62「姉の予想は外れない」
アートレイデ邸のパーラーでは、三人の女性が食後のお茶を楽しんでいるところだった。母と姉はエルフィーネが王妃から招待されたお茶会について楽しそうに話し合っている。エルフィーネはその様子を見つめながら、昼間の出来事をいつ伝えようかと考えていた。二人の会話が盛り上がっているため、おっとりしている彼女はなかなか口を挟めずにいた。
「エルちゃん?」
いつもなら笑みを浮かべて話を聞いている下の娘が、今日はどこか上の空であることに気付いた母が声をかける。エルフィーネは今なら言えるかも、と大きく息を吸いこんだ。
「今日、アッシュからきゅ、求婚をされました。わたくしもアッシュのことが好きだから求婚をお受けしました。明日には正式な申し込みをするから、先にお母さまに話しておいてほしいと……お母さま?」
自分の話を聞いている内に母の様子が変わってきたことに気付いたエルフィーネが母を呼ぶと、彼女はカップに口をつけ小さく息を吐いた。
「ごめんなさいね。嬉しくて少しはしゃいでしまったわ。セラさまにお伝えしなければね。お父さまにはわたくしからお伝えしておくわ。きっと喜んでくださるから、安心してちょうだい?」
「はい。よろしくお願いします」
「エルが婚約か。エリファスが面倒なことになりそうだな」
ぼそりと呟かれた姉の言葉が妹の耳に届くことはなかった。
×××××
『エリファスが帰ってきたよー』
風の精霊の言葉にエルフィーネは礼を返し、守護獣たちを連れて次兄の部屋へと向かった。
(エリィ兄さまは喜んでくださるかしら……?)
彼女がエリファスの部屋を訪ねる目的は、アシュレーと婚約を結ぶことになりそうだと報告するためだ。本当は昨日の内にアシュレーに自分の隠しごとを打ち明けるつもりだと話す予定だったのだが、仕事が長引いたらしく、エルフィーネが起きている時間にエリファスが帰ってくることはなかった。
アシュレーに自分の過去、そして異能を打ち明けることでエルフィーネが傷付くことを懼れる次兄に、たとえ傷付いたとしても初めて恋した相手に、真摯に想いを伝えてくるアシュレーに不実なことはしたくないのだと伝えたかったのだ。しかし、打ち明けたこと、更に婚約まで話が進んだことが事後報告となってしまうことを、エルフィーネは少々申し訳なく思っている。ヴィストーレに独りぼっちだった自分を唯一気にかけてくれた兄に対して、あまりにも不誠実なのでは、と。そんなことを考えている内に、エリファスの部屋の前に到着した。
すぅ、と息を吸い叩扉をすると、はーい、とのんびりした声と共に扉が開かれた。
「エル。エルから僕の部屋を訪ねてくるなんて……なにかあったの?」
「エリィ兄さまにお話があるの」
「……入って」
部屋に入った二人は、長椅子に隣り合って座った。シルフィードはエルフィーネの足許に、アズラエルは長椅子の肘掛けに止まっている。
「話ってなんだい?」
「あのね。わたくし、今日のお茶会でアッシュに精霊さんたちのことをお話ししたの」
「!? なんだって」
案の定びっくりして声を上げた兄を見て、妹はしょんぼりと肩を落とした。
「本当は、昨日エリィ兄さまにそのことをお話しするつもりだったの。でも、会えなかったから……ごめんなさい」
「謝らないで。彼に伝える前に、そのことを僕に話そうとしてくれていたのならいいんだ。それで、彼はエルの話を聞いて、どんな様子だったの?」
「わたくしのことを気持ち悪いなんて思わない、って。わたくしを好きな気持ちは変わらないから、結婚してほしい、って言われたの」
「結婚だって!? それで、エルはなんて答えたの?」
珍しい兄の剣幕に、エルフィーネは少々驚きながらも口を開いた。
「え、えぇ……わたくしもアッシュのことが好き、だから、お受けしたわ。さっきお母さまにもお話ししたの」
「なんだって!? ってことは、エルが結婚、いや、まだ婚約止まりか……でも、婚約なんて……エルはまだ七歳なのに、早すぎる……」
ぶつぶつとひとりごちるエリファス。姉の懸念は大当たりだった。
妹は、アシュレーに話したことを心配されるだろうとは思っていたが、求婚を受けたことで兄がこれほどまでに取り乱すなど思ってもみなかったため、いささか慌てていた。
おろおろするエルフィーネに、シルフィードが呆れたように息を吐き、気にするな、と声をかける。
『アレは妹離れができておらぬだけぞ。エリファス。エルをいつまでも己の庇護下に置いておけるわけでないことはそなたも理解しておろう? 妹離れを試みる機会ができてよかったではないか』
「エルはまだ七歳だよ? まだまだ妹離れなんてしなくてもいいじゃないか。それに、婚約なんてまだ早いよ!!」
先ほどと同じ言葉を繰り返すエリファスに、シルフィードが嘆息する。エリファスがこうなることは予想できていたことではあるが、これは少々長引きそうだ、と。今日中にエリファスを納得させることはムリだろうと、シルフィードは長期戦となる覚悟をした。ひとまず、婚約を結ぶことは確実なので、それを理解させることとする。
『そなたが反対したとてエルの心は決まっておるし、侯爵夫人も乗り気ゆえ、婚約が結ばれることは決定したも同然ぞ。諦めろ』
最後通牒を突き付けられたエリファスは、うぅ、と呻き、両手で頭を抱えるのだった。




