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31「芽吹きはじめた恋心」

 厩舎(きゅうしゃ)を後にした二人は、邸内に戻るため来た道を戻っているところだった。

 向かう先は、先刻まで居た応接室ではなく、薔薇園が見えるサロンだ。家令が気を利かせて、サロンにお茶の準備をするよう、手筈を整えたのだ。



「アッシュが言った通り頭のいい、とてもいい子だったわ。アッシュ、今日はステラに会わせてくれてありがとう」

「どういたしまして。俺の(うち)に来る時には、ステラとも会えるようにするよ。俺も、俺の相棒とエルが仲良くしてくれると嬉しいから」



 夜空色の瞳を甘くとろけさせるアシュレーに、エルフィーネの頬は薔薇園に咲いていた紅薔薇のように色付いた。

 エルフィーネはつないでいた手をきゅっと握り、



「楽しみにしているわ。ステラに会えることもだけど、アッシュとこんな風にお庭を歩くことも……」



 頬を染めたまま、ぽつりと呟いた。

 その呟きに、アシュレーの口がむずむずと動く。少しずつではあるが、彼女が自分に友情以上の好意を向けはじめてくれていることが感じられたからだ。

 アシュレーは歩んでいた足を止め、つないでいたエルフィーネの右手を、己の右手で包んだ。



「エルが俺と会う日を楽しみにしてくれているなんて、本当に嬉しいよ。俺の努力が無駄じゃなかったってことだから」



 嬉しそうに言うアシュレーに、エルフィーネの頬がますます濃く色付く。彼の言う“努力”が、自分に好意を示してきたことだとわかったからだ。



「それは、その……」



 返す言葉が見つからず、頬を薔薇色に染めたまま困ったように眉を下げるエルフィーネに、アシュレーは安心させるようにほほえんでみせる。



「エルを困らせるつもりはなかったんだ。エルも俺と同じ気持ちなんだと思ったら嬉しくて……ごめん」

「謝らないで。アッシュのせいじゃないもの。わたくしが、自分の気持ちをわかっていないから……」

「エル」



 己を責めるエルフィーネに、アシュレーがいつも彼女の名を呼ぶ時のやわらかいものとは違う、少しだけ強い声音で彼女の名を呼んだ。



「エルはなにも悪くない。俺がエルに恋をしていて、エルは()()そうじゃない。それだけのことだ。だから、俺は待つよ。エルが()()()()()()()()()()時まで」



 そう語るアシュレーの口ぶりは、エルフィーネが自分を好きになることを確信しているように聞こえる。いや、“確信しているよう”というか、確信しているのだろう。

 今はまだ“友情以上”の好意でしかないが、それがいつか恋情へと発展することを、彼女の言葉や仕草、自分に向けられる視線などから感じとっているのだ。



(焦る必要はない。結果が見えているのなら、エルの気持ちが俺と同じ感情(もの)になるまで待つなんて簡単なことだ)



 彼女が未だにアシュレーに握られている手を外そうとしないことも、彼の確信を深める要因のひとつだ。

 アシュレーはエルフィーネの利き手を包んでいる両手に一瞬だけ力をこめ、彼女にほほえみかけた。



「だから、エルは気にしなくていい。今まで通り地の日に俺と会って、エルの作ったお菓子を食べさせてくれれば、それだけで俺は幸せなんだから」

「アッシュは優しすぎるわ」

「好きな子に優しくしないわけないだろう?それに、エルには笑顔でいてほしいから」



 夜空色の瞳を細め、とろけるような甘い笑みを浮かべるアシュレーに、エルフィーネの胸がぎゅう、ときしむ。



(アッシュがわたくしに優しくしてくれるのは、わたくしのことが……好き、だからなのかもしれないけど、でも、そうじゃなかったとしてもアッシュは優しくしてくれた筈だわ。アズラエルたちにもていねいな挨拶をしてくれたし、ステラのことだって大切にしているようだったわ。そんな人が優しくないわけがないもの)



「アッシュ、ありがとう」



 彼の優しさに応えようと、エルフィーネはほほえんだ。



「どういたしまして。今日はたくさん歩いたから疲れただろう? 早く行こう」



 エルフィーネの手を握りなおし優しく言葉をかけると、彼女もつないだ手をきゅっと握り返した。



「えぇ、少し喉がかわいてしまったわ。それに、お部屋の中から見る薔薇も楽しみ」

「俺はエルのクッキーが楽しみだ」

「そんなに楽しみにしてもらえるなんて、作った甲斐があるわ。アッシュのお口に合うといいんだけど」

「マフィンもブラウニーもすごくおいしかったから、クッキーも気に入るよ、きっと」



 作った本人ではなく、まだ食べていないアシュレーが、なぜか自信たっぷりに断言した。



「まぁ。ふふ。そうね。アッシュがそう言うのなら、きっとアッシュのお口に合うわね」



 おかしそうに笑うエルフィーネを見て、アシュレーの顔にようやく自然な笑みが浮かんだ。自分の恋心のせいで想い人が表情を曇らせてしまっていたことを、彼は気に病んでいたのだ。



「エルのお菓子は世界で一番おいしいよ」

「褒めすぎよ。でも、そう思ってくれるのは嬉しいわ。わたくし、料理長にきちんとお菓子作りを教わろうと思っているの。新しく覚えたお菓子も食べてくれる?」

「もちろんだ。どんなお菓子を作ってくれるのか楽しみだな」

「まずはアッシュの好きなチョコレートを使ったお菓子を教えてもらうつもりなの。楽しみにしていてね?」



 にっこりと笑うエルフィーネの言葉に、アシュレーの顔が期待と喜びに輝いた。最初に自分の好物を使ったお菓子を覚えると言われて、喜ばない筈がない。



「すごく楽しみだ!!」



 満面の笑みを浮かべるアシュレーを見て、エルフィーネの笑みも深くなる。



「アッシュにおいしいと言ってもらえるように、わたくしがんばるわね」



 エルフィーネは決意を固めるかのようにつないだ手をきゅっと握り、アシュレーも彼女を励ますようにその手を握り返した。

 弾むような足取りで歩むふたりの後ろ姿は、侍女と従者の目には仲睦まじい恋人同士のようにしか映らなかった。


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