44「薔薇を愛でる会 ~出会い~」
アシュレーの目の前の椅子に腰かけた双子の瞳は、楽しそうに細められている。
「俺はオリバー・ラッセルバーグ。レジーナ公爵家の者だ。オリバーと呼んでくれ。こっちは妹のテア」
「テアよ。よろしく」
「ヴァンブレイス公爵家、アシュレー・ゼルウィガーだ。よろしく」
友好的な言葉をかけられ、アシュレーは戸惑いながらもなんとか言葉を返す。
「しかし、本当に紫色なんだな」
「オリー、不躾にもほどがあるわ」
妹の緋色の瞳が、射抜くように兄を見つめる。流石に初対面の、それも瞳に対して屈託を抱えていそうな相手に言うことではないと思ったのだろう。しかし、
「俺は気にしていない。むしろ、今みたいにはっきり言ってくれた方がいいぐらいだ」
言われた本人は気にしていなかった。先ほどの夫人たちのように陰でこそこそ何かを言われるよりも、直接言われた方がマシだということもあるが、何よりオリバーの言い方には“闇持ち”に対する畏怖や嫌悪はなく、ただ思ったことを口にしただけという感じだったからだ。
「そうだろう? こういうことは変に気を遣う方がよくないんだよ。親しくなりたいのなら、自分の考えははっきりと伝えないとな」
「オリバーどのは、俺の瞳を見て紫色だとしか思わないのか?」
「オリバーでいい。ここ何十年か闇属性は生まれていないから、本当に闇の魔力なんて存在するのか疑っていたんだ。存在しないものを怖いと思ったことはない。それに、闇属性の人間全てがあんな事件を起こすわけでもないのに、闇属性だからと怖れるのは馬鹿らしいと思わないか?」
「……オリバーは変わっているな」
アシュレーはおかしなものを見るような目でオリバーを見つめている。しかし、その声音は呆れを多分に含んではいるものの、どこか嬉しそうな響きもあった。目の前の兄妹は気付いていないが。
正直なところ、今日の会にアシュレーは何も期待していなかった。母の言葉にわかっているとは返したものの、瞳のことを思えば自分とまともに会話をしようとする者など居る筈がない、と。案の定、はとこであるヴィンスフェルトはアシュレーを嫌悪し、定型文のような挨拶を交わしたのみであった。なので、アシュレーは早々に交遊を広げることを諦め、害虫駆除に勤しむつもりだったのだ。
けれど、少なくともこの席に着いている間だけは、目の前の双子と交友を深めようという気になった(無論、オリバーに対して牽制はするが)
「レジーナ公爵家は実力主義なんだ」
「それがどうしたんだ?」
「当主や家族だけでなく、使用人たちにもそれが適用される。だから、俺たちはまず人を見る目を養うように教え込まれた。使用人だけじゃない、付き合う人間、知り合う人間、全てに対して」
「わたしたちは見た目で判断したりしないわ。表情、仕草、言葉……自分で見て、感じたことしか信じないの」
「だから、今日は存分に人間を観察しようと思っている。手始めに、君だ」
「俺?」
「オリーは人間観察が趣味なのよ。ここに座っている間だけでいいから、付き合ってあげて」
テアはふぅ、と九歳の少女らしからぬ溜息を吐いた。兄の趣味に巻き込まれ、その度に何かしらの迷惑を被ってきた彼女は、兄を止めるよりも自分がフォローをした方がまだマシだという結論に至ったのだ。
「観察するのが俺だけなら、別にかまわないが」
彼らとの仲を深めることは吝かではないが、エルフィーネが観察対象になることは避けたかった……のだが、
「この席に着くもう一人には、目を向けてほしくないような言い方だ」
逆に彼の興味を惹いてしまったらしい。
「王子殿下の従妹であるキュイロス侯爵令嬢は、向こうの席に居る。ということは、この席に来るのはオルフェウス侯爵令嬢か。知り合いなのか?」
更に、エルフィーネがこの席に着くことまで当てられてしまった。
「母上と侯爵夫人が友人で、彼女とはふた月ほど前に知り合った……失礼」
そう言って席を立つと、オリバーの横を通り過ぎて行く。アシュレーの向かう先には、使用人の後ろを歩くエルフィーネの姿があった。




