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42「薔薇を愛でる会 ~薔薇の精~」

 互いの家を行き来していると、あっという間にその日はやって来た。

 六月第三週の光の日。様々な種類の薔薇が咲き誇る王城の中庭にて、“薔薇を愛でる会”が開催された。

 会場となる中庭には、二十人ほどの少年少女とその母親の姿がある。彼らは主催者である王妃と今日の陰の主役である第二王子の登場を待ちながら、和やかに談笑している。しかし、ある母子(おやこ)の傍には誰も居らず、周囲から遠巻きにされていた。



「俺はここで待っていますから、母上は挨拶をされてきてはどうですか?」

「母親たちは後で集まるから、その時に挨拶すればいいのよ。それに、あなたの傍を離れている時にエルちゃんが来たらお話ができないでしょう?」

「……そうですか」



 アシュレーだけでなく、ここに集まる子供たちの殆どが今日が初めての社交である。ヴァンブレイス公爵家の嫡男が闇の魔力を持っていることはここに居る夫人たちの誰もが知っていたが、実際にアシュレーの姿を見たことがあるものは一人も居なかった。



「あの話は本当だったのね」

「なんて禍々しい瞳」

「唯一の跡取りがあんな子だなんて、閣下もおかわいそうに」



 夫人たちは声を潜めてはいるが、自分のことを話していることは、話の内容が耳に届いていないアシュレーにもわかる。従兄たちに悪意を向けられてきた彼は、人の悪意に敏感だった。けれど、彼は全く気にしていない。



(名前も知らない奴らになにか言われたところで、どうでもいい)



「オルフェウス侯爵夫人、エルフィーネ嬢、ごきげんよう」



 母の声にアシュレーは、いつの間にか俯けていた顔を上げた。周囲の言葉に気を取られ、エルフィーネたちが近付いて来ていたことに気付けなかったようだ。



「ごきげんよう、ヴァンブレイス公爵夫人、アシュレーくん」

「ごきげんよう、ヴァンブレイス公爵夫人、アシュレーさま」



 侯爵令嬢らしく気品に満ちた礼を取るエルフィーネにしばし見惚(みと)れ、アシュレーも慌てて、けれどそうとは悟られないように礼を返す。



「お久しぶりです、オルフェウス侯爵夫人、エルフィーネ嬢」



エルフィーネに向かって笑いかけると、彼女もやわらかな笑みを返した。



「今日のエルちゃんはまるで薔薇の精のようね。薔薇色のドレスがとてもよく似合っているわ」

「ありがとうございます。マリアおばさまにいただいた髪飾りに合うデザインにしましたの」



 エルフィーネは、ローズピンクのプリンセスラインのドレスを身にまとい、マリアベルから贈られた薔薇の髪飾りを着けている。ドレスのスカート部分には濃いピンクと淡いピンクの糸で薔薇の刺繍が施され、裾を飾るレースは同じく薔薇モチーフの刺繍(エンブロイダリー)レース。以前も履いていたバラの造花が飾られたアンクルストラップシューズを履いたエルフィーネは、マリアベルの言う通り可憐な薔薇の精のようだった。



「嬉しいわ。そんなに気に入ってもらえるなんて、贈ったかいがあるわ」

「この髪飾りとアッシュにいただいたリボンは、わたくしのお気に入りなんです」



 はにかむエルフィーネに、マリアベルは扇の陰で口角を上げた。



「今日はアシュレーと一緒に居てくれるそうね? この子はあまりおしゃべりな方ではないから、エルちゃんが傍に居てくれると安心だわ」



 そう言って、さりげなく周囲の夫人たちを視線でひと撫でし、牽制をかける。(すなわ)ち、エルフィーネはヴァンブレイス公爵夫人が息子の婚約者にと考えており、オルフェウス侯爵夫人もそれを認めているのだと。

 公爵夫人と嫡男から贈りものをされ、今日は一緒に居るという二人の会話を聞いた夫人たちは、自分たちの子供がヴァンブレイス公爵家とオルフェウス侯爵家と婚姻で縁を結ぶことはないと理解した。そして、そのことは近日中に他の夫人たちにも知れ渡ることとなる。お茶会での“世間話”として。



「はい。わたくしもアッシュが傍に居てくれるととても安心しますわ」

「アシュレーくんと一緒なら、わたくしも心強いわ。アシュレーくん、エルフィーネをよろしくね」

「お任せください。エル、今日はよろしく」

「わたくしこそ、よろしくね」



 二人がほほえみを交わしていると、少しずつざわめきが小さくなってきた。蔓薔薇の絡んだアーチをくぐり、今日の主催者と主役が姿を現したからだ。



「あの方が王妃殿下なのね。とても素敵な方……」



 ルナクリスタロ王国で最も尊い女性は、その地位に相応しい気品と美しさと威厳に満ちていた。薄茶の髪には王妃のティアラが飾られ、アンティークローズのエンパイアドレスを身にまとって招待客たちへ挨拶をするアルテイシア王妃を見て、エルフィーネはほぅと息を吐く。空色の視線は王妃に釘づけで、その隣に居る銀髪の少年のことなど全く気にしていない様子のエルフィーネに、アシュレーはほっと胸をなで下ろす。



「アシュレー、王妃殿下とヴィンスフェルト殿下へご挨拶に行くわよ」



 母の言葉にアシュレーが王妃の居る方に目を向けると、王妃がアシュレーたちの居る方を見つめていた。

 今日の会には、公爵家からは三名が出席している。他の二名は中継ぎの女王が興したレジーナ公爵家の双子の兄妹だ。同じ公爵家ではあるが、建国時から続くヴァンブレイス公爵家の方が家格としては高く、故に王妃たちへの挨拶もアシュレーたちが最初に行かなければならないのだ。



「わかりました。エル、また後で」

「えぇ。いってらっしゃい、アッシュ」



 小さく手を振るエルフィーネに笑みで応え、アシュレーは悪意の渦巻く方へと足を踏み出した。


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