01
横の席の女ん子に話しかける。
現在は授業中だから本当ならするべきではない。
が、そろそろ起こしておかないと先生に気づかれて怒られてしまうから仕方がないと割り切った。
「ん……あ~……おはよー」
「先生に怒られてしまうから寝るのはやめた方がいい」
言ってからそれでも自分が指摘する理由はないのではと気づいた。
彼女は分かっているのか、分かっていないのか「そうだね~……ふぁぁ」と適当な返事。
「杉田ー、授業中に寝るなよー」
「あ、は~い……おやすみなさい……」
「寝るなっつの!」
教室内は一気に賑やかになった。
先生も怒っているわけではないらしく「起きとけよー」と口にして授業に戻る。
横の杉田さんもさすがに寝ることはもうしなかった。
「ありがとね~」
「別に気になっただけ」
「うん、寝るのは良くないって思ってるんだけどね~……なんかずっと眠くて」
病気とかだろうか。
それとも単純に杉田さんのやる気がないだけの可能性もある。
まあいい、こうして話しかけたのは実は初めてだし、これからも関わることもないだろう。
彼女はこう見えて友達がたくさんいるからこちらとは違う。
「ミユ、ごはん食べよー」
「いいよ~」
昼休みになったらやることはひとつ。
お弁当の袋を持って階段を上りそこに座って食べること。
屋上には鍵がかけられていて出られないからしょうがない、暗いけどしょうがない。
「いただきます」
自分で作った物だから不安は一切なかった。
誰かに作ってもらうよりも信用できる、母作の場合は嫌いな物を入れそうだから開ける時が怖い。
「みーつけた~」
「ん」
来たのは先程の杉田さん。
ふにゃふにゃな笑みを浮かべているが、なぜだか幼くは見えない。
寧ろその笑顔とは裏腹に冷静に見られている気配すら感じる。
話しかけておいてなんだが、こういう人は苦手だった。
「美味しそうだね、自分で作ったの?」
「そう」
「すごいね、朝からお弁当作りなんて」
「違う、昨日の夜に終わらせておいた。朝になったら炊けたごはんを詰めただけ」
なにしに来たんだろう。
取り巻きというか友達はいないようなのでまだ相手をするのは楽と言えるが。
「さっきはありがとね」
「うん。……いきなり話しかけてごめん」
「なんで? 起こしてくれて嬉しかったよ?」
「杉田さんは人気者だから」
「え~、そんなことないよ~」
横の席だからよく分かるんだ。
杉田心優という名前で、みんなから名前で呼ばれていつも一緒にいる。
休み時間にはひとりでいることしかできない自分に比べれば十分人気者だった。
「あ、ミユこんなところでなにしてるの」
「鹿島さんにお礼が言いたくてね~」
「え、鹿島さんっていつもこんなところで食べてたの? 教室で食べなよ、汚れちゃうよ?」
ああ……杉田さんの友達が来てしまったぞ……。
自分だってできれば教室で食べたい、でも、賑やかなのはあまり好きではない。
この子たちは声が大きいから頭に響いてダメージを負うこともある。
「まあまあ、どこで食べようと自由でしょ~?」
「そうだけどさ、こんなところで食べていたら美味しいごはんも美味しくなくなるよ」
「そうかな? 私もたまにはこういうところで食べたくなる時もあるよ」
「それは寝られるからでしょー」
「そうとも言うけど~」
暗いがだからこそ静かでここはいい場所だ。
外の天気が良ければ陽で照らされるところもあるからポカポカ気持ちがいい時もある。
あ、だけどこの子たちに取られてしまったらどうしよう。
「鹿島さんも戻ろ?」
「うん」
ここで拒めば後に面倒くさいことになる。
だったら従っておいた方がいいだろう、それぐらい柔軟に対応していかないと駄目だ。
ただ、教室に戻ったらその賑やかさに頭が痛くなった。
ここにいる方が美味しくなくなるわけだが、横には杉田さんたちがいるため逃げられない。
単純に自分が弱いだけ、強くならなければならないと考えていても、やはり慣れないのが常のこと。
「ん~? 顔色悪いけど大丈夫~?」
「大丈夫」
残すと悪くなってしまうから食べておかなければならない。
……早く家に帰りたい、少なくともここにいなければ体調だって回復する。
「こらあ!」
が、その大声を前についに限界がきて教室を飛び出した。
まだ時間はあるから、静かな場所で休憩しておけば5時間目までには治るはず。
「うぅ……」
病気なのは寧ろ自分の方かもしれない。
あれだけ賑やかな空間でも気にしていたのは恐らく自分だけだ。
中には「うるさいな」くらいに考えている人もいるかもしれないが、飛び出すほどではないだろう。
「見つけた。どうしたの? 頭が痛いの?」
言ったところでお前が我慢すればいいで終わってしまうこと、だから教室外にいるのが好きだと答えておいた。
残念ながら無視をすることはできないから。
「熱があるのかな、ちょっとじっとしててね」
スタンダードな確認方法、手で相手のおでこに触れるだけ。
彼女はへにゃりと笑って「熱はなさそうで良かったよー」と両手を合わせてパチンと鳴らした。
「大丈夫、だから」
「そっか、慌てて出ていったから気になっちゃってさ~」
「静かな場所が好き」
「あ、もしかして私たちうるさい?」
ブンブンと首を振って否定する。
自分の聴覚とか頭がおかしいだけだ。
貧弱に育ってしまったものだからたかだかあの程度のことで飛び出してしまう。
先程の両手を合わせた音だってビクッとなったが、気づかれなくて本当に良かったと思う。
「よし、戻ろっか~」
「うん」
ああ……とにかく我慢だ、捉え方を変えればいい。
ギスギスしている空間よりも賑やかな方がいいと考え方をしておけばいい。
「鹿島ちゃん」
「なに?」
教室内で戻った後も標的はまだ自分のまま。
先程のことを怒っているのだろうか、寝るのを邪魔されるのは嫌だと感じる時もあることだし。
「無理してるでしょ~」
そう言った時の彼女は珍しく笑顔を引っ込めていた。
笑っていないと綺麗に見える、少しだけぼうっと眺めてしまった。
「さっきもさ、大きな音が嫌だったんじゃないの?」
「そんなことない」
これは弱みだし、ほいほいと吐かない方がいい気がする。
ましてや全く知らない人であるのならなおさらのことだ。
「わあ!」
「なっ、なに? 全然平気……だけど」
「ごめんね、驚かせるようなことして。やっぱりそうなんでしょ? 無理しなくていいよ。できるだけ静かにするね、周りの子までは抑えられないけどさ」
いや、これは私が我慢すればいいだけのこと。
他の子は普通か多少は声が大きい程度なのに自分だけのためにやめてなんて言えない。
「いい、大丈夫だから」
いままでこうしてずっと乗り越えてきたんだから。
「杉田さんたちは楽しくやってくれればいい」
迷惑をかけたくなかった。
学校は学びに来る場所だが、大切な友達と盛り上がりたいと考えているのが大半だろうから。
それを自分が原因で遠慮しなければならないなんておかしい。
「見ているのは好きだから」
「混ざれば? 鹿島ちゃんなら大歓迎だよ?」
「見ているだけでいい、きっとついていけなくて嫌な気分にさせるから」
別に音だけが原因でひとりあそこで食べていたわけではないのだ。
いま流行りの話題とか、相手を嫌な気分にさせないために合わせるとかはしたくない。
それだったらひとりのままでいい、そうすれば放課後になったら帰るだけで済むから。
協調性がないのかもしれない、だからこそできることはちゃんとしている。
誘いは基本的に断る、何回か繰り返せば誘ってくることもなくなるから今回も耐えるだけ。
「誘ってくれてありがと」
「うん、一緒に遊びたかったらいつでも言ってね」
頷いて色々なものを片付ける。
我慢すればいいのだ、嫌われることよりはよっぽど良かった。
「お姉ちゃん早くー!」
「分かったから……ゆっくり行かないと危ない」
休日を利用して妹のねむと買い物に来ていた。
なにがそんなに楽しいのか分からない。
だってここは休日になるとたくさんの人が利用するし、賑やかで頭に響く。
「ほらっ、これが発売日だから買いたかったの!」
「そんなステッキなんて買ってもお金の無駄」
「無駄じゃないもん! 電池を入れれば光るんだから! お友達も買うって言っていたから持っておかないと駄目になっちゃうもん……」
そうやって物とか話を合わせないと継続できない関係なら友達とは言えない気がする。
ただまあ、ねむに言うのは違う気がしたので言うことはしなかった。
キラキラ光る、新発売、友達が買うから、たったそれだけで1500円も使うのはもったいないが。
「あれ、鹿島さん?」
「あ……」
いつも杉田さんと仲良くしている子だった。
先程までハイテンションだったねむは僕の後ろにさっと隠れる。
自分と違ってコミュニケーション能力が高いねむも初対面の人を相手するとこんな感じだ。
「こんにちは」
「うん、こんにちは。その子は鹿島さんの妹さん?」
「そう、ねむって名前」
ま、姉の同級生とか関わりがないと話しづらいからしょうがない。
「こんにちはっ」
「こ、こんにちは……お、お姉ちゃんのお友達さん、ですか?」
「うん、そうだよー。いつも一緒に楽しく学校生活を送っているよ」
あ、一応そういうことにしてくれたみたいだ。
こういうところは杉田さんによく似ている、類は友を呼ぶって本当のことかもしれない。
「それより鹿島さんは大丈夫? また顔色が悪いけど」
「大丈夫、外ではいつものことだから」
たくさんの話し声が聞こえていると頭が痛くなる。
でも、ある程度は我慢できるから付き合って慣れていけばいい。
それにねむと約束していたんだから直線になってキャンセルは姉としてできないのだ。
「そうそう、これ登録しておいて」
「あ、アプリのID?」
いままで登録だけして全く利用してこなかったあれを利用する日がくるとは。
ねむのおかげだな、なにかこの後買ってあげようと決めた。
「私とミユのやつ、今度いつか一緒に遊ぼうね。じゃあね、ねむちゃんも」
「さ、さようなら」
全然距離が遠そうで遠くない人たちだ。
ねむのクラスにもこういう子がいてくれればいいなと願った。
泣くようなことにはなってほしくない、でも、聞くことしかできないから支えてもらうしかない。
「ねむ、なにか欲しい物ってある?」
「単3電池!」
「……もうちょっと可愛い物で」
「じゃあシュークリーム! あ、買ってくれるの!?」
「……うん、行こうか」
「行く!」
……もう少し声を小さくしてほしいが……若いんだしこれぐらい元気な方がいいかと片付ける。
母や父の分まで買って今日のところは帰ることになった。
歩いてみて分かることだが、車の音とかには反応したりしない。
人限定で苦手のようだ、なんて面倒くさい性質なんだろう。
いやでも、全部の音に対して反応するよりかは生きやすいけど。
「お姉ちゃん」
「なに?」
「さっきの人、お友達さんじゃないよね」
な、なんでそう思ったのか。
伊野瀬小牧さんは別に無理やり笑みを浮かべていたわけじゃないのに。
「それにお姉ちゃんはお友達さんといないと思う」
「い、いる……けど」
「お弁当とかも教室とは違う場所で食べてそう」
す、鋭い……全部当たっている。
こちらと違って人気者だからこそ些細なことで分かるというところだろうか。
「嘘、つかないでね」
「ごめん……」
「謝らなくていいけど、嘘つかれたら悲しいから」
どっちが姉なんだという話になってしまう。
ほんとに先程隠れた彼女と同じ人間には見えない。
「ただいまー!」
「おかえり、楽しかった?」
「楽しかった! お姉ちゃんといるの好きだから!」
「ふふ、良かったね。詩和もありがとね」
「うん、ねむはいい子だから大丈夫――あ、お母さんたちにも買ってきたよ」
「ありがと、みんなで食べよっか」
シュークリームを頬張りつつ、月曜日からどうしようと悩んでいた。
もちろんあのIDは登録するつもりだが、問題なのは距離感である。
ほいほいと受け入れて加わっていると、気を使わせてしまうかもしれない。
だからといって全部突っぱねると、それはそれでいいイメージを抱かれなくなる。
その絶妙なラインを見極めなければならないが……。
「今日はごめんなさい」
「え?」
「……お姉ちゃんは話し声が苦手なんだよね? だから顔色も悪かったんでしょ?」
「心配しなくても大丈夫、こうして元気だから気にしなくていいよ」
「……嘘つかないでって言ったのに」
一応もう17年もそれと付き合っているんだから問題ない。
少し静かな場所で休めば元気になる、甘い物を食べればあっという間だ。
「大丈夫、ねむは優しいね」
「……優しいのはお姉ちゃんだもん」
「ありがと」
妹をこんな気持ちにさせるなんて姉失格だな……。
だからって顔色ばかりはどうしようもないし、結構辛いのは本当だからいい案が思いつかない。
「そんな顔しないで」
「うぅ……お姉ちゃんのためになにかしてあげたい」
「なら楽しそうにしていてくれればいい、見るだけで元気になるから」
「えっと……こう?」
「あはは、もうちょっと」
「ふぁにぃしゅりゅにょ~」
とにかく、なんとか表に出さないように努めるしかなさそうだ。