37「十六夜の心」
先週訪れたのはお茶会が行われていたサロンから離れた庭だったが、今日はサロンに面した庭を案内された。客人を招くサロンから見える庭だけあって、その美しさは段違いだった。
薔薇・芍薬・ダリアなどの大ぶりで華やかな花をメインに植えられているが、アイリスやチューリップなど可憐でかわいらしい花もあり、それらがバランスよく配置され、きれいに剪定されたトピアリーの緑が花の美しさを引き立たせている。
「この間見たお庭もきれいだったけど、こちらのお庭もとっても素敵ね」
エルフィーネは咲き誇る花々を見つめ、うっとりと感嘆の息を吐く。どちらかといえば、小ぶりで素朴な花の方を好むエルフィーネだが、目の前の花を美しいと思う気持ちに嘘はない。
「気に入ってもらえてよかった。エルは……こういう花が好きそうだな」
アシュレーが指差したのは、ピンクのガーベラだった。
「すごいわ。アッシュはわたくしの好きなお花を当てるのが得意ね」
「なんとなく、かな。お茶会の時にテーブルに飾ってある花が、薔薇とか派手な花じゃなくて、こういうかわいい感じの花が多かったから、こういった花が好きなのかと思っていつもしっかりと見るようにしていたんだ。エルに贈る花の手本にできれば、と思って。エルの好きなものを当てることができて、嬉しいよ」
言外に自分の好みを知るために、お茶会の時でもエルフィーネ以外にも注視していたのだというアシュレーに、エルフィーネの頬が染まる。ちらりと横目で見たアシュレーの顔はいつも通りやわらかく笑んでおり、告白めいたことを言っていたという自覚はなさそうだ(しかし、アシュレーは隙あらばエルフィーネに好意を伝えてくるので、もはや癖になっているのかもしれない)
「アッシュは色んな所を見ているのね」
「エルのことを知りたいから、色々と見てしまうんだ。エルだって、俺が好きなものがわかっただろう? それと同じことだよ」
好意の方向性は違えども、お互い相手のことを観察しているということに変わりはない。恋情であれ友情であれ、相手のことを知りたいと思う気持ちは自然と湧き出てくるのだから。
「そうね。わたくしもアッシュとお友達になって、アッシュのことをもっと知りたいとよく思うもの。そう思ってアッシュのことを見ていたから、アッシュの好みに気付けたのね」
「そういうことかな。もう少し奥へ行こうか。向こうの方がトピアリーは多いよ」
「えぇ。楽しみだわ」
手をつないだまま庭を歩くふたりの後ろ姿を、侍女と従者、そして植え込みの陰に潜んでいた家令が、あたたかな眼差しで見つめていた(そして、今日の出来事も家令によりゼルウィガー邸の女主人と使用人たちに報告され、“情報共有”されることとなるのだった)
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先ほどの庭から歩くこと十数分。前方になだらかな丘が見えてきた。丘のふもとには、丘を囲むようにして等間隔で木が植えられている。
「あの丘の上では、人数の多いお茶会やパーティーが開かれることがあるんだ。エルが気に入るかはわからないけど、家で一番大きなトピアリーがあるよ」
「どのぐらい大きいのかしら? 早く見てみたいわ」
エルフィーネの胸は期待に弾み、声も丘を登る足取りも弾むように軽やかだ。
少しずつ丘の頂上に近付いてくると、エルフィーネの目を惹きつけるものが姿を現した。
「まぁ、とってもかわいいわ!!」
丘の上には、数種類の生き物を模したトピアリーがあった。愛らしいうさぎ、優美な白鳥、雄々しい馬、ペガサスなどは翼を広げ、今にも天へ飛びたちそうだ。他にも、二足で立ち上がっているケット・シーや、ユニコーンのトピアリーなどもある。馬の形のものが多いのは、武人の家系だからだろう。
「ここは動物や幻獣のトピアリーが多いのね」
幻獣とは魔獣の中でも、めったに人前に姿を現さない種族のことを指す。
「あぁ。何代か前の当主が生き物が好きで作らせたらしい。それから、ここには生き物のトピアリーを作ることにしたそうだ」
「そうなのね。ねぇ、あの上の方にあるものがこのお邸で一番大きなトピアリーなのね」
エルフィーネが示したのは、低木で枠を作り、その中で少し欠けた十六夜の月に二振りの剣が交差している、ヴァンブレイス公爵家の紋章を象ったトピアリーだった。
「そうだよ。我が公爵家の紋章のトピアリーだ」
アシュレーの顔はどこか誇らしげで、将来自分が継ぐことになるヴァンブレイス公爵家のことを心から誇りに思っていることが窺える。
「なんて立派なのかしら……。アッシュ、ここに案内してくれて、ありがとう。こんなに素敵なものが見られて、わたくしとても嬉しいわ」
「我が家の紋章を褒めてもらえて嬉しいよ。ステラの所に行く前に、少し休憩しよう。ずい分歩いたから、疲れただろう?」
「えぇ。実は少しだけ足が疲れちゃったの。ありがとう」
「どういたしまして。足元に気をつけて。下りる時は転びやすいから」
「わかったわ」
言われた通り、転ばないようにそろそろと足を踏み出すエルフィーネに、アシュレーの夜空色の瞳がやわらかく細められる。彼女の手が、アシュレーの手を強く握りしめたからだ。
(なんだか、頼られているみたいで嬉しいな。もっと俺に頼るようになればいい。園遊会の日も、それ以外の時でも。どんな時でも、エルに手を差し出すのは俺が最初でありたい。そして、俺以外の手が差し出されることのないように、エルが俺以外の手を取ることがないように……)
エルフィーネから友情とはいえ好意を示される度に、アシュレーの心は貪欲にもそれ以上を求めようとしてしまう。
まるで欠けはじめた月のように、アシュレーの心は満ちることがないのだった。




