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9「王都 ドゥラゴルーナ」

 マーガレットと従僕を一人供につけ、エルフィーネは馬車に乗って城下町の貴族や富裕層向けの商店が立ち並ぶ通りへとやって来た。



「人がいっぱい……」



 ヴィストーレに居た頃も街の方へ行ったことなどなかったエルフィーネは、王都の通行人の多さに圧倒されていた。

 そんなエルフィーネをマーガレットと従僕のトーマスは、あたたかい眼差しで見つめている。



「お嬢さま、まずは目的のものを買いましょう」

「そ、そうね。マーガレットは、お店の場所を知っているの?」

「えぇ。王都で一番大きい文具店です。きっとお嬢さまのお気に召すものがございますわ」



 文具店に向かって歩き出したマーガレットの後を、エルフィーネとトーマスが続いて歩く。

 エルフィーネはにぎやかな街並みを興味深そうに見回しながら歩いている。



「あそこはお菓子屋さん?」

「えぇ。クッキーがおいしいと評判のお店です」

「あのお店は?」

「あちらは……」



 こんな調子で、目的の店に着くまでエルフィーネはマーガレットに質問し通しだった。



「ここです」



 マーガレットが足を止めたのは、店舗としては珍しい三階建ての建物の前だった。



「このお店は、階層ごとに扱う品物を変えているそうです」



 一階は羽根ペンやインク、封蝋などの筆記具。二回は封筒や便せん、ノートなどの紙製品。三階はペーパーナイフやペンナイフ、はさみなどの刃物や、ペーパーウエイトや文箱などが取り揃えてある。お抱えの工房を持っているため、特注で品物を作ることもできる。



「こんなに大きなお店なら、きっと気に入るものが見つかるはずだわ」



 エルフィーネは建物を見上げ、店内へと足を踏み入れた。

 広い店内には数名の客が居て、なかなか人気があることが窺える。



「便せんなどは二階にございます」



 マーガレットの言葉にエルフィーネは頷き、まずは二階へ向かった。



「まぁ」



 二階の売り場は、様々な色に溢れていた。色とりどりの便せん、封筒、ノート。ここならば、自分の求めるものがあるはずだとエルフィーネは思った。



(アッシュに似合うものがいいかしら? それとも、アッシュをイメージしたものの方が……?)



 エルフィーネの中のアシュレーのイメージは“夜空”だ。瞳の色だけでなく、髪の色も夜の空を彷彿(ほうふつ)とさせる。

 しかし、夜空のイメージで選ぼうとすると、インクの見えない暗い色の便せんなどは作られないため、“夜空”で便せんを選ぶことはできない。瞳の色に合わせて紫系統のものにしようかしら、などと考えていると、ラベンダー色の便せんが目に入った。右下にはスミレの花が描かれている。便せんの地の色、描かれている花の色、図らずもそのふたつがアシュレーの瞳と同じ系統の色である。



(素敵な便せん。アッシュは気に入ってくださるかしら)



 エルフィーネは自然の多い場所で育ったため、植物が好きだ。花はどんなものでも好きだが、派手で華やかな大振りのものよりも、素朴でかわいらしい小ぶりな花の方を好んだ。

 ラベンダー色の便せんと揃いの封筒を手にしたエルフィーネに、マーガレットが両手を差し出した。



「お預かり致します」

「えぇ、お願いするわ」



 便せんと封筒を手渡し、再び陳列台の間を歩き始める。今は家族と共に暮らしているため、手紙を出す相手は居ない。けれど、折角のお出かけだ。次はいつ外出できるかわからないのだから、今は時間の許す限り楽しみたいとエルフィーネは思った。

 淡いピンク色、冬の空のような薄い水色、爽やかなレモン色……。様々な色の便せんに、エルフィーネの瞳はきらきらと輝く。



(さすがは王都ね。便せんだけでこんなに沢山の種類があるなんて)



 エリファス用の便せんは、別荘の使用人に色の指定だけをして買って来てもらったものなので、買うものを直接自分の目で見て選んだのはこの便せんが初めての経験だ。



(自分の目で見てなにかを選ぶのって、こんなに楽しいことなのね)



 ふふ、と笑みを零すエルフィーネに、マーガレットの頬もゆるむ。エルフィーネ付きの侍女となって約一カ月。子供らしいエルフィーネの笑顔を見たのは、自室で騎獣である(ということにしている)シルフィードと、こちらも同じく使い魔(という設定)のアズラエルと触れ合っている時だけだったからだ。


 マーガレットには三つ年下の弟が居る。エルフィーネより六つ年上の弟は、男の子だけあって、小さな頃から元気だった。そんな弟を見ていたせいか、エルフィーネの少し大人びた、悪く言えば子供らしくない様子が気になっていたのだ。療養のためとはいえ、幼い子供が四年も家族から離れて過ごしていたのだから、大人びてしまうのも頷ける。けれど、縁あってエルフィーネの侍女となったのだから、(あるじ)には毎日を笑顔で健やかに過ごしてほしいと思う。



「マーガレット。折角だから、インクも新しいものにしたいの」

「かしこまりました。では、一階にまいりましょう」



 マーガレットが近くに居た従業員に目線で合図をすると、品物を受け取って一礼し、階下へと向かった。



「この上の階にはどんなものがあるの?」

「刃物やペーパーウエイトなどが置いてございます」

「そうなの」



(だったら、見てもあまり楽しそうではないわね)



「一階へ行きましょう」

「かしこまりました」


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