表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/19

2.綺麗なモノ(6)

 三奈は息を吐くように笑って「かわいそうだよ」と言った。


「だって友達一人もいないんじゃ、学校来ても楽しくないでしょ」

「ウソついて友達のふりしてれば楽しいの?」


 美桜は顔を上げてまっすぐに三奈のことを見た。その視線が、まるで三奈のことを責めているように見えて、三奈は思わず「なにそれ」と眉を寄せる。


「何の話してんの?」

「言ってたじゃん、あのとき。ウソついて適当に合わせとけばいいのにって」

「まあ、言ったけどさ」


 しかし、それで責められる意味がわからない。三奈は困惑しながら首を傾げた。


「普通じゃない? みんなそうでしょ。ウソくらいつかなきゃ、友達なんてできないじゃん」

「普通じゃないでしょ、そんなの」


 美桜は意味がわからないといった様子で眉を寄せている。互いに同じような表情をしてしばらく見つめ合う。三奈は彼女を見つめながら「じゃあさ」と口を開いた。


「御影さんは、ウソついたことないわけ?」

「ウソ……。たとえば?」

「いや、その質問の意味がわかんないし。ウソはウソでしょ」


 美桜はさらに眉を寄せて「まあ、体調がすごく悪いときに平気なふりをしたことは何度か」と呟くように言う。


「いや、違うでしょ。それ」

「……中学の頃、友達の服のセンスが微妙だったんだけど、指摘するのもどうかと思って独特なセンスだねって言ったことはあるけど」

「ふざけてんの?」


 三奈は思わず低く言って美桜を睨む。彼女は真剣な顔で「え、違う?」と首を傾げた。その反応に三奈は思わず脱力して項垂れた。


「――たとえばさ」


 美桜の静かな声に、三奈は視線を向ける。彼女は手元を見つめながら静かな口調のまま続けた。


「誰かに好きだよって言われたとして、それがウソだってわかったとき、すごく悲しくなるじゃん」


 美桜は口元に薄く笑みを浮かべて「それは嫌だなって思うんだよね」と言った。


「わかんないように言うのがウソなんじゃないの?」


 美桜は頷く。


「そうなのかもしれないけど……」


 そう言って彼女は少し考えるような素振りを見せた。そして何か納得したように「うん」と頷く。


「でも、ウソはやっぱりダメだと思う」

「ウソが嫌い?」

「嫌い」

「へえ」


 そのとき、三奈の中にゾワリと何かよくわからない感情が沸き上がった。それは苛立ちにも似ていて、しかし憎しみにも似ているような気がする。

 よくわからない。よくわからないけれど、無性に美桜に対して怒りが沸いてきたのは事実だ。三奈はニヤリと笑う。


「じゃ、わたしは嫌われ者だね」

「え、なんで」


 美桜が驚いたように目を見開く。


「だってわたし、ウソつきだもん。上手にウソをつけば、それがウソだなんて誰も気づかない。誰も傷つかない。それでいいじゃん」


 そうやって三奈は生きてきたのだから。それを否定する権利など、美桜にあるわけもない。それでも彼女は否定する。


「でもやっぱりウソはバレるものだよ。きっと相手は傷ついてると思う」


 そう言って、三奈の人生を否定する。


「そう? わたしからすれば本当の気持ちってやつこそ知りたくないけど。ていうかさ、本当の気持ちなんか素直に吐かれたらキモくない? 別に知りたくもない相手の本心を聞かされるなんて、ウソつかれるよりも怖いじゃん。そっちのが嫌だよ」

「そんなことないよ。本心がわかっても、そばにいたいって思う相手が友達じゃないの? ウソで繋ぎ止める友達なんて、そんなのいてもいなくても一緒じゃん」


 美桜が強い口調で言う。強く三奈のことを否定する。


 ウソなんて必要ない、と。


 そのウソで三奈は自分を守って生きてきたのに。怒りがさらに増してきて、三奈は思わず語調を強めた。


「それでもぼっちよりはマシだと思うけど? あんた、そんなだから浮いてんだよ」


 その瞬間、美桜は傷ついたような表情を浮かべて「ごめん」と呟いた。その反応に三奈は眉を寄せる。


「……なんでいきなり謝ってんの?」

「だって、怒らせた」


 悲しそうに表情を歪めて彼女は言う。


「なんで怒らせたか、わかってんの?」

「それは、わかんないけど。でもたぶん、またわたし何か言ったんだよね。わたしが悪いんだ……。だから、ごめんね? ごめん。わたし、本当によくわかんなくて」


 足を抱えて小さくなりながら彼女は謝る。何度も、何度も。

 震えるように謝るその声を、三奈は綺麗だなと思いながら聞いていた。

 今にも泣き出しそうな彼女の顔を見て三奈は思わず手を伸ばす。しかしすぐに我に返って手を止めると、その伸ばしかけた手をグッと握った。


 ――ああ、そっか。


 三奈はようやく理解した。この美桜に対する感情を。

 羨ましかったのだ。

 美桜は、ウソなんて嫌いだと本心で言えてしまうほど純粋で綺麗で、まっすぐなのだ。だからこそ傷つきやすくて壊れやすい。武器も鎧も持たない、まるで綺麗事を並べ立てた映画か何かに出てくる登場人物のようだ。


 それは三奈が今までに出会ったことのない存在。

 ウソにまみれて生きてきた自分とは真逆の存在。


 目の前にいる彼女は疲れ果てているように見える。すでに心の限界が近いのだろう。きっと、ここで三奈が許さないと言えば彼女はさらに傷つく。そのまま彼女の心を壊してしまうのは簡単だ。そうすればもう学校にも来なくなるだろう。


 クラスにいてもいなくても変わらない彼女が、本当にクラスからいなくなる。


 ――それは、嫌だな。


 この綺麗なモノを、もっと見ていたいと思った。すぐ近くで、ずっと見ていたい。だけどきっと放っておいたら彼女は消えてしまう。いつの間にか、三奈が気づかないうちにいなくなってしまう。


 ――だったら。


 三奈は立ち上がると彼女の前に立った。美桜は膝を抱えたまま顔を上げない。その頭を三奈は軽くペンッと叩いた。


「痛っ……?」


 不思議そうに顔を上げた美桜の瞳からは涙が溢れていた。頬に伝った涙が、ドアの窓から射し込む光でキラキラと輝いている。

 三奈はため息を吐いて「おいで」と手を伸ばす。


「え……?」


 呆然と、彼女は三奈のことを見上げている。しかし、一向に手を伸ばしてくる気配はない。仕方なく三奈は彼女の手を強引に握ると「ほら、さっさと立つ」と引っ張り上げた。


「え、なに?」


 立ち上がった美桜は手を繋いだまま、困惑した様子で三奈の顔を見つめている。しかし、三奈は答えずに「行くよ」と美桜を引っ張って階段を降り始めた。


「待って。ねえ、待ってってば。高知さん」


 美桜が言って立ち止まる。三奈は振り返って「合宿」と強い口調で言った。


「合宿?」

「そう。うちの班、まだ一人入れるからさ。だから、とっとと戻るよ。みんなに言っとかないと」


 美桜は目を大きく見開いた。


「入れて、くれるの?」


 信じられないといった様子で彼女は呟く。


「ウソつきと一緒が嫌じゃなければね」


 そう言ってやると、美桜は困ったように微笑んでから首を左右に振る。そして柔らかな口調で言った。


「――優しいね、高知さんは」


 ギュッと美桜の手に力が入った。ひんやりとしていた手は次第に熱を帯びてきて温かい。

 目の前で三奈に向けられている微笑みは、今まで見てきたどんな笑顔よりも綺麗で、そして今にも壊れてしまいそうなほどに弱々しい。

 三奈は美桜の手を握り返した。


「三奈でいいよ。美桜」


 言って彼女を引っ張って再び階段を降りる。今度は抵抗もなく、素直に彼女はついてきた。


 三奈の手を頼りにして。


「うん。ありがとう、三奈」


 恥ずかしげもなく伝えられる感謝の言葉。

 三奈は自分の心臓が爆発するのではないかと思うほど煩く鳴っていることに気づいていた。空いている方の手で、赤くなっているだろう顔を隠すようにしながら歩く。


「ありがとう」


 背中に聞こえた言葉がじわりと心に染みこんでいく。

 この綺麗な言葉も、きっと守れる。

 自分がいつもそばにいれば守ってあげられる。

 壊れないように守ってあげる。


 だからずっと、ずっとそばに。


 三奈は強く美桜の手を握ったまま、階段をゆっくり降りて行った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 城門さんこんにちは! 遅ればせながらこちらも読ませて頂いてます。 三奈もめちゃくちゃいい子ですよね! 自分のことをウソつきだって言える三奈もまた、正直で優しい子なんだなって思いました。 こん…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ