33「見えざる攻防」
楽しい時間は瞬く間に過ぎ、エルフィーネの帰宅の時となった。アシュレーとマリアベルだけでなく、従者や家令までもが残念そうな表情を浮かべていたので、エルフィーネは首を傾げた。
「エルちゃん、今度はもっとゆっくりお話しましょうね」
「今日はお招き頂きありがとうございました。またマリアおばさまとお話ができることを楽しみにしていますわ」
ロザリンドの隣に立つエルフィーネにアシュレーが近付くと、彼の傍に控えていた従者も動いた。アシュレーがヨハンに目で合図を送ると、従者は抱えていたブーケのひとつを主に手渡した。
「薔薇をあげるって約束しただろう?」
彼が差し出したのは、ピンクを基調とした薔薇のブーケ。白とオレンジの薔薇も混じったかわいらしい仕上がりだ。
「とってもかわいいわ!! ありがとう、アッシュ」
「どういたしまして。来週は俺が選んだ花を贈るよ」
薔薇の花を贈る手配はしたものの、エルフィーネと過ごすために花の選別は庭師任せだったのだ。彼女に贈っている花はいつも自分で選んでいるので、人任せにしたことを気にしているのだろう。
「いつもわたくし好みのブーケを贈ってくれるアッシュが選ぶのなら、きっと素敵なブーケができるわ」
「ッ!! あぁ。エルに似合う、エルの好みそうな花を選ぶよ」
「楽しみにしているわ」
一方は笑顔、もう一方は赤い顔で見つめ合っているふたりを、母親たちがほほえましそうに眺めている。
母親たちの視線に気付いたアシュレーは小さく咳払いをし、再びヨハンに視線を向けた。従者がもうひとつのブーケを差し出すと、それを受け取ったアシュレーはロザリンドの許に歩み寄った。
「侯爵夫人にはこちらを。気に入っていただけるといいのですが……」
ロザリンドのブーケは黄色を基調としたものだった。白、アプリコット、ピンクベージュの薔薇が数本入っていて、ロザリンドの亜麻色の髪とよく調和している。
「素敵なブーケ。わたくしの分までありがとう、アシュレーくん」
にこにこ笑うロザリンドだが、瞳はなにかを探っているかのように鋭い輝きを宿している。
「……我が家の薔薇を、見て頂きたかったものですから」
アシュレーは、己を見つめるとび色の瞳からそっと目を逸らした。薔薇を見てもらいたい気持ちもあったがそれは建前で、エルフィーネの母であり未来の義母となるロザリンドに少しでもよく思われたいというのが本音だ。ロザリンドのとび色の瞳は、そんなアシュレーの下心を見透かしているようだった。
そんなアシュレーの心情に気付いているのかいないのか、ロザリンドはアシュレーの言い訳をさらりと流す。
「ここの薔薇はとても美しいものね。エルちゃんもそう思うでしょう?」
「えぇ、とてもきれいでしたわ。薔薇だけじゃなくて、他のお花もとてもきれいだったし、わたくしはトピアリーがとても気に入りましたわ」
アシュレーとロザリンドの攻防に気付かず、公爵邸の庭を褒めるエルフィーネの明るい声によって、見えざる攻防の幕は下ろされた。
「公爵邸の庭を気に入ってもらえて嬉しいわ。エルちゃんだったらいつ来ても構わないから、好きな時に遊びに来てちょうだい。マクダレン、わかったわね?」
「かしこまりました、奥さま。お嬢さま、いつでもおいでください。使用人一同、心よりお待ち申し上げております」
にこにこ笑いながら言う二人の言葉は、社交辞令などではない。そう感じたエルフィーネは、ほほえんでその言葉を受け取った。
「ありがとうございます。アッシュがお手すきの時に、お訪ねさせて頂きますわ」
「そうしてちょうだい。息子だけじゃなく、わたくしにも会いに来てね。嫁とお茶をしたり、ドレスや髪飾りを選んだりしたいわ」
「わたくしも、マリアおばさまとは母娘のように仲良くしたいですわ」
さらりと自分のことを娘と呼ぶマリアベルの意図に気付かぬエルフィーネはやわらかく笑んだ。
未来の嫁と姑の攻防は、エルフィーネが攻防が起きたことに気付いてもいなかったため、姑の不戦勝となった。




