03
珍しく委員会での集まりがあった。
杉田さんや伊野瀬さんとは別の委員会のため、早く終わってくれればいいと考えていたのだが、
「どうすればもっと楽しくできるか意見をくださーい」
と、今回に限ってまた面倒くさい――大変そうなことを言い出したのだ委員長が。
部活ならともかく、委員会を楽しんでやる意味というのがよく分からなかった。
「はい!」
「おぉ、どうぞ!」
「私は――」
やる気のある1年生の女の子。
ただ、声が大きい……両耳を手で押さえても響く声に耐えることしかできなかった。
だから結局どんな話をしていたのか、それが全く理解できていないという結果に。
それでもその子がやる気のある態度を見せたことであまり長引くことなく委員会は終わる。
終わってもまだ痛いままだ。
「鹿島先輩!」
「……ど、どうしたの?」
ああ……あの子が来てしまった。
「どうしたのじゃありませんよ! どうして私が話している時、両耳を押さえていたんですか! なにか間違っていることを言っていましたか? それとも、1年生が生意気だとか思ったんですか」
唐突だが、自分なりに杉田さんの真似をしようとしてみた。
困っているようだったら声をかけてみたり、教室で他の子の輪に加わってみたりしてみた。
でも、自分のこれが足を引っ張るのだということを強く気づいた。
「聞いているんですか!?」
「……ごめん、ちょっと頭が痛くて……」
「だからって聞かないのはどうかと思います。大体、1年生の私が積極的に意見を出しているのに2年生の先輩方はダンマリでしたよね。それって良くないと思いますけど!」
黙っていたら「失礼します!」と彼女は出ていってしまう。
自分の教室なのをいいことに席に座って突っ伏すことにした。
他にも真面目に活動していなかった人もいるのになぜ敢えて自分なのか。
「まだ帰らないの?」
「あ、伊野瀬さん」
顔を上げるとこちらを心配そうな顔で見つめる彼女が。
他の子の時は上手くいかなかったが、杉田さんや彼女だけだったら大して気にならない。
「あ、また顔色悪いよ、保健室に連れてってあげようか?」
「大丈夫……だから」
悪いのは自分だ。
そりゃ、自分が意見を述べている時に両耳を押さえている人を見たら気になる。
あまりにもあからさますぎた、どうして僕の耳や脳はこうなんだろうか。
伊野瀬さんたちといられれば変わるかな? そうなら積極的に一緒にいたいと思う。
「ただいま~」
「お、ミユおかえり」
「お~う、まだ小牧いたんだ~」
だけど……ふたりにとっては……。
「鹿島ちゃん」
「うん」
「さっきさ~、1年生の子に怒られてたでしょ~」
「うん……」
声が大きいから小さくしてなんて言ったら余計怒られていた。
年上相手でもしっかり言えることから「あなたが弱いだけです」と言われてお終いだろう。
情けなさがすごいとしても謝るのが1番――ただ、謝ってばかりいるとそれで文句を言われるのが大変かもしれない。
「鹿島ちゃんと同じ委員会に入っておけば良かったな~」
「ミユは真面目に掃除とかをするタイプじゃないでしょ」
「失礼なやつ~……私だって真面目にやる時ぐらいあるよ」
「ちょ、そんなに怖い顔しなくていいでしょー」
「あはは~、ごめんよ~」
いいなあ、ふたりみたいな関係って。
それぞれ言いたいことをきちんと言えて、それでも喧嘩をせず仲良くいられている。
他人の声量にビクビクしてあまり表に出さないよう気を使って、色々な意味で疲れている自分とは全く違う。
同学年なのにどうしてここまで違うのか。
「伊野瀬さん」
「うん、どうしたの?」
「あ……」
声をかけてからなにを言うつもりなのかを考えることになった。
一緒にいてほしい? 伊野瀬さんみたいにもなりたい? ふたりが仲良さそうで羨ましい?
全部言われても困らせるだけのように感じてきて、言葉が上手く表に出てくれなかった。
「ちょっと小牧、鹿島ちゃんになにしたの」
「え、し、してないよ、教室に戻ってきたら突っ伏していたから気になって話しかけただけ。……なんか最近の鹿島さんは無理してる感じがあるからさ、見ておかないといけないって思ったの」
ひとりでいた人間が急に精力的に動きだしたらそりゃ気になるか。
お昼だって教室で頑張って食べるようにした。
もちろん、余計に悪化していっただけだが……努力もせず逃げ続けるだけが正解じゃない。
僕は杉田さんや伊野瀬さんみたいにはなれないものの、あくまで普通の高校生レベルにはなれる気がする。
だって馬鹿らしいじゃないか。
自分のは病気じゃない、そういう風に思い込んでいるだけ。
人の声を聞くと頭が痛くなるっていまは暗示をかけているようなものだろう。
だから頑張る、それを解く。
「今度の土曜日、遊びたい」
「私と?」
「あと、杉田さんも」
「でも、鹿島ちゃんは……」
「静かな場所なら大丈夫」
普通レベルの声量なら耐えられる。
ただ、たくさんの人が利用する場所だとゴチャゴチャに混じった声が僕を襲う、だからどうしたって家とかプライベートな場所になってしまうが。
「じゃあさ、とりあえずはミユとだけ過ごしてみたら?」
「杉田さんと? 伊野瀬さんがいても大丈夫だよ」
こうしてふたりがいても普通でいられているのだから問題はない。
先程の女の子のように甲高い声だったりするとより頭に響くというだけだ。
「そう? じゃあ、場所はどこにしようか」
「なら鹿島ちゃんの家でいいんじゃない? そうすれば多少は落ち着くでしょ?」
「鹿島さんは大丈夫?」
「うん、待ってる。家は杉田さんが知っているから」
彼女の家に遊びに行ったねむは家に帰ってきてからも楽しそうにしていた。
彼女たちと関わることは確実にいい方向への働きかけがある。
自分にとっても恐らくそうだろう。
「んー、こう言ったらなんだけど……普通で落ち着く家だね」
土曜日、お昼頃にふたりはやってきた。
ねむは残念ながら友達と遊びに行っているため、ここにはいない。
「そりゃそうでしょ、あんまり豪華すぎても落ち着かないよ」
「初めて行くってことで私も結構緊張してたんだよ」
「小牧が緊張? ないないな~い」
「あるからっ」
緊張する気持ちはよく分かる。
たかだかクラスメイトに話しかけるだけでどもった自分だからだ。
協力すると言っておきながら逆に支えられて冷や汗が出た経験も。
杉田さんの喋り方を真似して引きつった笑みを浮かべられたこともあったから。
「さて、これからどうしよっか」
「あ」
「「どうぞ」」
いや、遊ぶ=集まるという思考だけしかなかった。
集まってからなにをするべきなのかを全く考えていない。
どうしてネットで調べたりしなかったんだろう、そのためにパソコンやスマホがあるのに。
「……なにも思いつかない」
「「あちゃあ……」」
いきなり物理的に集まらなくても電話で頑張ってみるぐらいで留めておいても良かった。
僕は単純にコミュニケーション能力が高くない、いきなり対面しながらのこれはハードルが高すぎたか。
あの時の自分は追い詰められてて冷静ではなかったんだと思う。
「ねむちゃんはいないの?」
「うん、遊びに行った」
「そっか……会いたかったな」
「呼ぶ? もうスマホを持っているから連絡はできるけど」
「いいよそれは、申し訳ないし」
自分なんて中学を卒業したタイミングで契約してもらったのにすごい話だ。
「あ、それだ」
「え?」
「なんで全然送ってこないの? もしかしてミユにだけ送ってるの?」
「小牧、残念ながら私のところにも一切きません」
「えー、なんでさー」
どういうタイミングで送ればいいのか分からない。
お風呂入ったよ、寝るよ、今日はありがとうとか律儀に送っていたら逆に嫌われるだろう。
家族にだって顔を見て話せば十分だし、最近の人はどういう風にしているのか見せてほしい。
「杉田さんと伊野瀬さんがどういう風にしているのか、それをいまから見せてほしい」
「え……それってトーク履歴を見せてほしいってこと? ちょっと恥ずかしいなぁ」
「私はいいよ~……んーと、はい」
どうやら対伊野瀬さんとのもののようだ。
あ、いまからお風呂とか、出たよとか、寝るよとかそれらしいやり取りを結構交わしている。
じゃあこちらも今日からごはん食べたとか報告すればいいんだろうか。
「杉田さんこれって」
「あ、それは新しい下着を小牧に見せるために撮った画像だよ~」
「普通なの? こういうの見せるのは」
脱ぐと結構大きいんだと知ることができた。
抱きしめられた時は特に感じなかったんだけど……下着がすごいのか?
「私と小牧にとってはね~」
「いや違うから、ミユがイカれているだけだから」
「仲良くて羨ましい」
「うーん、鹿島さんが想像しているような楽しいことばかりじゃないけどね」
「違うの?」
喧嘩している感じも一切ないから楽しそうにしか見えない。
「鹿島さん、名前で呼んでもいい?」
「いいよ」
「えぇ!?」
「ばか、静かにしないと駄目でしょ」
伊野瀬さんなら名前で呼んでくれても構わない。
なぜなら、弱いこちらの心を揺さぶったりしてこないから。
「じゃあ、詩和さん」
「呼び捨てでいいよ」
「なら詩和って呼ばせてもらうね、私はてっきり断られるかと思ったけど」
「断る理由がない、名前で呼び合うくらい普通のことだから。僕も小牧さんって呼ばせてもらう」
「小牧でいいよー」
話していて分かったことだが、いまは全く頭が痛くなったりはしていない。
これはつまりそういう風に暗示をかけていたということなんだろう。
ということはみんなのこともしっかり信用できれば痛むこともなくなると。
スーパーとかでは無理でも……せめて教室ぐらいはいやすくなるかもしれない。
「ん? ミユはどうしたの?」
「別に~」
「なんか拗ねてる?」
「なんでもないって。鹿島ちゃん、ちょっと寝かせてもらうよ」
頷いたら無理やりソファから小牧を立たせてそこを独占した。
そういえば忘れていたが、彼女の方が突っ伏している回数は多い。
それでも小牧は気にしている様子はなかったから病気とかではなさそうだ。
「杉田さんはいつも?」
「そう、すぐ眠たくなるくせに夜ふかしばっかりするんだよ。漫画が面白かった、急にラーメンが食べたくなって作って食べた、徹夜したらどうなるのかとか色々楽しんでてね」
ただ自分自身の行動による弊害らしい。
良かった、病気ではないのなら危ないこともないし。
「ミユのことは名前で呼んであげないの?」
「うん……」
「もしかして苦手とか? ミユはこう見えていい子だよ?」
「分かってる……」
でも、なんか名前で呼び合うのは恥ずかしい。
あくまで呼びたいだけで呼ばれるのは違う可能性もある。
どうせまだ起きているだろうからあんまり自由には言えないが。
「よいしょっと」
「ぐぅぇ」
「ミユはね、恐れるだけ無駄だよ。基本的に適当だけど、誰かのために動けるいい子だし。ほら、ここに座ってみて」
「え……杉田さんの上に?」
「大丈夫、ほら早く」
移動して恐る恐る座ってみると特に声を上げたりはしなかった。
「んー……鹿島ちゃんはめちゃくちゃ軽いね~」
「ね、ミユは強いから大丈夫。だからさ、これぐらい寄りかかってみたらどうかなって」
「杉田さんを頼れってこと?」
「そう」
同じ教室で席が真横だからという理由でなんとかなっているようなものなのに。
こちらが笑顔でありがとうと言ってくれる日を待っているということだろうか。
笑顔か……。
「小牧」
「ん?」
「いー」
「ぷっ、あははっ! なにその顔ー」
どうやら笑顔には見えなかったらしい。
だが収穫はあった、信用したら特に問題なくなるということ。
「来てくれてありがとっ」
「あ」
「また変な顔をしてた?」
いまの自分は立派に高校生をできている気がする。
いまなら教室に行って「みんな、おはよう」と格好良く挨拶ができるような。
そうしたら友達が増えて、ますますあの教室に馴染める絶対に。
「いまの凄く可愛かった」
「可愛い?」
「ミユが見てたら喜んだだろうね」
いや、もし笑っていたのだとしたら彼女には見せたくない。
全部恥ずかしい、杉田さんから可愛いとか言われたら違う意味で話せなくなる。
「あの~……上から下りていただけませんでしょうか~」
「あ、ごめん……」
慌てて立ち上がったものの、小牧は腰掛けたままだった。
それどころかその上で足を組み、体重をよりかけていく。
「あの……鹿島ちゃんと違って小牧は重いんですけど~」
「重いは余計」
「はぁ……鹿島ちゃんと違って遠慮ってのがないよな~」
「そりゃそうだよ、私とミユの関係は長いんだし」
「長いからこそしっかり線は引くべきだと思うんですが」
分かる、親しき仲にも礼儀ありというやつだ。
ねむや両親と仲がいいのはいいが、度が過ぎてはいけない。
対同級生だったり、後輩だったり、先輩だったりならなおさらのことだろう。
「それに嬉々として半裸姿を見せてくるのがミユだよ?」
「嬉々としてはいないんですが……鹿島ちゃんの前でやめてよね」
「嘘つき、泊まったりだってするくせにー。一緒に寝る時なんか寂しがって『手をつないで?』とか甘えてくるくせにさー」
「か、鹿島ちゃん、これは全部小牧の妄言だから!」
なんでそんなに慌てるんだろうか。
「仲良くていいと思うけど」
「あはは、詩和ぐらい純粋じゃないとねー」
「はぁ……もういいですよ、不純な人間で」
なんかしょげてしまった杉田さんだった。