48「薔薇を愛でる会 ~魔法の虹~」
第二王子がすべてのテーブルを回り終えると、少年少女たちは自由に席を移動できるようになった。エルフィーネとアシュレーは双子にこのまま一緒に居ようと言われたが、ふたりで庭を見たいからと断った。
そして今、ふたりは人の輪を外れて薔薇の咲き誇る庭を散策している。もちろん、いつものように手をつないで。
恋人のようにむつまじいふたりの姿を、招待客たちは信じられないものを見たような目で見ていた。アシュレーは自分たちに向けられる視線を感じとっていたが特に気にすることはなく、むしろ好都合だと口角を上げた。母親が夫人たちに牽制をかけていたのには気付いていたが、ふたりの仲の良さを見せつけることで駄目押しをしようという考えだった。自分がエルフィーネと手をつなぎたかったから、というのが一番の理由ではあったが。
しかし、そんなアシュレーの思惑など知る由もないエルフィーネは、差し出された手を当たり前のように取り、無邪気に散策を楽しんでいる。
「アッシュのお邸の薔薇もきれいだったけど、お城の薔薇もきれいね」
「広さと数が違うから、こっちの方が見ごたえはあるな」
「でも、わたくしはアッシュのお邸のお庭の方が好きよ。可愛いトピアリーがあって見ていて楽しいもの」
エルフィーネの言葉に、アシュレーは彼女が嫁いでくる前にトピアリーの種類を増やすことを決めた。
今ふたりが歩いている所は、ピンクや赤系の薔薇が多く咲いていて、ローズピンクのドレスを身にまとってその傍を歩くエルフィーネの姿は、薔薇園でたわむれる薔薇の精そのものだ。
「エルは花がよく似合うな。ドレスの色もあって、母上も言っていたが本当に薔薇の精みたいだ。すごくかわいいよ」
「あ、ありがとう」
頬を染めたエルフィーネは、そっとアシュレーから顔を背けるが、つないだ手を離そうとはしなかった。そのことが、アシュレーの心を弾ませる。
しばらく無言のまま歩いていると、前方に美しい彫刻の施された白い噴水が見えてきた。水面には薔薇の花が浮かべられ、花弁に付着している水滴が光を反射してきらきら輝いている。
「お水が噴き出しているわ。あれはなにかしら?」
「あれは噴水だよ。家にはないけど、一度本邸に行った時に見たことがある。これよりも大きかったけど」
「そうなのね。近くで見てみたいわ」
「わかった。でも、濡れるといけないから、少し離れた所でね」
「ありがとう」
アシュレーに手をひかれ、噴水から二歩ほど離れた所で足を止める。水しぶきが太陽光に反射して輝き、時折虹のようにきらめく。そして、
(みーちゃんたちがいっぱい居るわ)
水場だけあって、水の低位精霊が大勢居た。
『ひいさま、こんにちは』
『ここで会うのは、初めて』
水の精たちが話しかけてくるが、すぐ傍にアシュレーが居るため返事をすることはできない。なので、思い出話を語ることで返事に代えることとする。
「とてもきれいね。わたくしは水の魔力を持っているから、水の近くに居るととてもほっとするの。ヴィストーレに居た時も、よく森の中の小さな泉に遊びに行っていたわ。シルフィードとはそこで出会ったの。動物たちがお水を飲みに来るから、皆で遊んだりして、とても楽しかったわ」
『楽しかった!!』
『また遊ぼう!!』
水の精たちの言葉にエルフィーネが笑顔で頷くと、水の精たちは楽しげに踊りだした。そして、
「まぁ!!」
「すごいな」
噴水から噴き出す水の量が増え、辺りに大きな虹がかかった。水の精と光の精の仕業だった。
「きらきらして、とてもきれい。素晴らしいものが見られたわ」
そのことに気付いたエルフィーネが精霊たちにさりげなく感謝を告げると、精霊たちは更に大はしゃぎした。
『ひいさま喜んだ』
『光のが手伝ってくれたおかげ』
『エル喜んだ』
『闇の王さまのお気に入りも』
光の精霊たちは、どうやらアシュレーのことを気に入っているらしい。
「エルは、どんな魔法が使えるんだ?」
唐突な問いかけに、エルフィーネはことりと小首を傾げる。
「どうしたの、急に?」
「いや、今のが魔法みたいに思えて。エルの魔法じゃないよな?」
「……お水を操ることはできるけど、わたくしの魔法ではないわ」
答えるまでに少し間があったことに目敏く気付いたアシュレーは、これ以上彼女の魔法について話を続けることをやめた。
「俺は、闇の魔法についての文献が少なくて、実技は殆ど習っていないんだ。俺が目指しているのは騎士だから、魔法が使えなくても困りはしないんだけど」
アシュレーは父と同じように国軍に入るつもりだったのだが、一人息子である彼に万が一のことがあってはならないからと、騎士の道を父と師に勧められたのだ。けれど、結果的には良かったとアシュレーは思っている。青薔薇騎士団所属の騎士は、基本的に王都を離れることがないからだ。つまり、エルフィーネと結婚しても、彼女と長期間離ればなれにならなくていいという利点があるのだ。
「アッシュは剣のお稽古を頑張っているもの。きっと立派な騎士さまになるわ」
毎日鍛錬を欠かさないと言っていたアシュレーならば、その真面目な性分から優秀な騎士になれるとエルフィーネは信じている。それに、騎士である長兄に彼のことを話したら、毎日退屈とも言える鍛錬を一人でこなすことは彼の年では難しいことで、基礎をないがしろにせず継続できる根性のあるアシュレーはきっと良い騎士になるだろうと言っていたから、ということもある。
「そうだといいな」
「マティアスお兄さまも、アッシュのことを褒めていたわ。だから、アッシュは立派な騎士さまになるの。絶対」
自信たっぷりに答えるエルフィーネに、アシュレーの口許がゆるむ。
「俺は、エルの期待を裏切らない立派な騎士になってみせる。エルに誓うよ」
つないでいる手とは反対側の手を取り、桜貝のような爪にそっとくちびるを落とすと、彼女の頬は周囲の薔薇によく似た色に染まった。
「アッシュ……」
困ったようにアシュレーの名を呼びはするものの、その表情に嫌悪はなく、つないだ手もやはり離されることはない。
(アイツに触れられた時とは大違いだな)
想い人の反応に満足して内心で頷いていると、目の前の愛しい人の表情が不意に翳った。
「エル?」




