今日はすみませんでした!」
と、思い切り頭を下げられてしまった。
謝ることあったか? と真剣に考える羽目に。
「利用してしまって……すみませんでした」
「気にしなくて大丈夫。楽しかったよ」
杉田さんはちょっとどころか、かなり怖かったが……。
「家族以外の子と外に出かけたの初めてだから、貴重な体験ができた」
「そんな……」
「ありがと、えなはいい子だね。でも、そろそろ行かないと」
「……はい、今日はありがとうございました」
さて、なにを言われるのだろうか。
先程はねむに会いたいだけだろうからと考えて捨てたが、そんなわけがない。
どうして解散と言ってから僕の家に来ると発言したのか――なんて考えるまでもない。
明らかに今日の彼女は怒っていた、珍しく笑顔が怖かったから。
小牧を呼べば対応は楽だろうが、それをしたら溝が深まる気がするからできない、と。
「おかえり」
「た、ただいま」
迎えてくれたのは杉田さん。
ねむがリビングにいないということはすぐに分かった。
母もいない、つまり彼女と僕のふたりきり。
「ソファに座ろ」
「うん」
あれ、もしかしてここは杉田さんの家だったか?
なぜ自分の方がお客さんみたいな立場なのか、真剣にツッコみたくなった。
「鹿島ちゃん」
「うん」
「……膝枕してあげる」
「それじゃ、お邪魔します」
恥ずかしいから入り口の方を見る。
彼女の太ももは大変柔らかくて、色々な感情を出そうとするのを抑えることしかできない。
「……えなのこと好きなの?」
「あれは彼氏役を演じていたら出てきた言葉だった」
「えなはドキドキしちゃってたけど」
でも、僕なりに役を全うしようとしたんだ。
あそこでこちらの方がぎこちなくなっていたら駄目だったから。
慣れない役を頑張ったことを少しでも褒めてほしい。
「……やっぱり名前で呼んでもいい?」
「うん」
こんなに寂しいそうな声で言われて断れるわけがないだろう。
ずるい人だ、普段の明るい彼女とは違ってギャップがある。
僕が同じように甘えたところで突っぱねられるのがオチなのに。
「詩和」
「うん」
「えへへ、詩和~」
……可愛い。
たかだかこちらの名前を呼べたくらいでここまで大袈裟に反応されたら困ってしまう。
「今度はふたりきりで行こうね」
「どこへ?」
「んー、海とか? ただ歩くだけでも楽しそうだよね」
ここら辺は坂も多いから運動になる。
今度ああいうことを頼まれた場合のために少しくらい筋肉をつけた方がいいかもしれない。
単純に運動ができればスタイルだって維持ができるから悪くないことだった。
「小牧と一緒に寝てるって本当?」
「うっ……うん、それは本当。高校生になってからは頻度が下がっているけど、それでも寂しくて甘えることもある、かな」
「仲良くしてね、仲がいいふたりを見るのが好きだから」
逆に喧嘩をしているふたりが思い浮かばないくらい。
それでも喧嘩なしなんて有りえないだろうから何度もぶつかってきたんだろう。
しかし、それがあったからこそいまもなお一緒にいられているわけで。
分かりやすくすてきな関係だった。
「詩和、こっち向いて」
「うん」
仰向けになったら間近に心優の顔が。
先程の怖い笑顔は引っ込めており、いまは物凄く中途半端な表情を浮かべている。
「私は詩和とも仲良くしたいよ」
「ありがと、心優が来てくれるだけで嬉しい」
「あ……はは、ありがと~」
嬉しかったのはえなとも多分仲良くなれたこと。
間違っていることは指摘してくるだろうが、それは自分の成長に繋がることなので継続してほしい。
あとは心優や小牧といられること、彼女たちが来てくれると自分の想像以上に元気になれるからずっと来てほしかった。
もちろん、そうしながらも小牧のことを優先してほしい。
「心優さん!」
「あ、ねむちゃん! 宿題終わったの?」
「終わりました! ――って、ええ!? な、なにやっているんですか!」
「なにって……膝枕だけど」
「駄目です駄目です駄目でーす!」
ねむの急襲により至福の時間は終わりを迎えたのだった。