50「闇に蠢く月」
薔薇を愛でる会はつつがなく終了した。エルフィーネたちは結局最後までふたりきりで過ごしていたが、会の終わりには双子の許へ行って、また会うことを約束した。
エルフィーネには同性の友人ができ、アシュレーもエルフィーネに自分以外の男は極力近付けないという目的を達成した上に、オリバーという友人まで得ることができたので、概ね良い結果に終わったと言える。
そして、その日の夜。妹を心配して定時で仕事を終わらせた次兄は、妹の部屋を訪れていた。夕食の時に少し話は聞いたが、もっと詳しい話を聞くためだ。
「園遊会は楽しめたみたいだね」
「えぇ!! 薔薇もきれいだったし女の子のお友達もできたし、行ってよかったわ」
はじけるような笑みを浮かべる妹の小さな頭を撫でると、エルフィーネは気持ちよさそうに目を細めた。
「それはよかった。エルが楽しめているか、心配だったんだ」
「わたくしが園遊会を楽しめたのは、アッシュのおかげよ。お席が一緒だったから、テアさまやオリバーさまとお話する時も、とても心強かったの。それに……」
エルフィーネは言葉を切って、俯いてしまった。月の庭の魔導士のことを思い出してしまったからだ。急に落ち込んだ妹に、兄が優しく問いかける。
「楽しいことだけではなかった?」
「……エリィ兄さまは、ガーデンのことは御存知よね?」
「魔法オタクに会ったのか?」
ガーデンという単語を聞いた途端、いつも朗らかな笑みを浮かべているエリファスの表情が一瞬で険しいものになり、声音もいつもより少しだけ低くなった。既に妹がガーデンに目を付けられていたことに気付き、内心で舌を鳴らす。
(うかつだった。今まで公の場に出たことはなかったから大丈夫だと油断していた。既にエルの情報を掴んでいたとは……)
「会ったと言うか、遠くに居る姿を見たの。わたくしたちのことを見ていたようで、アッシュがガーデンの方だと気付いて、すぐにその場を離れたわ。でも、怖かった。アッシュが、ガーデンに入ったら十年はお城から出られないし、王さまのお許しがないと家族にも会えないって言っていたの。わたくし、エリィ兄さまやアズラエルやシルフィード、それにアッシュに会えなくなるなんてイヤ……アッシュはわたくしを護ってくれると言ってくれたけど、そのせいでアッシュが王さまに怒られるかもしれないことに後で気づいたの。ガーデンに入るのはイヤだけど、アッシュに迷惑をかけるのもイヤ……兄さま、わたくしはどうすればいいのかしら?」
「ガーデンは十六歳未満の子供は入れないようになっている。王城に十年も拘束……閉じ込められるんだから、成人前の子供を親から離してまで入れるわけにはいかないだろう? だから、エルが成人する前、いや、学校に入るまでに、手を打たないといけない」
(一番いいのは、ヴァンブレイス公爵子息と婚約を結ぶことだが、エルに婚約者なんてまだ早い!! しかし……)
かわいい妹を護るためには、自分以外の男に託さなければならないというアンビバレントに悶えていた。
「そうなのね。でも、どうして学校に入るまでなの?」
兄の言葉に、エルフィーネは少しほっとした表情になり、次いで小首を傾げた。
「学校に入ると、早い内から銀百合や国軍の人間にスカウトされることがあるんだ。正式な手続きをすれば学校に来て直接本人と交渉することができるんだよ。だから、一年の実技の授業では魔導士の姿をよく見かけたよ。魔導士になるには二年からの選択科目で戦闘訓練を採らないといけないから、二年になる前に目を付けた習士に話をつけて、魔導士試験の受験資格に必須の科目を採ってもらうようにするんだ。A魔力階級以上は必ず、Bクラスでも魔力操作が巧いものは声をかけられる。魔導士になれる人間は少ないから、優秀な人材を確保しようと銀百合も軍部も必死だよ……もちろん、ガーデンもね」
魔導士は騎士と同じ、一代限りの爵位である。そのため、魔導士になるには決まった科目を履修し、魔導学校卒業後に王城で行われる試験を受けなければならない。因みに、魔導学校を卒業した者は魔導修士、在学中の者は魔導習士と呼ばれ、本人たちは修士、習士と呼び分けている。
ガーデンに入れるのは魔導士だけなので、エルフィーネがガーデンの人間に直接交渉される前に誘いを断れるだけの理由を作っておけば、ガーデンに入らずにすむ。ガーデンからの“お声がかり”を受けて、理由もなく断ったり、試験に必須の科目を故意に採らなかった場合、王命に反したとして罰されることもある。実際に、卒業後に禁錮刑となり、その後魔導士試験を受けさせて(試験自体は落ちたとしても、何度も受けることが可能)魔導士にさせられたという例が何件かあるのだ。
故に、一度ガーデンから誘いを受けてしまうとそれを断ることはほぼ不可能であり、入学前までに誘いを断る説得力(と権力)のある理由が必要となるのだ。




