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1.ウソの代償(3)

「変わったのは、三奈もでしょ」

「え……?」


 思わぬ言葉に三奈は顔を上げる。美桜は温かな笑みを向けていた。


「最近の三奈は柔らかくなった」

「なにそれ」

「みんな言ってるよ。今の三奈の方が前より可愛いって」

「うわ、キモ」


 すると美桜は笑った。


「そう言うと思って、みんな三奈には言わないんだけどね」


 別に自分は変わってなどいない。変わりたいと思って、変わったように見せただけだ。

 美桜の隣にいるためにはきっと今までのような自分ではダメで、美桜が好きだというあの人に少しでも似せることができれば。そう、思っただけ。

 だから少しだけ真面目になってみようとした。少しだけ素直になってみようとした。


 でも、やっぱりダメだった。

 それだけでは足りなかった。


 美桜の口から次々と出てきたあの人の好きなところはもっとたくさんあって、それは三奈が真似など出来ないことばかり。


「わたしも、今の三奈の方がいいと思うよ」


 そう言ってクールな顔で笑う彼女の笑顔はとても残酷だ。それでも、その笑顔が自分に向けられていることが嬉しくて、三奈は泣いてしまいそうな気持ちを堪えてグッと拳を握った。


「――今のわたしのままでいれば、美桜はわたしのこと好きになる?」


 瞬間、温かな笑顔に困惑が混じる。答えのわかっている質問だった。

 それでも美桜は一生懸命に考えてくれる。きっと三奈のことを傷つけない答えを探している。


 そんなもの、あるはずもないのに。


「いいよ、今のなし。別に期待なんてしてない。聞いてみただけだから」


 三奈は吐き出すように笑って言いながら、床に手を突いて天井を仰いだ。


「美桜はわたしを好きにはならない。てことは、わたしのこと嫌いなんだ。じゃあ、もういいよ。それで」

「なんでそうなるの」


 美桜の声は硬い。三奈は天井を見つめたまま「だって、そうじゃん」と答えた。


「好きじゃないなら、嫌いしかなくない?」

「そんなことないよ」

「へえ」


 三奈は呟きながら美桜の顔へ視線を向けた。美桜は困惑混じりの表情で三奈のことを見ている。あの日と同じ顔だ、と思いながら三奈は「じゃあさ」と首を傾げた。


「わたしのこと好き?」

「だからさっきも言ったけど――」

「好きか嫌いかで答えてよ」


 一瞬の沈黙。そして「好きだよ」と小さな声で彼女は答える。その瞳が僅かに揺れた。


「ウソ」

「……ウソじゃない」


 ――知ってる。美桜は、ウソなんて言わない。


 三奈は膝をついて美桜の方へと身を乗り出す。


「ウソじゃないなら一昨日の続き、できる?」


 あの夜、三奈が美桜に触れたとき、彼女はとても悲しそうな顔をした。そして泣き出して喚いて、三奈の元から去って行った。

 あのときの彼女の顔がずっと脳裏に焼き付いていて離れない。あんな顔を自分がさせてしまったのだと、そのことが許せなくて苛立ちがおさまらない。


「三奈? ねえ。わたしの話、聞いてよ」


 美桜は逃げることもせず、ただまっすぐに三奈のことを見ている。


 ――聞いてる。わかってる。


 美桜が自分のことを大切な友達だと思ってくれていることは充分すぎるほどわかっている。

 でなければ、あんなめちゃくちゃな交換条件を呑んだりしなかったはず。好きでもない自分の隣で一生懸命に楽しそうなふりなんてしなかったはず。


 こうして、また会いに来てくれたりしなかったはず。


 ――だけど。


 素直にさらけ出してしまったこの感情は、もう元には戻せない。だったらいっそのこと全部壊してしまえばいい。

 粉々に、欠片すらも残らないほど壊してしまえば楽になれる。


 これ以上、美桜を傷つけなくてすむ。


 少しずつ近づく美桜の顔は怒っているように険しくて。その澄んだ瞳の奥には嫌悪の色が見える。

 それでいい。美桜は優しいから。ちゃんと、嫌いになってくれるようにウソをつかないと。


「美桜、わたしのこと好きなんでしょ? だったら、いいじゃん」


 触れてしまいそうなほど近い美桜の唇。それでも美桜は逃げようともせず、そのまま三奈のことを見つめている。


「逃げないの? 一昨日はキスしただけで泣き出してたのに」


 答えない美桜の顔は険しいままで、そして嫌悪を含んだその瞳は潤んでいるように見える。


「ふうん」


 美桜は逃げようとも、三奈を非難しようともしない。このままでは触れてしまう。また、あんな顔をさせてしまうのだろうか。


 ――嫌だな。


 思いながら彼女の唇に視線を向けた。そしてもう少しだけ顔を近づけてみる。

 美桜の香りがする。

 美桜の吐息を感じる。

 そのとき、彼女の唇がキュッと引き締められた。次の瞬間に感じたのは、鼓膜を破られたかと思うほどの鋭い衝撃。

 一瞬、視界が真っ白になった。続いて感じたのは左頬の痛み。まるで火傷をしたかのような、熱い痛みだった。

 気づけば三奈は床に倒れていた。何が起きたのかわからず、頬を押さえながら身体を起こす。


「目、覚めた?」


 低い声に視線を向けると、美桜が怒った顔で三奈のことを見つめていた。彼女の右手は小刻みに震えている。


 殴られた。


 そう理解したとき、自然と三奈は薄く笑みを浮かべていた。

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