57「はつ恋」
湯浴みを終え、マーガレットを下がらせたエルフィーネは、机に向かって手紙をしたためていた。相手はもちろんアシュレーである。内容は、二週間後の地の日は城に行かなければならなくなったため会えなくなるという謝罪だった。これが、先ほどエルフィーネの表情を曇らせた理由である。恋心を自覚した矢先に、慕う相手との逢瀬を減らされるのだ。落ちこんでしまうのも無理はない。
(本当は、お城になんて行きたくない)
けれど、そんなわがままが通らないということは、七歳のエルフィーネも理解はしていた。子供だが貴族の家に生まれた以上、社交を疎かにすることは許されない。まして、今回は王妃からの“お願い”であるため、尚更である。
しかし、エルフィーネはまだ七歳で、貴族令嬢として学びはじめてまだたった三ヶ月ほどしか経っていない。頭では理解していても、心が拒んでしまうのは当然のことと言える。
羽根ペンを置いて、ふぅ、と嘆息するエルフィーネの耳に、ばさりと大きな羽音が届く。アズラエルが机の上に飛びのってきたのだ。
『エル、悲しいの?』
「えぇ、そうね。アッシュに会える日が一日減っちゃったから、寂しいの」
『エルはアシュレーのことが好きなの?』
「……好きよ。あんなに優しい人を、好きにならないわけがないわ」
アシュレーの優しさ、瞳のことで傷ついたことも多いはずなのに、折れることのない強い心に惹かれたのはもちろん、なによりも、使い魔を持つエルフィーネを怖れることなく受け入れてくれたことが、エルフィーネの全てを受け入れてくれたように感じられたからだ。
『エリファスが聞けば泣くぞ』
ため息とともに吐き出された言葉に、エルフィーネは小首を傾げた。
「どうして?」
『アレは少々度が過ぎておる。さすがにあの愛し子を害するような愚行は冒すまいが、面倒なことにはなるであろうな』
「シルフィードの言うことはよくわからないわ。でも、エリィ兄さまにわたくしの気持ちをわかって頂けないのはイヤ」
エリファスの妹溺愛が度を越したものであることがわかっていないエルフィーネは、しょんぼりと肩を落とした。大好きな兄に、アシュレーを好きになったことを喜んではもらえずとも、理解はしてもらいたかった。
「わたくしのことを知れば、アッシュもわたくしのことを怖れるかもしれないわ。それでも、アッシュに隠しごとはしたくないの。それに、アッシュなら……って、信じたいの」
精霊の姿が見えること、シルフィードたちは本当は彼女の守護獣であること、そして、あの日のこと。エリファス以外の人間は知らないことを、まだ会って二ヶ月ほどのアシュレーに伝えても、彼ならきっと怖れることなくエルフィーネを受け入れてくれる、受け入れてほしいと、エルフィーネは願う。
『まぁ、あの者なら大丈夫だと思うがな。我の目から見てもあやつはエルに心底惚れておるとわかる故、エルが不安に思う必要はない』
シルフィードの言葉にエルフィーネは白い頬を桃色に染め、もじもじと己の手をもてあそびはじめた。アシュレーは言葉や態度で好意を示してくれるので、エルフィーネも彼の気持ちは充分すぎるほどに知っているが、改めてそのことを、しかも第三者から告げられるのはさすがに照れるようだ。
『エルをアシュレーに盗られちゃう』
「盗られるだなんて……わたくしは、ずっとアズラエルのお友達よ?」
『本当?』
「もちろんよ。だってわたくしは、アズラエルもアッシュもどちらも大好きだもの。だから心配しないで?」
安心させるように射干玉の翼を撫でてやると、アズラエルは気持ちよさそうにうっとりとふじ色の瞳を閉じた。そのまま撫で続けていると彼の心もすっかり落ち着いたらしく、エルフィーネの頬に小さな頭をすりつけてから己の寝床へとはばたいていった。
『まったく……アレは守護獣としての本分を忘れておるな』
「まだ二歳だもの、仕方がないわ。それに、ふたりは守護獣である前にわたくしの大切なお友達よ。だから、いいの」
エルフィーネの傍らに座る天虎の豊かな被毛を撫でると、ぐるる、と気持ちよさそうに喉が鳴る。それに気をよくした幼い主は、口許をゆるませて柔らかな純白の被毛を撫で続けるのだった。




