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2.綺麗なモノ(5)

 美桜は視線を彷徨わせながら顔を俯かせると、足を抱えるようにして座り直した。その姿は、まるで怯えた小さな子供のようだ。

 しばらくそんな子供のような美桜を見つめていたが、彼女が動く気配はない。三奈は仕方なく彼女の前まで行くと「ちょっと端に寄ってよ」と声をかけた。美桜はビクリと肩を震わせて顔を上げる。


「え……?」

「寄ってくれなきゃ座れないじゃん」


 当然のように言ってやると彼女は「あ、うん」と頷き、座ったまま横に移動した。さっきまで彼女が座っていた場所に三奈は腰を下ろす。狭いスペースに並んで座った二人の距離は近かった。

 美桜は居心地悪そうに視線を壁の方に向けている。そうしながら、親指と人差し指を擦るように動かしていた。

 何か意味があるのだろうかと不思議に思ったが、別に聞くようなことでもない。

 三奈はため息を吐いてドアにもたれかかると、天井を仰いだ。


 ちょうど、さっきまで美桜がそうしていたように。


 遠く聞こえてくるかけ声は、外で体育の授業でも行われているのだろう。それ以外は何も聞こえない。ほんの少しだけ暑さを感じるのは、ドアの窓から射し込む日差しのせいだろうか。床に手の平をつけてみると、ひんやりとして気持ちが良い。


 静かで落ち着く空間だった。隣には話したこともないようなクラスメイトが座っている。少し手を動かせば触れてしまいそうな距離で。それなのに、こんなに落ち着いた気持ちになるのはどうしてだろう。

 スッと服が擦れる音がして視線を向けると、美桜が少しだけ体勢を変えていた。三奈に半分背中を向けている。


 そんなに一緒にいたくないのだろうか。


 そう思うと、なんだか無性に腹が立ってくる。


「サボり」


 三奈が口を開くと、美桜は面白いようにビクリと身体を震わせた。そして三奈の方を振り向く。

 まだ青白いその顔に表情はなかった。三奈はそんな人形のような顔を見ながら続ける。


「うちって私立だからさ、あんまりサボるとクビになるかもよ?」

「……高知さんだって」


 低い声で彼女は言う。三奈は「わたしは今、保健室にいるから」と笑った。美桜は意味がわからないといった様子で眉を寄せている。


「ウソついて出てきたの?」

「黙って出て行く奴よりはマシだと思う」


 三奈が言うと、美桜は言い返すこともなく項垂れてしまった。三奈はため息を吐く。


「ま、誰もあんたが出て行ったことに気づいてなかったけど」

「――だろうね」


 どこか嘲笑を含んだような声だった。見ると、彼女は顔を上げて口元に薄く笑みを浮かべていた。そしてさっきと同じように壁に背をつけ、手足を投げ出すようにして天井を見上げた。


「誰も、わたしには興味ないから」

「そうだね」


 その通りだったので、素直に肯定する。すると彼女はフフッと息を吐くようにして笑った。


 ――ちゃんと笑えるんだな。


 彼女の横顔を見ながらそんなことを思う。可愛い笑顔だった。

 きっと楽しいことがあったときの笑顔はもっと可愛いだろう。思えば入学してからの数ヶ月、彼女の笑顔を見たことは一度もなかった気がする。


「合宿、どうすんの? それもサボるつもり?」


 余計なお世話。

 三奈だったらそう思う。しかし美桜は薄く笑みを残したまま「どうしようかな」と、どこか遠い目をしながら言った。


「どこかの班に入れてもらえないかと思ったんだけど」

「無理でしょ。今更、あんたを仲間に入れるグループなんかないって」

「うん。さっき、痛いほどそれがわかった。誰も考えてもくれなかったもん。ていうか、返事すらしてもらえなかった」


 彼女は遠い目のまま自嘲するような笑みを浮かべると「先生に言って、どこか適当に入れてもらおうかな」と半ば投げやりな口調で言った。


「……それでどこかの班に強制的に入れられてもさ、結局また面倒なことになるだけじゃない? あのときみたいに」


 三奈の言葉に、美桜はハッとしたような表情を浮かべた。そして力なく笑う。


「かもね」


 それでもサボろうという気はないらしい。真面目な性格なのだろう。見た目だって悪くない。ちゃんと普通に会話もできる。それなのに、どうしてこんなにクラスで浮いてしまっているのだろう。


「――なんで、上手くいかないんだろう」


 泣きそうな声で美桜は言った。その顔には笑みが残ったまま。しかし、その瞳は悲しそうに輝きを失っているように見えた。


「知らないよ、そんなこと」


 自分でわからないことが、他人にわかるはずもない。


「自分で考えなよ」


 三奈が冷たく言い放つと、美桜は「だよね」と長く息を吐き出した。


「ずっと考えてるんだけど、よくわからない」


 弱々しい声だった。

 体勢がキツくなったのか、彼女は床に手をついて座り直した。そのとき、三奈の手にふわりと彼女の手が触れる。じわりと暑い空間の中で、その手は少しひんやりとしていた。

 三奈は反射的に手の位置を変えながら「中学の友達とか、いないわけ?」と聞いてみる。


「同じ中学の子なら他のクラスにいるけど、友達じゃないと思う。話したことないし。仲良かった子は別の学校に」

「へえ。じゃあ本気で友達いないんだ? かわいそう」


 美桜は答えない。しばらくじっと俯いていたかと思うと「かわいそう、かな」と呟いた。


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