59「バケモノ 1」
「わたくしは、異能者なの」
自分を貶める言葉から始まったエルフィーネの話は、アシュレーの想像をはるかに超える内容だった。
×××××
エルフィーネがまだ王都に居た三歳の頃。その日、彼女はメイドを伴って庭を歩いていた。夏の花が咲き乱れる庭にはたくさんの精霊が居た。
精霊たちは、エルフィーネに気付くとすぐに彼女の周囲に集まりだした。
『エル、お花が咲いたよ』
『あっちのお花も、今朝咲いたばかりだよ』
「おはなをみにいくね」
精霊たちに言葉を返し、とてとてと花の方へ歩きだす。サルビア、ダリア、グラジオラス、タチアオイ……美しい花々を楽しそうに眺めているエルフィーネに、花の精霊が声をかける。
『元気のないお花があるの。お水をあげてくれない?』
花の精霊が示したアイリスは、少しだけしおれている。
「かわいそうね」
エルフィーネがアイリスに向かって手をかざすと、アイリスの上に水滴が降り注いだ。
「これでげんきになるかなぁ?」
エルフィーネが背後に立つメイドを振り返ると、
「どうして……」
怯えたような声が聞こえた。メイドの顔はひどく蒼褪めている。
メイドの言葉が聞き取れなかったエルフィーネは小首を傾げた。彼女はなぁに? と訊き返したが、メイドは彼女から距離をとるようにじりじりと後じさる。
「どうして、まだ魔法を習っていない子供が魔法を、しかも無詠唱で……? そんな話聞いたこともないわ!! バケモノ!!」
エルフィーネは“バケモノ”の意味は分からなかったが、メイドが自分に対して怯えていることだけは感じとれた。彼女が呆然としていると、
「エル!!」
エリファスが慌てた様子で走ってきた。妹を背に庇い、今度は違う意味で蒼褪めているメイドを鋭い眼差しで睨めつけると、ここで待機していろと命じて妹を抱き上げた。
「エル、エリィ兄さまとお話ししようか」
「おはなし? する!!」
「よし。じゃぁ、少し歩くよ。つかまって」
エルフィーネを抱いたまま、少し離れた所に設置してあるベンチに腰を下ろした。
「エルは魔法を使ったの?」
メイドの声はエリファスの耳に届いていたようだ。
「まほー?」
「うん。そうだな、エリィ兄さまはエルとは違うけど、こんな風に」
と、エリファスはエルフィーネの顔にそよ風を吹かせた。
「かぜさんなの?」
『違うよ。今のはエリファスの魔法』
「エリィにいさまのまほー?」
不思議そうに小首を傾げるエルフィーネの頭を、エリファスがゆっくりと撫でた。
「そう。今のがエリィ兄さまの魔法。エリィ兄さまは魔法の使い方を学んだから、無詠唱で魔法を使える。でも、エルはまだ誰にも魔法の使い方を教えてもらっていないよね?」
魔力があっても、使い方を知らなければ魔法は発動しない。魔法は、自分の使いたい魔法のイメージがしっかりできて、更に魔力を自分の魔経路に適切に流して魔導回路に接続することで発動する。まだ具体的な魔法のイメージをつかみにくい子供の内は、イメージをつかみやすい自分の言葉で発動させるように教えられる。
なので、先ほどのエルフィーネのように、魔法の知識もない三歳の子供が魔法を、しかも無詠唱で発動させるなど、本来ならばあり得ないことなのだ。
「エルのまほー。かぜさん、できる?」
『できるよー!!』
ふたりの周囲を突風が吹き荒れる。
「うわっ!!」
「わぁ!!」
エリファスは膝の上の妹を護るように抱きしめた。エルフィーネの髪が鳥の巣のようになっているのを見た風の精霊たちは、慌てて操っていた風を止めた。
『エル、ごめんねー』
「いいよ」
宙を見つめて誰かと話をしている妹を見た兄は首を捻った。
「エル、誰と話しているの? それに、今の風は……」
「? かぜさんだよ。ほら、そこにいるよ。おはなさんも」
エルフィーネは何を言っているの? と言わんばかりの表情だ。幼い彼女は自分以外の人間には精霊が見えていないことを理解していなかった。
「風さん、お花さん、って誰だい? エリィ兄さまには、そこには誰も居ないように見えるんだ」
「そうなの?」
『そうだよー』
『普通のヒトには僕たちは見えないんだー』
「そうなの」
少しだけがっかりした様子でエルフィーネは頷いた。エリファスは結局“風さん”“お花さん”とは何者なのだろうと思い、そこに居るらしい“風さん”に直接尋ねてみることにした。
「風さん。あなたは一体何者なんだ?」
『僕たちは、風の低位精霊だよー』
「えっと、ぼくたちはかぜのていいせいれいだよ、っていってる」
「風の低位精霊だって!? ということは”お花さん”も……?」
『そうだよー』
「そうだよ、だって」
妹の言葉に、エリファスはすっかり口を閉ざしてしまった。おとぎ話でしか聞いたことのない精霊が実在すること、そして、自分の妹がその存在を認識していることにすっかり気が動転してしまったためだ。
(“低位”精霊だって? そんな言葉、三歳のエルが知るはずもない。それに、さっきの風。あれはエルが風の精霊に頼んで起こしたようだった。エルに精霊の姿が見えているということは確かだ。ならば、魔法も水の精霊に教わったと見ていいだろう)
「エル。水の精霊も居るのかな?」
「みーちゃん?」
エルフィーネが首を傾げると、風の精霊がそうだよ、と答えた。
「みーちゃん? に魔法を教えてもらったの?」
「んーとね。みーちゃんとはよくあそぶの」
「どんなことをして遊ぶんだい?」
「みーちゃんたちが、エルもおみずだせるっていったから、いっしょにおみずであそぶの」
「そうか。エル、精霊さんたちとお話ができることは、エリィ兄さま以外の誰にも言っちゃダメだよ? エリィ兄さまとの約束だ」
「やくそく? わかった」
いい子だ、と妹の頭を撫で、メイドの方に視線を向ける。彼女の顔は蒼を通り越して、紙のように白くなっている。思わず零れた言葉なのだろうが、エリファスに聞かれてしまったことで処罰を受けてしまうことを怖れているのだろう。
(エルを傷つけたことは許せないが、三歳のエルが魔法を、しかも無詠唱で発動させたとなれば、気が動転しても仕方のないことだろう。しかし、口止めだけはしておかないとな。そうなると、父上に報告しないわけにはいかないか。僕がエルに魔法を教えたことにすれば……)
「エリィ兄さまは父上の所に行くから、エルはお部屋に戻ろうか」
「うん」
エリファスは妹を抱いたまま立ち上がり、メイドについて来るように声をかける。エルフィーネは兄にだっこされてご機嫌のまま自室へ戻った。




