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60「バケモノ 2」

「父上の所へ行く。君も一緒だ」

「かしこまりました……」



 今日は安息日だが、珍しく在宅である父の執務室に行くと、エリファスがメイドを伴って現れたことに首を捻りながらもセラティードは仕事の手を止め二人を招き入れた。



「どうしたんだ、一体」

「エルが魔法を使ったのです」

「エルフィーネが!?」

「はい。実は、以前僕が少しだけ魔法の使い方を教えていたのです。それで、先ほど魔法を使ったらしく、その姿を見て恐慌をきたしたこのメイドがエルのことを……」



 エリファスがちらりと視線を向けると、彼女の肩がびくりと震えた。



「バケモノ、と」

「なんだって?」

「幸い、エルには言葉の意味がわからなかったようで、ショックを受けた様子はありませんでした。まだ三歳のエルが魔法を使ったことで気が動転してしまったのでしょう……それでも、幼い子に向ける言葉ではありませんが」



 息子の言葉に、父はふむ、と頷いた。いくら兄に教わったからといえど、三歳の子供が魔法を使うなど前代未聞である。SS魔力階級(クラス)で、三歳から魔法を行使できる天才。そんな人材を月の庭(ガーデン)が欲しがらない訳がない。



「……エルフィーネをヴィストーレに行かせる」

「!! そんな……エルはまだ三歳ですよ!?」

「あぁ。その三歳の子供が習士(ならいし)のお前に多少手ほどきを受けたからといって、魔法を発動させたということが問題だ。そんな天才児をガーデンが望まぬわけがないだろう。唯でさえSSクラスということで目をつけられ易いというのに。魔導院に届けを出している以上、エルフィーネのクラスは既に把握されていると考えていい。だからこそ、王都に置いておくわけにはいかないのだ。病気療養ということにしておけば、もしガーデンから召喚命令が来たとしてもそれを理由に断れるからな」



 父の言葉は正しかった。後期の休暇がもう少しで終わるエリファスとマティアスは妹の傍についていてやれないし、他の家族にもそれぞれの役割がある。エリファスはこぶしを握りしめ、小さくわかりました、とだけ言うと執務室を後にした。

 メイドの処罰は一月分の給与の減額となったが、彼女はすぐに職を辞した。口止め料込みの退職金と紹介状を渡したが、その後彼女が貴族家で働くことはなく、市井で暮らした。

 エリファスは執務室を出た足で、そのまま妹の部屋に向かった。エルフィーネは長椅子に座ってぼんやりと虚空を見つめている。エリファスはその隣に腰を下ろした。



「エル」

「エリィにいさま、びすとーれってとおいの?」

「!? なぜヴィストーレを知っているんだい?」

「かぜさんが、エルがびすとーれにいくっていってたから」



 その言葉を聞いて、エルフィーネは本当に精霊の姿を見ることができるのだと、エリファスは信じざるを得なかった。彼はもちろん妹の言葉を信じていたが、どこかでエルフィーネの空想であればとも願っていた。精霊の姿が見えるなど、ガーデンに、否、自分以外の人間に知られればエルフィーネがどんな目に遭うか、想像に難くないからだ。



「そうか。エル。ヴィストーレはね、ここからとっても遠いんだ。馬車で一週間ぐらいかかるんだ」



 エルフィーネは小さいので、もっとゆっくり行く可能性もあるが、それでも長くて十日ほどだろう。一週間がどれほどかわからないエルフィーネは、そうなんだ、と頷いた。遠い所だということはなんとなくわかったらしい。



「エル。ヴィストーレに行ったら、エリィ兄さまたちとはあまり会えなくなるんだ」

「どうして?」

「エリィ兄さまもマティアス兄さんも、もうすぐ学校に戻らなきゃいけないし、姉さんと母上は王都(ここ)を離れられないんだ……父上も」

「じゃぁエルもいかない。ここにいる」



 自分の腰に抱きつく妹の頭を撫で、エリファスは嘆息した。こんなにかわいい妹を、遠く離れた地に独りで追いやるなんて、と。



「エル、エリィ兄さまも精霊さんたちと仲良くなりたいんだけど、どうすれば仲良くなれるかな?」

『エリファスは僕たちと同じだから、仲良くするー』



 風の精霊がそう言うと、エリファスの周囲にやわらかな風が吹いた。



「かぜさん、エリィにいさまはおなじだからなかよくする、っていってるよ」

「この風は風の精霊の仕業か……同じ? 僕が風属性だから、ってことかな?」

『そうだよー』

『僕たちはいつもエリファスの傍に居るから、いつでもお話できるよー』



 エルフィーネが風の精霊の言葉を伝えると、エルファスはありがとう、と破顔した。直接言葉を交わすことはできずとも、精霊とコミュニケーションをとることができるだけで嬉しかった。



「これからよろしく、風の精霊たち」

『よろしくー』



 エリファスの頬を、やわらかな風がくすぐった。



「エル、さっき精霊さんのことは誰にも言わないって約束しただろう?」

「うん」

「もうひとつ約束だ。エルが一人じゃない時には、精霊さんとお話ししたり、魔法を使ったりしてはいけないよ」

「エルがひとりじゃないとき、せいれいさんとおはなししたり、まほーをつかっちゃダメ。なんで?」

「エル以外の人には精霊さんの姿は見えないから、もしそこに誰かが居たら、その人は自分がエルに話しかけられたって思ってしまうかもしれないからだよ。魔法も、エルが急に魔法を使ったらびっくりしてしまうかもしれない。エルは人を驚かせたりしたくないだろう?」

「うん。びっくりさせたくないから、やくそくする」



 真剣な表情で頷いた妹の頭をいい子だね、と撫でるとエルフィーネは嬉しそうに笑んだ。妹の素直さを逆手に取った作戦だったため、エリファスの胸は少々痛んだが、まだ三歳のエルフィーネに本当の理由を話したところで理解はできないだろうし、自分が異能を持つために遠く離れた地へ追いやられるのだ、などと伝えることは兄にはできるはずもなかった。彼にできることは、妹の能力を隠すように約束させることでエルフィーネの身を護ることだけだ。



「エリィ兄さまは学校に戻らなくちゃいけないけど、手紙を書くし、風の精霊に伝言を頼んでエルが寂しくならないようにするよ。それに、長期休暇の時は必ず会いに行くから」



 父がエルフィーネをどれほどヴィストーレに滞在させるつもりかはわからないが、最低でも一年は向こうに居ることになるだろうと考えたエリファスは、妹を安心させるようにほほえんだ。

 けれど、エリファスの予想は大きく外れ、エルフィーネは四年もヴィストーレに滞在することになったのだった。その間にエルフィーネはシルフィードとアズラエルを守護獣(ガーディアン)に迎え、精霊や己の異能についての知識を蓄えることができたので、彼女にとってこの四年間は決して無駄なものとならなかったことだけが救いであった。


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