39「群れに放りこまれたアシュレー」
アシュレーの目の前には、ひどく少女趣味な光景が広がっている。
今日は来月の園遊会に着る礼服を誂えるため、仕立て屋が公爵邸を訪れていた。採寸とデザインの決定はすぐに終わり、仕立て屋と入れ替わりに入ってきた商会の者が持ちこんだ大量のぬいぐるみが部屋に並べられたのだ。
母は宣言通り、商会の所有するぬいぐるみを全て用意させたらしい。テーブルには載りきらず、絨毯に布を敷いてその上に大量のぬいぐるみを種類別にまとめて並べている。犬・猫・クマ・うさぎは種類も豊富で数も多い。その他には、ユニコーンやアヒル、羊などのぬいぐるみも少しだけまぎれこんでいる。
(数が少ないということは、あまり選ばれるものではないんだろう。やはり、数の多いものの中から選ぶ方がよさそうだ。しかし……)
選ぼうにも数が多すぎて、どれがいいのかわからなくなってくる。マリアベルは用事があると仕立て屋と共に退室したため相談できる相手が居らず、アシュレーの孤独な闘いの幕が切って落とされた。
まずはクマのぬいぐるみが集められたゾーンに向かう。赤ちゃんほどの大きさのものから、子供が片手で抱くのに丁度いい大きさのものまで様々だ。そして、色や姿も。本物のクマのような濃い茶色や、マリアベルの髪に似た金茶色、黒、果ては白いクマまで。使われている布も様々だ。毛足の長いもの短いもの、さらさらしたもの、ふわふわしたもの、もこもこしたもの……。
アシュレーは早くも途方に暮れてしまいそうになった。
(たくさんのものの中から選ぶということが、これほど大変なことだったとは)
初めての経験に戸惑うが、この先にエルフィーネの笑顔が待っていると思えば苦ではない。悩みはするが。
(そういえば、エルはうさぎのトピアリーを熱心に見ていた気がするな)
ふと思い出したアシュレーは、うさぎゾーンへ足を向けた。
そこも、クマゾーンと同じ状態であった。つまり、大きさ・色・姿・手触り……たくさんの種類がありすぎるのだ。
(本物のうさぎって、どんなものなんだ?)
ずっと王都で過ごしているアシュレーは、馬と犬と猫以外の動物を見たことがなかった(魔獣と魔物は図鑑で見たことがある)
ぱっと見て一番多いのはオレンジ色のうさぎ、次いで白、黒、銀灰色。
(多いということは、この色が人気があるんだろうな)
とりあえず、一番面積の大きいオレンジ色の群れに目を向ける。大きなものは、やはり赤ん坊サイズ。
(エルが持つんだから、あまり大きいものはよくないな)
赤ん坊サイズのうさぎを候補から外し、それよりも小さなものに目を向ける。ひとつ手に取ってみると、それは30センチほどの大きさで、エルフィーネとそれほど身長の変わらないアシュレーが片手で抱くのに丁度いいサイズだった。
「このぐらいの大きさのものから選ぶことにするか。次は、色だな」
サイズは決まり、次は色を選ぶことにする。基準は、エルフィーネに似合うか否か。
エルフィーネの輝く金色の髪、空よりも濃い蒼の瞳、雪のように白い肌、桃色の頬、サンゴのようなくちびる。笑うと垂れた目尻が更に垂れ下がり、愛らしい顔がますます愛らしくなる。そんな彼女に似合いのぬいぐるみを探そうと、居並ぶオレンジ色のうさぎたちを目を皿のようにして一体一体じっくり見つめていると、ある一体のうさぎが目に留まった。
そのうさぎは30センチほどの大きさで、つぶらな瞳はジェットで作られ、首にはサックスブルーの絹のリボンが結ばれている。
「これを頂こう」
即決だった。選んだ本人にも、なぜこのうさぎを選んだのかよくわかっていないが、なんとなくこれならエルフィーネに喜んでもらえるという直感が働いたのだ。
「か、かしこまりました」
商人は顔には笑みを張りつけているが、その瞳の奥にかすかな怯えが存在していることにアシュレーは気付いた。しかし、今更他人に怯えられたところで傷つくことはない。
(エルにさえ怯えられなければいい)
うさぎを渡した時の彼女の笑顔を想像し、アシュレーはやわらかくほほえんだ。




