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046  作者: Nora_
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02

「聞いたよ~、土曜日に小牧と会ったんだって?」


 彼女は普通に話しかけてきた。

 拒む必要はないため、会ったことや連絡先を受け取ったことを報告する。

 彼女には「その割には連絡してくれなかったけど」と少しだけ文句を言われてしまった。

 しょうがない、これまで家族以外とのことで使用したことはなかったからだ。


「いいな~、私もねむちゃんに会いたいなぁ」

「ねむは初対面の人に対しては緊張しちゃうから」

「それって鹿島ちゃんも同じだよね」


 自分のこれは緊張とは違う気がする。

 合わせられる自信がないから他人との距離を作っているだけ。

 積極的に他人と関わるねむとは違う、彼女の方がよっぽど姉に相応しい。


「鹿島ちゃん、今日家に行ってもいいかい?」

「来るならひとりで来てほしい」

「おっけ~」


 杉田さん単体なら対応は楽になる。

 別に伊野瀬さんが怖いというわけではないが、ふたり合わさると大変だからまだひとりで。

 よほどねむと会いたいのかその後も休み時間になる度に同じ話をしてきた。

 楽しみにしてくれているのは結構、しかし授業中に寝るのは良くないと思う。


「鹿島ちゃん!」

「……ん」


 最近の子って基本的に声が大きい。

 真隣にいても隣の教室に聞こえそうなレベルで話しかけてくるからある意味凄い。

 

「あ、ごめん……行こうか」

「うん」


 あ……だから表に出したりするべきじゃないと考えているのにこれ。

 もう少しくらい上手くなりたい、気を使わせたくはないからだ。


「お土産買っていこうかな」

「大袈裟」

「だってねむちゃんに会わせてもらうんだかさ~」


 どんなのが好きなのかを聞かれたからねむが好きなアニメのウエハースを買ってもらうことにした。

 もちろん、有無を言わせずお金は払っておいたが。


「ただいま」

「お邪魔しま~す」

「お姉ちゃんおかえ――」


 玄関先で妹が固まった。

 小刻みに体を震わせ、こちらを見つめてくる妹さん。


「だ、誰……ですか?」

「あ~、私は小牧と鹿島ちゃんの友達の杉田心優だよ~」

「嘘つかないでください!」


 初対面から珍しく堂々と真っ直ぐに彼女を睨んでいた。

 とはいえ、彼女の方は「困ったな~」と呟き笑っているだけ。

 エスカレートしてしまう前に必殺のアイテムを出すべきだろう。

 横に立っている彼女の袖をちょんちょんと引いて意識をこちらに向かせる。

 渡すようにジャスチャーをすると彼女は神妙な顔で頷き、袋からアイテムを取り出して渡した。


「こ、これは!?」

「このアニメ好きなんでしょ~? ちなみに、私はこのキャラが好きだよ~」

「え、私もこの子が好きです! ピュアハートは可愛いですよね!」


 さすがたくさん友達がいるだけのことはあるなと感心した。

 自分は怖い人じゃないと伝えるのが上手い、好みのキャラクターが合ったのは偶然だろうが。


「どうぞ上がってください!」

「うん、ありがと~。でも、もうちょっと静かにしないとね」

「あ……お姉ちゃんごめん……」

「大丈夫、気にせず盛り上がってて」


 妹に会うことだけが目的だから杉田さんは任せて、私は制服から着替えることに。


「しょっ……と、ねむも気に入ったみたいだから杉田さんはすごい」


 ただ、やはりというか友達には見えなかったようだ。

 嘘っぽい笑みを浮かべているというわけではないのに

 それとも自分が鈍いだけで分かりやすい雰囲気をまとっているとか?


「お姉ちゃん」

「どうしたの」


 僕を見ることでしっかりしなくちゃならないと常に意識し努力していたのかもしれない。

 その結果、母に似たようなしっかり者の人間になることができたと。

 

「心優さんソファで寝ちゃった」

「寝かせてあげて、いつも眠たいんだって」

「はーい。じゃあ毛布かけておかないとね、風邪を引いちゃうだろうし」


 あとなにより優しい、少しくらいは自分もそうであれているだろうか。


「毛布をかけて……っと、これでよし!」

「しー」

「あ……でもお姉ちゃん、またお友達さんじゃないよね?」

「そうかも。だけど優しい子だから嫌いじゃないよ、伊野瀬さんも同じ、見ていると楽しい」


 僕が連れてくる子は全員友達じゃない扱いをするみたいだ。

 こういうことは滅多にないから疑いたくなる気持ちも分かるが、もう少しぐらい姉を信用してくれてもいいと思う。

 いやまあ、確かに友達じゃないが。


「ん……ふぁぁ――あ、ごめん、寝ちゃったよ」

「いいよ、眠たいなら寝ていても」

「いや……大丈夫」


 彼女の方が僕のそれよりも問題があるように感じる。

 仮に外で眠たくなったりしたらどうするんだろう、来る途中は楽しそうにしていたから止まると一気に眠たくなるという症状か?


「ねむちゃんおいで~」

「はい、わぷ!?」

「えへへ……ねむちゃんは暖かいから眠たくなるよ~」

「も、もー……駄目ですよー」


 椅子に座って眺めていたら杉田さんがこちらを見てきた。

 その理由が分からなくて呆けていたら、ちょいちょいと手招きをされる。

 立ち上がって近づいてみると、


「鹿島ちゃんもぎゅー」


 抱きしめられて困惑。

 ねむにならともかくとして、自分みたいななんも面白みもない人間にやる理由が分からない。


「ね、詩和ちゃんって呼んでいい?」


 首を左右に振って否定する、ついでに拘束からも逃れた。

 少し離れると彼女は残念そうな表情を浮かべてこちらを見てくる。

 そんなの意味はない――と思わなくもないけど、まだこのままでいたかった。

 ズカズカと踏み入られるのはまだ嫌なんだ、だってこっちは全然彼女のことを知らないから。


「も~……鹿島ちゃんは付き合いが悪いからねむちゃんをぎゅー」

「く、苦しいですよ~」


 すごい甘えるような声音だ。

 彼女の笑顔は柔らかくてすてきなものであるし、単純な暖かさというのがある。

 だからねむが気に入ってしまうのも正直に言って仕方がないことだった。


「よし、満足したから帰ろうかな」

「送ってく」

「ありがと~」


 いつかまた会いたいと思った時に家を知っておいたら楽になる。

 そのため、道順をしっかり記憶しながら歩いていた。


「聞いてるー?」

「あ……ごめん」


 記憶しながら話にも集中できるような立派な脳はついていない。


「今度私の家で遊ぶからさ、ねむちゃんと一緒に家にきてよ」

「伊野瀬さんたちもいるの?」

「そうだね、他にも3人ぐらいいる――あ、全員クラスメイトだから」


 伊野瀬さんもいる上に3人も? ……無理だ、空気を悪くするだけ。


「ねむだけ送る」


 これは自分のためでもあるが、彼女たちのためでもある。

 伊野瀬さんやその3人にとって僕は必要のない存在だ。

 なのに当日になったら来て、その賑やかさを前に顔色を悪くしていたら確実に印象は良くない。


「え、鹿島ちゃんは来てくれないの?」

「その日は用事がある」

「そっか……じゃあねむちゃんを連れてきてね」

「それは任せて」


 あ、でもひとりで大丈夫かな。

 自分がいま心配したように、初対面の相手が3人もいたら杉田さんの後ろに隠れそう。


「杉田さん、ねむのことよろしくね」

「それは任せて~」

「うん、ありがと」


 って、話しながら歩いていたせいで分からなくなってしまった。

 曲がったり、真っ直ぐ歩いたり、曲がったり、まるで撹乱されているみたい。

 実は家を教えたくない可能性がある、だけどそうするとねむを送れなくなってしまうぞ……。


「す、杉田さん……家までの道を書いてほしい」

「え~、私からのお願いは断るのにぃ?」

「……名前呼び以外ならなんでもひとつ言うこと聞く」


 よく考えたら話しかけてくれるのは純粋に助かっている。

 ひとりでいるのは落ち着くものの、結構な寂しさと戦う羽目になるからだ。


「え、じゃあ今度一緒に遊んでおくれよ~」

「賑やかなのはまだ無理……」

「名前呼び以外ならなんでもいいって言ったのに……んー、なら抱きしめさせて?」

「それならいい……けど」


 自分からしたら彼女は結構派手な部類に入る。

 でも、笑顔が柔らかくて、笑みを浮かべてないと綺麗で、すてきな人。

 苦手だけど一緒にいるのは嫌いじゃない、抱きしめられるのもなんか落ち着く。


「ね、なるべくうるさくしないようにしているけど、やっぱりまだ大きいかな?」

「気にしなくていいよ」

「そういうわけにはいかないよ、知ってしまったら放っておけないからね」


 これは単純に自分が人を遠ざけているからなのではないかと昨日考えていた。

 だって人の喋り声だけに反応して頭が痛くなるなんて都合が良すぎるから。


「できる限りサポートしていくからさ、どんどん私を頼ってよ」

「なんで……そこまでしてくれるの?」

「多分、鹿島ちゃんは私のことを分かっていないだけだと思う。特別扱いしているわけじゃないんだよ。私は誰かのために動けてさ、それでお礼を言われるのが好きなんだ」


 いやまあ、別に自分だけに特別優しくしてくれているなんて考えたことはない。

 なるほど、それでも支えられた人は喜ぶし、支えてお礼を言われたら彼女が喜ぶ。

 誰も被害に遭っていないし、いいことではないだろうか。


「だから君がお礼を言ってくれると嬉しいわけですよ」

「ありがと」

「それは駄目、ちゃんと笑顔で言ってくれないと」


 そもそも抱きしめられた状態だから見えないのでは?

 笑顔か……それは難しい要求だと言える。

 大体、自分的にはできているつもりでも杉田さんが納得してくれるかどうかは分からない。


「僕もハッキリ言っておく。杉田さんたちを見るのは好き、ギスギスしているよりも賑やかな方がいいから。優しいのも分かる、協力してあげてるのよく見るから。でも、混ざりたいかと問われればそうではないと答える。合わせることができない、多分追いつけなくて不快な気分にさせると思う。自分のためであり、杉田さんたちのためでもあるよ。だから、誤解しないでくれると嬉しい」


 手の力が緩まったので数歩彼女と距離を作る。

 そう、これが本来の距離感なんだ、こちらと彼女の間には壁があった。


「学校は楽しい?」

「ん……辛い場所でもある。教室にいると頭が痛くなるから」

「少しの喋り声でも駄目なの?」

「うん、貧弱だから」


 聴覚が過敏すぎてもいいことはない。

 恐らく他人が考えている2倍くらいは大きく感じてしまうから。

 絶対に聞き取らなければならないことならともかく、雑多なことが入ってくるともう駄目。


「よくこれまで耐えてこられたね」

「言わなかったのもある、ずっと隠し続けてきた。でも、ねむにはバレて……意味なかったけど」


 あの子の異常な鋭さもそういう症状なんじゃないかと思えてくるくらいだ。

 少しの違いでほとんど全てのことを言い当てるねむ。

 単純に僕のことをよく理解しているというのもあるのかもしれないが、たまに怖くなるぐらいだった。


「だから気にしないで、杉田さんたちに迷惑をかけたくないから」


 本当の病気のひとたちと比べればなんてことはない。

 これは弱さからくるものだ、努力すればなんとかなる。

 まずは心の弱さと向き合わなければならなそうだ。

 

「さ、家までの道を教えて」

「あ、うん、分かった」


 拡大した地図アプリの画面をスクリーンショットで保存し赤線を引いてくれる。

 学校から近くて、自分の家からは少しだけ離れているみたいだ。

 まるで僕たちみたい。


「ありがと、ねむを連れて行くから」

「うん、その日になったら言うから」


 まずはもう少しぐらい積極的に人と関わるべきだろう。

 そして、お弁当も教室で食べることを心がければ慣れるはず。

 教室から逃げるようにしてあそこでなんか食べているから苦手意識が酷くなるんだ。


「ここだよ」

「綺麗なお家」

「そうかな? 小牧たちはそんなこと絶対に言わないけど」

「多分、そこに住んでる人の心が綺麗だから」


 僕もあの3人と同じぐらい綺麗な人間になりたい。

 少なくともねむにとって理想の姉でいてあげたかった。


「それって私も?」

「うん、そう」


 友達がたくさんいて、だからってそれで驕ることなく誰かのために動ける。

 そんな素晴らしいことってあんまりない、真似をすればねむにとって理想の人間になれるかな?


「これからもねむと仲良くしてあげてほしい。あの子は慣れるとたくさん話せる、今日だってもう甘えていたから大丈夫。伊野瀬さんとかともすぐ仲良くなれると思うから、僕ではなくねむを支えてあげてほしい」

「妹ちゃん思いなんだね」

「大好きだから。それにいまの内にしておかないと最近の子はすぐにどこかへ行っちゃうから」


 学校での話をする時は大体そういう話題。

 もう半ばほど追うことができなくなっているのが現状だった。


「いいなあ」

「僕は杉田さんみたいになりたい」

「じゃあなおさら一緒にいようよ、協力してあげる!」


 なんで、どうして、お礼を言われたいためだとしても真顔で言われると意識してしまう。

 自分はここまで単純だったのかと痛む頭を押さえながら初めて気づいた。

 彼女は「あ……ごめん」と謝ってくれて、こちらの方もあ……と申し訳なくなったが。


「……いい、その気持ちだけで十分だから」


 でも、理想は理想だ、いくら努力しても彼女みたいにはなれない。

 たかだかこの程度の声量を前に頭が痛くなっていたらたくさんの人と関わるとかやはり無理だ。

 お喋りしたい、みんなといたい、そう考えていても頭はそうじゃないみたい。


「なにか用があったら話しかけて」

「うん……」


 あーあ、別に困らせたいわけじゃないのに。

 なんとも言えない感情と戦いながら帰る羽目になったのだった。

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