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34「母の思惑、息子の苦労」

「エルちゃんはお菓子作りが得意なのねぇ。とてもおいしいわ」



 むしゃむしゃと、けれど美しい所作でクッキーを口に放りこむマリアベルは、感心したように声を零した。



「そうでしょう? エルのお菓子は世界一ですよ」



 そして、なぜかアシュレーが自慢げに返した。

 マリアベルはいつもより気分が高揚している様子の息子を生あたたかい眼差しで見つめながらも、クッキーを口に運ぶ手を止めることはない。エルフィーネの作ったクッキーがよほど気に入ったと見える。



「あなたは毎週エルちゃんお手製のお菓子を食べているのね。うらやましいわ。……エルちゃんがお嫁に来たら、わたくしにもお菓子を作ってくれるかしら?」

「……作ってくれるでしょう。エルは、自分の作ったお菓子を食べてもらうことが嬉しいようですから」



 少しだけ拗ねたような口調になったのは、エルフィーネがお菓子を食べさせたい相手が自分だけではないからだ。彼女はきっと、親しい相手ならば喜んでその腕を揮うのだろう。そう考えると、アシュレーの胸はじりじりと焦げつくような感覚を覚える。

 そんな思いが顔に出ていたのか、マリアベルが呆れたように息を吐いた。



「アシュレーはエルちゃんのことが大好きねぇ……今からこんなことでは、先が思いやられるわ」



 早くも独占欲の片鱗を覗かせる息子に、母は内心で頭を抱える。



「母上、またエルに贈りものをしたいので、商会を呼んで頂きたいのですが」



 母の胸の内など知る由もないアシュレーは、淡々と己の要望を告げた。



園遊会(ガーデンパーティー)の服を採寸する日に呼ぶことにするわね。どんなものを贈るつもりなの?」

「なにか、身に着けるものを、と考えているのですが……」



(髪飾りは母上が贈ったし、またリボンというのもな……)



 難しい顔で考えこみだした息子を見かねた母が助け船を出す。



「身に着けるものがいいのなら、ブローチなんてどうかしら? またリボンや髪飾りというのも芸がないでしょう? 身に着けるものにこだわらないのであれば、ぬいぐるみや小物入れ、手鏡なんか喜ばれると思うけど」



(たしかに、身に着けるものにこだわる必要はないな。婚約したらいくらでもドレスやアクセサリーを贈ってエルを着飾ることができるし。ぬいぐるみ、だと部屋に飾ってもらえる。小物入れ、は、もう少し俺からの贈りものが増えた頃に贈った方がよさそうだ。手鏡、はエルの好みを把握してからの方がいいな。となると……ぬいぐるみか。エルは動物が好きみたいだから、喜んでくれるだろう)



 アシュレーは小さく頷いた。



「ぬいぐるみを贈ることにします。なんの動物がいいでしょうか……?」

「犬、猫、クマ、うさぎのぬいぐるみが多いわね。商会のぬいぐるみを全種類持ってきてもらいましょう。その中から選ぶといいわ」



(全種類……今回はエルに気に入ってもらえそうなものを選ぶためだ。色々なものの中から一番いいと思えるものが選べると思えばいいか)



 母親のこういう極端なところをアシュレーは少し苦手としているのだが、今回はエルフィーネへの贈りものをするためなので仕方がないと諦めることにした。



「よろしくお願いします」

「任せてちょうだい。これから()()と忙しくなるわね」



 楽しそうに家令に指示を出す母の姿を見て、アシュレーは少しだけ不安な気持ちになるのだった。



×××××



「母上!!」



 足音高く部屋に入ってきた次男に、ロザリンドは眉をひそめた。



「エリファス、お行儀が悪いわよ」

「そんなことはどうでもいいんです。なぜエルに園遊会のことを教えないのですか? なにも知らずに行って、エルが変な奴に目を付けられたらどうするおつもりですか?!」



 珍しく声を荒らげる次男に、母は口許だけで笑んでみせた。



「あなたが心配するようなことにはならないわ。アシュレーくんが出席するから、きっとエルちゃんに近付ける男の子は居ないわよ」



 なにやら確信をもって言う母に、エリファスは首を傾げる。



「なぜそう言いきれるのですか?」

「それは……秘密よ」



 右手の人差し指をぴっと立て、ぱちりと片目を閉じるロザリンド(長女と次男の癖は、母からうつったのだ)の顔には、先ほどとは違う、心から楽しそうな笑みが浮かんでいる。エリファスは、母がこの笑顔を浮かべたところを何度か見たことがあった。



(母上がこんな顔をするときは、絶対によくないことが起きるんだ……!!)



 過去の出来事を思い出しエリファスは顔をしかめるが、母にこれ以上意見することは控えた。言ったところで、母が考えを改めることはないとわかっているからだ。



「エルに余計な虫がつかないのなら、それでいいです。僕としては、公爵令息がエルに近付くのも気に入らないけど」



 ぼそりと呟かれた後半のボヤきを、母は耳聡く聞きつけたらしく、



「エリファス? なにか言ったかしら?」



 再び口許だけで笑ってみせた。



「いえ、なにも。僕はこれで失礼します。おやすみなさい」

「おやすみなさい、エリファス」



 母の私室を出たエリファスは、大きく息を吐いた。



「なにごとも……ないわけないか。園遊会の日は定時で帰ることにしよう」



 頭を()ぎる不安を振り払うようにゆるくかぶりを振って、エリファスは自室へ戻るため一歩を踏み出した。


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