41「たいせつな女の子」
「これを受け取ってほしい」
ヨハンから袋を受け取りエルフィーネに手渡すと、彼女はためらいながらも受け取った。断ってもアシュレーが一度出したものをひっこめるようなことはしないとわかっているのだろう。
「ありがとう、アッシュ。大きな包みね。開けてみてもいいかしら?」
「もちろん。ぬいぐるみなんだ。気に入るといいんだけど……」
「嬉しいわ。わたくし、ぬいぐるみは大好きよ」
袋にかけられていたラベンダー色のリボンをほどき、中身を取り出す。オレンジ色の長い耳、つぶらな黒い瞳、首にはサックスブルーのリボンが結ばれた30センチほどの大きさのうさぎがエルフィーネの目の前に現れた。
「かわいいうさぎさん!! ありがとう、アッシュ」
嬉しそうにうさぎを抱きしめるエルフィーネに、アシュレーの口許がゆるむ。
「喜んでもらえてよかった」
(やっぱりうさぎにも”さん”をつけるんだな)
以前疑問に思ったことの答えが、この時になってもたらされた。
「とってもかわいいわ。あなたのお名前は……フロプシーよ。これからよろしくね、フロプシー」
はじけるような笑みを浮かべてうさぎに話しかけるエルフィーネを見るアシュレーの顔は、普段の無表情が嘘のようにゆるみきっている。
「ぬいぐるみはいくつか持っているけど、うさぎさんは居なかったの。別荘の近くには動物がたくさん居て、うさぎさんともよく一緒に遊んでいたのよ。だからわたくし、うさぎさんは大好きなの」
「そうなんだ。うさぎのトピアリーを一番よく見ていたから選んだんだけど、正解だったようだな。他のぬいぐるみは、なんの動物なんだ?」
「わんちゃんと猫ちゃんとクマさんよ。どの子もお誕生日にエリィ兄さまからいただいたの」
(母上のおっしゃった通り、犬・猫・クマ・うさぎはよく選ばれているんだな。その中でエルの持っていなかったものを贈ることができてよかった。しかし……)
「エルの誕生日はいつなんだ?」
重要な単語を聞き逃がすようなことをアシュレーはしなかった。
「わたくしのお誕生日は三月三日よ。アッシュのお誕生日はいつなの?」
「創世祭の初日か。俺は十二月三日だ。俺たちは三姉妹に縁があるようだな」
三姉妹とは、この世界を創った女神たちのことだ。三は女神たちの数字とされ尊ばれている。女神を讃える創世祭は三と三をかけ合わせて九日間行われるのだ。
「憶えやすいでしょう? アッシュもわたくしと同じ三日だから憶えやすいわ。冬の夜空がとってもきれいだから、アッシュの瞳もきれいなのね、きっと」
エルフィーネの瞳はやわらかく細められている。彼女はアシュレーの瞳をとても気に入っているようだ。そのことが、アシュレーに自信を与える。
「ありがとう。でも俺はエルの瞳の方がきれいだと思うよ。晴れた夏の空のようにきらきら輝いて、どんな宝石も、きっとエルの瞳には敵わない」
「ふふっ。わたくしたち空色の瞳で、おそろいね」
楽しそうに笑うエルフィーネに、アシュレーは声を詰まらせた。
「……ッ!!」
(おそろい……。俺のこの忌まわしい闇色の瞳と、エルの青空のようにきれいな瞳が……? どうしてエルは俺が喜ぶようなことばかり言ってくれるんだろう)
忌み子の自分を怖れもせず、厭いもせず、更には闇色の瞳をきれいだとまで言ってくれる女の子を、好きにならない訳がない。アシュレーがエルフィーネのことを知る度に、彼女に対する気持ちが膨らんでいく。まるで夜の闇のように果てなく。
「エルとおそろいだなんて、嬉しいな。エルのおかげで、俺はこの瞳が好きになれそうな気がするよ」
「アッシュの瞳は本当にきれいだもの。わたくし、その夜空色の瞳が好きよ」
闇の魔力を持つせいで今まで傷つけられてきたアシュレーの心が、自分の言葉ですぐに癒されることはないとわかっていても、それでアシュレーが己の一部である瞳を少しでも好きになれるのならと、エルフィーネは懸命に言葉を尽くす。
「ありがとう、エル。俺もエルの瞳が、いや、エルのことが大好きだ」
(俺のたいせつな女の子。もし俺の前からエルが居なくなったら、きっと俺の心は死んでしまう。だから……)
園遊会では、エルフィーネに近付く男は全員蹴散らしてやろうと、己の言葉で頬を染めるエルフィーネの可憐な姿を見て、アシュレーは固く決意するのだった。




