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51「蒼穹は月を拒む」

「わたくし戦闘訓練なんて受けても、きっとうまくできないと思うわ……」



 “戦闘”訓練である。実技のように、ただ魔法を静止している的に当てればいいというものではない。しかし、魔導士を目指すのは男子だけではないので、体力に劣る女子でも習得できるよう、二年生から四年生までの三年間で戦闘の基礎が身に着くカリキュラムが組まれている。



「戦闘訓練とは言っても、魔法を使った戦いを想定してのものだから、士官学校のような身体を使う訓練はしないんだ。魔導士に限らず魔法使いは基本的に離れた場所からしか攻撃魔法を撃たないからね。だから、戦闘訓練では、いかに相手から離れて正確に魔法を放てるか、後は複数人で組んで対魔獣(ビースト)用の戦いを想定して、様々な魔法や陣形を試し、実戦ですぐに動けるか、連携……組んだ人たちとうまく協力できるか、といったことを主に学ぶんだ。エルは多分攻撃魔法は苦手だろうけど、ある程度使えて、ある程度的に当てられるだけの正確性があれば、()()()()()()だよ」



 魔導士試験を受けるためには、戦闘訓練の授業で四段階評価の内の、優・良・可のいずれかの評価を前期と後期の年二回、二年生から四年生までの三年間に全部で六回取り続けなければならないのだ。もしも不可がついてしまっても、補講を受ければ可を取ることも可能だが、魔導士としての評価は下がってしまう。

 しかし、不可をつけられることは稀だ。A魔力階級(クラス)以上の者は魔力の多さから、得手・不得手により威力に差は出るものの、大抵の魔法を発動することができるからだ。Bクラスの者でも、魔力操作の得意な者が戦闘訓練を採るため、やはり大抵の魔法が使える。なので、どれだけ攻撃魔法が苦手な者でも、一年生の時に実技の授業を真面目に受けてさえいれば可の評価が取れるのだ。



「そうなのね……」

「そうなんだ。だから、入学前になんとかしなくちゃいけないんだよ。属性によって攻撃魔法や補助魔法の数の差はあっても、習う魔法は殆ど使えてしまうから……そうか。全ての魔法を使う必要はない。エルの回復魔法を極限まで鍛えて癒士(いし)になれば……」

「いし?」

「回復魔法に(ひい)でた……得意な魔法使いだよ。魔導士と同じ一代爵位で、けれど地位としては魔導士よりも上になる。癒士の為り手が魔導士よりも圧倒的に少ないため、彼らはかなり優遇……大切にされるんだ。どうしてだかわかる?」

「回復魔法が使えるのは、光と水の属性だけだから?」

「そう。現在光属性の者は居ないから、癒士は水属性の者しか居ない。でも、癒士は回復魔法が使えるだけでは務まらない。ちょっとした傷を治せる程度なら、治療士ぐらいにはなれるけど、重傷者を治すほどの力がないと、癒士にはなれないんだ。

そして、それほどの回復魔法の使い手は大怪我がつきものの職業、特に軍の魔獣討伐部隊や冒険者ギルドが喉から手が出るほど欲しがるんだよ。軍部もギルドも国にとってなくてはならない存在で、王といえど彼らを敵に回すようなことは避けたいはず……

つまり、エルが癒士になれるほどの力を持っていることを入学後最初の実技の授業で周囲に示せば、月の庭(ガーデン)も手を出せなくなる……はずなんだ」

「癒士になれるほどの回復魔法を、わたくしは使えるのかしら?」



 小首をかしげるエルフィーネの言葉に、少し離れた所でアズラエルの相手をしていたシルフィードが反応した。



『癒士とやらにどれほどの力を求めているのかは知らぬが、死にかけていた我の傷を跡形もなく治したほどのそなたの魔法であれば充分であろう』

「シルフィードの怪我を治したのは知っていたけど、君が死にかけていたっていうのは初耳だよ!?」

『そうであったか? まぁ、今生きておるのだからよかろう。それよりもエルのことだ。エルの魔法は光魔法にも劣らぬが、それを証明できねば意味がない』

「これだから年寄りは……」



 エリファスが年寄りと口にした瞬間、彼の周囲の空気がずん、と重くなり、シルフィードの魔法だと気付いたエリファスはすぐさま謝罪する。



「ご、ごめん。たしかにシルフィードの言う通り、授業の時に都合よく怪我人が居るわけないよね……」

『学校に入る前ではダメなのか? 闇の王の愛し子は軍人の息子なのであろう? なれば、周囲に怪我人など掃いて捨てるほどおろう』



 シルフィードの身も蓋もない言い方に、エリファスは疲れたように息を吐いた。



「怪我人を掃いて捨てちゃダメだよ。でも、怪我人を治すというのはいい考えだ。ヴァンブレイス公爵令息に頼むというのも。王城に行けばガーデンの奴らが居るし、かと言って冒険者相手に無償奉仕するわけにもいかないし。でも、ヴァンブレイス公爵家の力を借りるとなれば、家同士の問題になってしまう……」

「明日もアッシュに会うから、ガーデンに入らないために癒士を目指すってお話するわ。きっとアッシュもどうすればいいか、一緒に考えてくれると思うから」



 アシュレーへの信頼が透けて見える言葉にエリファスは複雑な心境ではあったが、次男である自分よりもヴァンブレイス公爵家の嫡男であるアシュレーの方が妹を護るための力があることは理解していたため、頷くだけに留めた。



「僕ももう少し考えてみるよ。今日は疲れただろうし、ゆっくりおやすみ」



 エルフィーネを抱きしめてつむじにくちびるを落とすと、エルフィーネは嬉しそうにほほえんだ。



「ありがとう、エリィ兄さま。おやすみなさい」



 部屋を出るエリファスの背を見送ると、エルフィーネは兄に言われた通り(やす)むためにベッドへ向かった。様々なことがあり、身体以上に精神(こころ)が疲れていたからだ。



「早くアッシュに会いたい……アッシュに会えば、きっとこの不安もどこかへ行ってしまうわ」



 夢見るように呟いて、エルフィーネはまぶたを閉じた。夢の中でアシュレーに会えたらいいのに、と願いながら。


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