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49「薔薇を愛でる会 ~満ちゆく堀に、宵闇は笑む~」

 返事をしないエルフィーネを不審に思い彼女の視線の先を辿ると、噴水の奥の方に漆黒のローブをまとった焦げ茶の髪の四十がらみの男性が立っていた。今日は王妃主催の園遊会(ガーデンパーティー)である。そのため、招待客と王城の使用人以外の人間は、この庭に入ることはおろか近付くことすらできないはずなのである。



『ひいさま、大丈夫?』

『あのヒト、追い払う?』



 エルフィーネの表情が暗くなったのは、水の精の言ったあのヒト……黒いローブの男が原因だ。先ほど水の精が、エルフィーネのことを見ている者が居ることを教えてくれた。水の精の示す方に視線を向けると、あの男が立っていたのだ。どうやら彼は、エルフィーネだけではなくアシュレーのことも見ているようだった。



(あの方も、アッシュみたいにわたくしの魔法だと思ったのかしら? もし、そうだったら……)



 エルフィーネの背を、怖れが走り抜ける。エリファスしか知らない自分の秘密が暴かれてしまったら、と。

 小さく震えるエルフィーネの身体が温かいものに包まれ、彼女の視界は白で満たされた。



「エル、俺が居る。俺がエルを護るから……月の庭(ガーデン)なんかにエルを奪わせはしない」



 王城内で黒いローブをまとう人間は、ガーデンに所属する魔導士しかいない。銀百合宮廷魔導士団所属の者は白いローブ、ガーデン所属の者は黒いローブが制服として支給されるのだ。男がこの庭に入ることができたのは、ガーデンの人間だからだろう。

 アシュレーはガーデンからエルフィーネを護るために、ガーデンについて調査していたので、黒いローブの男の正体にすぐに気付くことができた。



(俺とエルが出席することを知って、姿を見に来たんだろうが、不審者に見つめられたら女の子が怯えるかもしれないなんてことも考えられないのか。こんなにもエルを怯えさせやがって)



 己の腕の中で震える彼女の背を撫で大丈夫だと伝えると、アシュレーの胸に埋まっていた顔が(うわ)向いた。彼女の瞳は涙で潤み、目尻は淡い紅に染まっている。辛うじて涙は零れていないが、今にも堰を切って流れ落ちてしまいそうだ。



「アッシュ……ここに居るのはイヤ。どこか違う所に行きましょう」

「あぁ」



 男の目からエルフィーネの姿を隠すように抱きこみ、来た道を戻って行く。噴水と会場のちょうど中間にあるガゼボに入り、エルフィーネを座らせてからアシュレーも隣に腰を下ろした。



「あの男は、ガーデン……月の庭の研究員だ。俺もだが、エルの魔力も珍しいものらしくて、俺たちのことを見に来たんだろう」

「月の庭?」

「国じゃなくて何代目かの王が自分の研究のために創った研究所で、所属するのは魔導士だけ。どんなことを研究しているのかは王しか知らないらしい。俺の闇属性はもちろん、エルの水属性のSS魔力階級(クラス)も珍しいから、目を付けられるかもしれないと師範がおっしゃっていたんだ」



 魔力を持って生まれた子供は、魔導院に届けを出す義務がある。そして、届けを出した家に調査官が赴いて魔力量を計測し、属性、氏名、生年月日と共に記録される。なので、魔導適性者は五歳になると自分のクラスを保護者から教えられる。エルフィーネが五歳の頃はヴィストーレに居たので、王都にやって来た日に教えてもらった。



「アッシュはどうしてわたくしがSSクラスだとわかったの?」



 エルフィーネがSSクラスだという話のきっかけが自分の無意識ののろけだったため、アシュレーは一瞬口ごもったが、彼女に隠しごとをしたり嘘を吐くのはイヤだったため、観念して素直に理由を話すことにした。



「……師範にエルの空よりも濃い蒼い瞳のことを話したら、SSクラスかもしれないとおっしゃったんだ。もしもそうだったら、水属性のSSクラスは長い間現れていないから、ガーデンに狙われるかもしれない、と。だから、ガーデンのことは調べていたんだ。そのおかげで、あの男がガーデンの人間だと気付けたんだ」

「そう、だったの……」



(そういえばみーちゃんたちが、女王さまの愛する子は久しぶり、と言っていたわね。クロちゃんたちも、闇の王さまが祝福をしたのは久しぶりだと言っていたし、クロちゃんと闇の方々も、あまり祝福はしないみたいだものね)



 エルフィーネは“久しぶり”の期間が二百年ほどとは知らない。しかし、闇属性に関しては、五十年ほど前に低位精霊が祝福した者が一人居たとは聞いたことがあった。



「ガーデンは一度所属すると、最低十年は王城から出ることができない。それだけじゃなく、家族や婚約者にも、王の許可がないと会えなくなるんだ」

「そんな……」

「俺はヴァンブレイス公爵家の跡継ぎだから、それを理由にガーデンからの誘いを断ることはできる。でも、エルがもしガーデンに入ったら、俺は十年もエルに会えなくなってしまう。そんなの耐えられないから、俺は俺のためにエルを護る。エルをガーデンなんかに、いや、他の誰にも奪わせない、絶対……!!」



 スカートを握りしめているエルフィーネの手にそっと己の手を重ねると、俯いていた彼女が顔を上げた。彼女の空色の瞳は、すがるようにアシュレーの夜空色の瞳を見つめている。



「大丈夫だから、心配しないで」



 利き手でエルフィーネの頬を撫でると、空色の瞳が閉ざされた。その表情は落ち着いたものとなり、すっかり安心した様子である。



(かわいい……キスしたらさすがに怒るかな、それとも恥ずかしがるかな?)



 瞳を閉じてアシュレーの手を受け入れているエルフィーネは、まるでアシュレーからのくちづけを待っているように見える。アシュレーは必死の思いでエルフィーネのかんばせから視線を引きはがした。



「ここなら薔薇も見えるし、会場からも近いから、終わりの時間までここで過ごそう。ずっとここに居ても、公爵子息()になにか言えるのは第二王子とオリバーたちぐらいだが、その三人も忙しそうだからここに来ることはないだろう。だから、誰にも邪魔されずに、ふたりで過ごすことができる」



 瞳を開いたエルフィーネの頬を撫でながら笑いかけると、彼女も笑みを返した。



「そうね。テアさまたちとお話するのも楽しかったけど、今はアッシュとふたりで居たいわ。アッシュが傍に居てくれると、とても安心するの。やっぱりアッシュはわたくしを護ってくれる騎士さまね」



 ふふ、とエルフィーネが笑うと、彼女の頬を撫でていた手が離れ、そのまま己の口許を覆い隠した。その顔は、周囲の薔薇に負けないぐらい赤く染まっている。



「アッシュ?」

「……なんでもない。俺はエルの身体も心も護りたい、って言っただろ? だから、エルにそう言ってもらえて、すごく嬉しいよ。これからも俺がエルの騎士でいることを許してくれる?」



 さりげなく“これから”のことを口にするが、彼女はその意味に気付かなかったようで、



「もちろんよ。アッシュ以外にわたくしの騎士さまは居ないわ」



 と、無邪気にほほえんでいる。



「ありがとう、エル」



 そう言って彼女の右手をすくい上げ、雪のように白い甲にくちびるを落とす。彼女の頬は夕焼けのように紅く染まり、そう遠くない会場から小さなどよめきが響いてきた。

 その様子を視界の端に捉えたアシュレーは、にやりと笑んだ。



(これでエルに手を出す莫迦は現れないだろう。アイツも諦めてくれればいいが……)



 エルフィーネの外堀は、彼女の与り知らぬ所で、着実に埋められてゆくのだった。


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