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52「少年たちの夜想曲(ノクターン)」

 六月第三週の光の日の夜。国王とその家族の住まう明月宮(めいげつきゅう)にて、第二王子ヴィンスフェルトは王妃である母アルテイシアの私室に呼び出された。



「今日のことで話があるの」

「僕も母上に話したいことがあったのです」



 ヴィンスフェルトの言葉に、アルテイシアの整った眉がぴくりと動いた。息子の話したいことというのが、自分にとってはあまり良くないものだと何となく感じたからだ。



「僕は……」

「エルフィーネ嬢は、アシュレーどのとの婚約が決まっています」



 母としてではなく王妃としての口調で告げると、ヴィンスフェルトは何かを言いかけていた口を閉じることなく固まってしまった。



「……え?」

「昨日話したでしょう? エルフィーネ嬢とアンジーは婚約者候補ではなく、親族として友好を深めるために招待したのだと……ヴィンスがエルフィーネ嬢に惹かれていることはわかっているわ。でも、エルフィーネ嬢はダメなの」



 息子の想いがまだ淡い恋であるうちに諦めさせるべきだと、知らぬ()に王妃としてではなく母としての想いから、アルテイシアは息子に語りかける。



「アシュレー……あの、呪われた瞳の……」

「ヴィンスフェルト!!」



 王妃としていつも己を律し、感情的になることのないアルテイシアが声を荒らげて息子の名を呼ぶ。



「王の籠手となるヴァンブレイス公爵家の次期当主になんて暴言を……いえ、それ以前の問題よ。王族が、稀なる力を持つ者を、そのように呼ばうなど……あなたは王子なのよ? 将来はセレスチャル大公としてヴァンブレイス公爵と共に王の盾と籠手として協力し合わねばならないというのに、そのあなたがアシュレーどののことをそのように嘲っていては、兄の盾になど到底なれないわよ」

「……はい」



 返事はしたものの、その顔にはありありと不満が浮かんでいる。王族として厳しい教育を受けてはいるものの、まだ七つの子供である。淡い恋心を(いだ)いた相手を、大人の都合であっさり諦めることなどできないのだろう。



(まだ小さな子供だものね。一度ぐらいならエルフィーネ嬢とゆっくり話す機会を与えてもいいかしら?)



「いい子ね、ヴィンス。あなたに我慢させていること、申し訳ないと思うわ。でも、王族である以上、自分の気持ちだけを優先させることはできないの。陛下やジェラールのために、余計な争いを生むことは避けなければならないの……わかってちょうだい」



 酷なことを言っている自覚はあった。けれど、アルテイシアは母である前に王妃なのだ。夫であり王であるクルガンの一助となることが役目であり使命である。王妃として、王の治世の妨げとなるような真似はできない。



「父上と兄上のためなら……」

「ありがとう、ヴィンス」



 納得はしていないだろうに、父と兄に迷惑をかけたくないと健気に首肯する末っ子を見て、



(今度、オリヴィエとのお茶会にエルフィーネ嬢を連れて来てもらうように頼みましょう。一度ぐらいなら許されるはず)



 と、頭の中で息子とエルフィーネを会わせる算段をつけるのだった。



×××××



「ガーデンに、ね。第二王子殿下の方は、王妃殿下に先に伝えていたし、そもそもエルちゃんを娶ることはないからいいのだけど……厄介ねぇ」



 アシュレーから園遊会(ガーデンパーティー)の報告を聞き、マリアベルはふぅ、と息を吐いた。そして、エリファスがエルフィーネに話したことと似たような話を息子にする。



「だから、手段()がないわけではないのよ。でも、王命を盾にされると断り辛いというのが実際のところね。最上なのは、王にも口を出せない相手との婚約……つまり、ヴァンブレイス公爵家(我が家)と縁を結ぶことね」



 マリアベルの言葉に、アシュレーは黙って俯いた。母の言った通り、ヴァンブレイス公爵家ならば王の手を逃れることはできる。しかし、エルフィーネの意思を無視して婚約を結ぶようなことはしたくなかった。母は、そんな息子の気持ちをわかっているのか、拗ねたような表情のアシュレーにやわらかく笑いかける。



「わかっているわ。無理に婚約を取りつけるようなことはしない。でも、あまりのんびりもしていられないから、がんばってエルちゃんの心を射止めてね?」



 母の笑顔に妙な圧を感じながらも、アシュレーは頷いた。



「ほぼ射止めてはいます……が、エルを追いつめるような真似はしたくありません。なので、あと一年ほど待って頂けませんか?」



 エルフィーネの気持ちが己に向かっていることには気付いている。けれど、彼女の抱える“何か”が彼女を臆病にさせていることにも、アシュレーは気付いていた。だから、彼女の心を追いつめるようなことはしたくなかった。事態が逼迫していないのならば、尚更だ。

 強い意志のこもった眼差しで己の眼を見すえる息子に、母は小さく息を吐いた。



「一年よ。それよりも早くなることも充分覚悟しておくこと。わかった?」

「はい。ありがとうございます」



 頭を下げる息子に、マリアベルはしょうがないじゃない、とくちびるを尖らせる。



「愛する息子には好きな人と結ばれてもらいたいし、かわいい娘も欲しいもの。ワガママを言って息子と娘に嫌われたくはないから、許すしかないじゃない」



 拗ねたように(こぼ)す母にアシュレーは小さく笑い、母のためにも早めに決着をつけることを決めるのだった


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