58「蒼穹は心を決める」
翌日。テアに出すための便せん(白地にピンクのスイートピーが描かれている)とアシュレー用の便せんを購入したエルフィーネは、帰宅後すぐにテアへの返事をしたためた。喜んでお伺い致します、と。
午後を過ぎ、午前中にアシュレーに出した手紙の返事を受け取ったエルフィーネは、返事の速さに驚きながらもいそいそと封を切った。封筒に記されている宛名の文字はいつもていねいにつづられていたが、今日は慌てて書かれたかのように少しだけ乱れている。
上質な白い便せんをぱらりと開き、こちらもやはりいつもより乱れている文字をゆっくりと読み進めていく。
(アッシュも残念に思ってくれているのね)
手紙の内容は、非常に残念だが王妃からの誘いならば仕方がない。会えなくなる分、少しでも長くエルフィーネと過ごしたいので、来週はいつもより早い時間に訪ねてもいいだろうか、というものだった。
アシュレーとの時間が大切なのはエルフィーネも同じなので、渡りに船の申し出であった。すぐに返事をしたため、マーガレットにゼルウィガー邸に届けてもらうよう手配させた。おそらく夕方には彼の許に届くだろう。
(来週、アッシュにわたくしのことを伝えるわ。アッシュなら受け容れてくれるもの……きっと。だから、大丈夫)
「大丈夫よ、きっと……」
自分に言い聞かせるように、エルフィーネは呟いた。
×××××
精神的に慌ただしい一日を過ごしたアシュレーは、今日エルフィーネから届いた二通の手紙を読み返していた、
(エルも、俺と過ごす時間を大切だと思ってくれている……)
文面からは、お茶会が一日減ったことを残念がっていること、そして、ふたりのお茶会をとても大切に思っていることがよく伝わってくる。自分と同じ、とまではいかないが、少なくともそれに近い好意を抱かれていることが読み取れて、アシュレーは少しだけ口角を上げた。
自分の思いが少しずつ受け入れられていることを実感したアシュレーは、けれど、慌てて彼女に婚約を申しこむことはしないつもりだ。急いてはことを仕損じるとも言うし、何より、エルフィーネの心を追いつめるようなことをしたくなかった。
「エル。早く君に会いたい」
手紙に記された彼女の名をそっと撫でながら、アシュレーはうっとりとほほえんだ。
×××××
今日はアートレイデ邸での定例のふたりのお茶会の日だ。いつもの応接室へやって来たふたりは、エルフィーネが王城に呼ばれたことについて話していた。
「王妃殿下が、わたくしとお話がしてみたいとおっしゃったそうなの。園遊会の時はアッシュが傍に居たから緊張しなかったけど、アッシュは居ないし、オリヴィエ姉さまがいらっしゃるとはいえ、王妃殿下とのお茶会なんて、すごく不安だわ」
「エルは所作もきれいだし、なによりかわいいからきっと大丈夫だ。心配いらない」
「か、かわいいって……もう、真面目に考えてちょうだい」
「真面目に言っているつもりなんだけどな。君の笑顔は周りの人を幸せにはしても、イヤな気持ちにさせることは絶対にない。だから、大丈夫。いつも通り、笑っていればいいよ」
やわらかくほほえむアシュレーの顔から、彼は本気でそう思っているということが窺える。エルフィーネは自分の笑顔が周囲の人間を幸せにするなどと大それたことを考えたこともないが、アシュレーがそう思っているのなら、自分も少しだけそう信じてもいいのではないかと思えた。
「ありがとう、アッシュ。わたくし、アッシュの言葉を信じてお茶会を頑張るわ」
「俺を信じてくれて、嬉しいよ」
アシュレーの笑みを見たエルフィーネは心を決めた。アシュレーに自分の秘密を話そう、と。
目の前の愛しい人のまとう雰囲気が緊張をはらむものに変わったことに気付いたアシュレーは首を傾げた。
「エル?」
「アッシュに話さなければいけないことがあるの」
エルフィーネは小さく、風さん、ナイショ話をしたいの、と呟いた。彼女の願いに応え、風の低位精霊がふたりの周囲に不可視の結界を張った。防音結界である。
「このことを聞いたら、アッシュはわたくしを嫌いになるかもしれないわ。でも、アッシュに隠しごとをしたままアッシュの求婚を受けるのはイヤだから……」
「大丈夫。俺はどんなエルでも受け容れる。だから、心配しないで」
「アッシュ……ありがとう」
エルフィーネは小さな手をきゅっと握りしめ、ゆっくりと口を開いた。
「わたくしは……」




