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1.ウソの代償(1)

「三奈」


 コンッと部屋のドアをノックする音がする。三奈は自室のテーブルの前にクッションを抱えて座り込み、ドアを見つめていた。


「三奈ってば」


 コンコンッと再びノックの音。


「ねえ、入れてよ」


透き通った、綺麗な声。ずっと隣で聞いていたい、愛しい声。


「三奈? まさか寝てる?」

「なわけないじゃん」


 いつもと変わらぬ口調の彼女の声に、思わずいつものように答えてしまう。ドアの向こうで短く笑い声が聞こえた。


「やっと喋ってくれた」


 安堵したような声だった。三奈はクッションをギュッと抱きしめる。


「……何しに来たわけ?」

「何って、話をしに」

「もういいじゃん。昨日、話したでしょ」

「話せてないよ」

「話した。美桜はあの人が好きで、わたしが嫌い。それでいいじゃん」


 返事はない。しばらく沈黙が続く。一階で母親が掃除を始めたらしく、掃除機の音が聞こえ始めた。


「全然よくないよ」


 聞こえた声は掃除機の音に掻き消されそうなほど小さくて、来客中に掃除を始めてしまうデリカシーのない母親に対して腹が立つ。


「わたしは三奈のこと――」


 しかし、それ以上は聞こえない。掃除機がうるさい。三奈は抱えていたクッションをドアに向かって投げつけた。

 バフッと情けない音をたててそれはドアにぶつかり、そして床に落ちる。


「三奈……?」


 不安そうな声が聞こえる。三奈はため息を吐いて立ち上がるとドアに向かい、鍵を開けた。


「入れば」


 ドアを少し開けて声をかける。隙間から見えた美桜は嬉しそうに、そしてホッとしたように笑みを浮かべていた。

 そんな彼女の顔を見て三奈はまた苛立ってしまう。床に落ちたクッションを拾い上げ、ドアから顔だけ出して「お母さん、うるさい!」と怒鳴ってから閉める。すると、掃除機の音がぴたりと止まった。


「やめなよ、三奈」

「だってうるさいんだもん。美桜の声、聞こえなかったし」

「それは三奈が入れてくれなかったからじゃん」


 その通りなので言い返すこともできない。三奈は無言でクッションを美桜に投げた。


「座れば」


 言って三奈はそのまま床に座る。美桜は困ったような顔をしながらクッションの上に腰を下ろすと「こっち見てよ」と言った。しかし三奈は見ない。


 見られるわけがない。あんなことをしたのだから。


 ため息が響いた。

 そしてゴトッと何かがテーブルに置かれる音。顔を上げると、テーブルには水滴を纏ったコーラのペットボトルが一本。


「なにこれ」

「誕生日プレゼント」

「は?」


 思わず美桜の顔を見てしまった。彼女は困ったような顔のまま笑うと「去年、言ってたやつ」とペットボトルを三奈の方へと置いた。


「三奈、プレゼントはいらないって言ってたけど、あんなことになっちゃったし。でも時間がなくて何か買いに行くこともできなかったから……」


 美桜はそう言うと俯いてしまった。


「……一本だけなの?」


 問うと、美桜は目を見開いて顔を上げた。そして薄く笑みを浮かべて「これもあげる」とバッグの中から五本のコーラを取りだした。三奈は思わず呆れて「そのバッグ、コーラしか入ってないわけ?」と笑ってしまう。


「財布とコーラだけ。もっと買おうとしたんだけど、入らなかったからこれで許して」


 そう言った美桜の笑みを見つめながら、三奈は「やだ。許さない」と答えた。瞬間、美桜の顔から笑みが消えた。そして悲しそうな表情で「だよね」と再び俯く。


「誕生日だったのに、あんなことして……。ごめんね、三奈」


 なんで美桜が謝るのかわからない。ひどいことをしたのは自分なのに。


 そう思っていても言葉にすることができない。言葉にするのが悔しい。だって昨日、彼女は言ったのだ。もうウソはつきたくない、と。

 真っ白で綺麗だった彼女にウソをつかせてしまったのは自分。そのことを認めるなんて出来なかった。

 守りたかったものを自分で壊してしまったなんて、そんなこと……。


 ――だから、わたしはわたしを。


「許さない」

「うん。許してくれなくてもいいよ」


 ――違う。そうじゃないのに。


「それでも、わたしはちゃんと話したい。三奈に、わたしの気持ちを」


 美桜は顔を上げた。まっすぐな瞳が三奈を見つめている。何かが吹っ切れたような、そんなスッキリした顔。そして微笑む。三奈が見たこともない表情で。

 そこにいる彼女は、三奈が知っている美桜とは別人のように可憐で美しくて、大人びて見えた。


「そして三奈の言葉も、ちゃんと聞きたい」


 知らない表情で優しい言葉をかけてくる彼女の顔を見ていられなくて、三奈はテーブルの上に並べられたコーラに視線を移した。

 ペットボトルからテーブルへと流れ落ちていく水滴たち。それはまるで涙のようだった。

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