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61「求婚」

 自身の秘密を語り終えたエルフィーネは、小さく嘆息した。幼かった彼女は当時のことを殆ど憶えていなかったのだが、エリファスが必要なことだから、と六歳の時になぜエルフィーネが家族と離れて独りでヴィストーレに居るのかということの経緯を話したのだ。



「わたくしは異能者(ジーニアス)だけど、こんな異能(ちから)は聞いたこともないわ。だから、もしアッシュもわたくしのことを気持ち悪いと思ったのなら……」

「そんなこと思わない!!」

「アッシュ……」

「すべての異能者の持つ能力が同じものだってわけじゃない。エルの異能が初めて聞くものだというだけで、これから先同じ能力を持つ人が現れるかもしれないだろ? 俺はエルが好きだ。その気持ちは今でも変わらない。だから、これ以上自分を傷つけないでくれ……頼む」

「顔も声も、名前だって憶えていないのに、あの時わたくしのことをバケモノと呼んだその声の響きだけは、今でもずっと憶えているの」

「エル……」

「エリィ兄さまはバケモノなんかじゃないって言ってくださるけど、時々あの怯えた声が頭の中に浮かんでくるの。忘れ、られないの」

「俺が忘れさせてやる!!」



 アシュレーはそう叫ぶと、立ち上がりエルフィーネの傍らに(ひざまず)き、スカートの上で握りしめられたままの彼女の白い右手をとった。



「エルフィーネ・アートレイデ嬢。私はあなたを心からお慕いしています。きっとこの気持ちは一生変わらない。だから、どうか私の妻となり、生涯私の傍に居て頂けませんか?」



 エルフィーネの空色の瞳をまっすぐ見つめる彼の夜空色の瞳には、偽りの色など欠片も見えない。



(アッシュのことを信じるわ)



 エルフィーネは彼の手に左手を重ね、こくりと頷いた。



「はい。わたくしを、ずっとアッシュの傍に居させてください。アッシュのお嫁さんになりたいわ」

「エルのことを幸せにすると誓うよ。だから、ずっと俺の傍に居てくれ……絶対に、離さない」



 最後の呟きはエルフィーネの耳には届かなかったが、アシュレーの言葉に彼女は満面の笑みを浮かべた。



「母上も喜んでくださるだろうから、きっと明日には正式な婚約の申し入れが届くと思う。驚かせるといけないから、エルからも侯爵夫人に話をしておいてほしい」

「わかったわ。アッシュ、これからもよろしくね」

「あぁ。こちらこそ」

「風さん、結界を解いてくれる?」

『はーい』

『エルの役に立てて嬉しい』

「ありがとう。とっても助かったわ」

「今のは精霊たちと話していたの?」



 防音結界を解いたため少しだけ声を潜めて尋ねてくるアシュレーに、エルフィーネはえぇ、と肯定を返した。もうアシュレーの前で精霊のことを隠す必要がなくなったからだ。



「そうか」

「クロちゃん……闇の精霊さんは、アッシュのことが大好きなの。やっぱり同じ属性の人を好きになるみたい」



 ふふ、と楽しそうに笑う彼女の顔は、自身の秘密を打ち明けたためか、アシュレーが今まで見た笑顔の中で一番輝いているように見えた。



(やはりエルには笑顔が一番似合う)



「そうなのか。俺もエルと同じものが見えればいいのに。そうすれば、もっとエルのことを知ることができる」

「そう言ってくれるだけで嬉しいわ。わたくしもアッシュのことをもっと知りたいから、これから色々と教えてね。わたくしも教えるから」

「あぁ。エルのことならどんなことでも知っておきたいから、色々と教えてほしい。もちろん、俺のこともエルに知ってもらいたいから、なんでも訊いてくれ」



 アシュレーの言葉に、エルフィーネはありがとう、とはじけるような笑みを浮かべた。



×××××



 ヴァンブレイス公爵邸では、珍しくアレンシードが夕食前に帰宅したため、久方ぶりに家族三人揃って食卓を囲んでいた。アシュレーは今日の出来事を母から父に伝えてもらうつもりだったが、公爵家に関わることなので自分から直接父に話した方がいいと判断し、この場で両親に伝えることにした。



「父上、母上、お伝えしたいことがあります」



 アシュレーの言葉に、父はなんだ? と首を傾げ、母は今日がエルフィーネとのお茶会だったことを知っているため、もしや、と瞳を輝かせた。



「今日、エル……エルフィーネ・アートレイデ嬢に求婚をしました。彼女も喜んで求婚を受けてくれましたので、正式に我が家からオルフェウス侯爵家に婚約の申し込みをして頂きたいのです」

「おめでとう、アシュレー。よくやったわ」



 マリアベルはエルフィーネが娘になる喜びから、うっかり本音が零れ出てしまったものの、息子の初恋が叶ったことを心から祝福している。アレンシードは、ふたりが毎週会っていることは妻から聞いていたものの、息子の想いまでは知らされていなかったため、驚きに焦げ茶色の瞳を限界まで見開いている。



「早速セラティードさまとローザ宛に手紙を書かなくちゃ。来週には手続きをしたいわね。婚姻誓約書も用意しないと……」



 マリアベルは今後の段取りを声に出して確認している。母に任せておけば大丈夫だとアシュレーは判断し、来週の地の日には婚約者となる予定のエルフィーネになにか贈りものをしたいなと考えていると、マリアベルがそうだわ!! とはしゃぐように声を上げた。



「婚約の証をエルちゃんに贈らなきゃ。宝石よりも、あなたが創った魔力晶(マギ・クリスタル)を使う方がいいわね」

「魔力晶?」

「自分の魔力を結晶化させた宝石よ。瞳の色が出るから婚約者への贈りものにぴったりなの。わたくしも何度もアレンさまに贈ったわ。創り方を教えてあげるから、明日一緒に創りましょうね」



 以前自分の瞳に似た色のリボンを贈ろうとした時は婚約者ではないから、と止められたが、正式に彼女の婚約者となれば自分の色の装飾品を贈ることが許されるのだと理解した彼は、珍しく興奮した様子ではい!! と答えたのだった。


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