43「薔薇を愛でる会 ~きざし~」
アシュレーの目の前に立つ王妃は、髪と同じ薄茶色の瞳をやわらかく細めてほほえんでいる。
「会えて嬉しいわ、アシュレーどの。今日は楽しんでちょうだいね」
「ありがとうございます」
(さすがは王妃になるだけの女性だ。俺の瞳を見ても表情が全く変わらない。だが……)
王妃の隣に立つ少年にちらりと目を向ける。少し神経質そうではあるが整ったその面には、隠しきれないのか隠すつもりがないのか、アシュレーに対する嫌悪感がはっきりと表れている。
(今日はこいつと口を利くことはなさそうだ)
短い挨拶を終えると、二名の使用人が母と子を案内するために近付いてきた。
「アシュレー、エルちゃんのこと頼むわね」
「俺よりもエルですか……心配なさらなくても、俺の傍から離しませんよ」
「その意気よ。それと、適度に交遊も広げるのよ」
「わかっています」
どこか怯えている様子の使用人(理由は明白だ)の後に続き、案内された席に着く。テーブルには椅子が五脚。招待客の席は固定で、第二王子が各テーブルを回る形となるため、このテーブルに着くのはアシュレーを入れて四名となる。残り三名の内の二名は公爵家の双子の兄妹。そして、もう一名は……。
(エルの姉君が王太子の婚約者でよかった。おかげでエルをこの席にすることができた)
エルフィーネだ。このテーブルは言うなれば身内枠で、婚姻などによる結びつきを必要としない公爵家と、既に王族と婚約をしているオルフェウス侯爵家の四名から成る。席次は当然ながら爵位順で、侯爵令嬢であるエルフィーネがこの席に着くことは不思議ではないが、もう一人王族と婚姻を結んでいる家の令嬢が居るのだ。
アンジェリーナ・リンド。アルテイシア王妃の実家であるキュイロス侯爵家の次女で、現当主は王妃の弟である。
王妃の姪と王太子の婚約者の妹。どちらも姻戚関係にあるため、エルフィーネとアンジェリーナのどちらがこの席についても問題はないのだが、園遊会の前半は席が指定されると知ったアシュレーが、母に頼んでエルフィーネと同席できるように根回しをしてもらったのだ。
(残りは双子だというから、二人で話すだろう。同じ公爵家とはいえ、俺と話したがるとは思えないからな。ついでに王子も引き受けてくれると助かるんだが……)
アシュレーはそう考えていたが、目の前の椅子に腰かけた双子の表情を見て、それは無理だと悟った。
×××××
ロザリンドと共に王妃たちの許へ向かうエルフィーネの胸は、緊張のために早鐘を打っていた。
(アッシュみたいにうまくご挨拶できるかしら?)
堂々と王族の前に立って挨拶をする彼の後ろ姿は、エルフィーネの目にとても頼もしく映って見えたのだ。エルフィーネは不安と緊張に苛まれたまま、王妃と王子の前に立った。
「ごきげんよう、オルフェウス侯爵夫人。そちらがエルフィーネ嬢ね。会えて嬉しいわ」
「ごきげんうるわしゅう存じます、王妃殿下、王子殿下。娘のエルフィーネでございます」
「お初にお目文字つかまつります、王妃殿下、王子殿下。オルフェウス侯爵家が次女、エルフィーネ・アートレイデでございます。本日はお招き頂き、光栄に存じます」
園遊会の招待状が届いてから今日までの間に憶えた口上と、何度も練習したカーテシーを披露するエルフィーネの姿に、母だけでなく王妃の頬もゆるむ。
「素敵なご挨拶をありがとう、小さな淑女。ジェラールが結婚したらあなたとも家族になるから、この子とも仲良くしてもらえると嬉しいわ。ヴィンス、エルフィーネ嬢にご挨拶を」
「ヴィンスフェルト・スクード・セイクリッドだ。……今日は楽しんでくれ」
「お言葉、ありがたくお受け致します、王子殿下」
仏頂面で放たれた言葉に、エルフィーネはほほえみを浮かべたまま返した。彼女の笑みを見たヴィンスフェルトは水色の瞳を瞠り、そっと視線を逸らした。
そんな息子の様子に王妃は内心で青筋を立てたが、面には出さずにこりと笑む。
「ごめんなさいね。この子、あまり年の近いご令嬢に慣れていないものだから」
「いえ、わたくしは気にしていませんわ」
王妃は気遣わしげにエルフィーネを見つめていたが、本当に気にしていないのだとその表情から読みとったらしく、ありがとう、とほほえんだ。まだまだ挨拶をする人間が後ろに控えているため母子は王妃たちの前を辞し、使用人に案内されて各々の席へと向かった。




