30「星と夜空」
公爵邸の庭では、薔薇が咲き誇っていた。色は、赤・白・ピンク・オレンジ……花形は、カップ・ロゼット・剣弁など、その数と種類の多さは、いっそ薔薇園と呼んだ方が相応しいほどだ。
美しく咲く薔薇を見たエルフィーネの瞳は、トピアリーを目にした時のようにきらきらと輝いた。その様子を見たアシュレーが、薔薇の花束を用意させると言い、彼女の瞳は更に輝きを増した。
庭に設けられた小さな池のほとりでは、アヒルの親子のトピアリーを見て、かわいい!! と珍しくはしゃぐエルフィーネの姿にアシュレーの頬はゆるみ、彼の従者であるヨハンはなにかを考える様子を見せた。
庭を抜けて厩舎に辿り着いた二人は、まっすぐアシュレーの愛馬の許へ向かった。厩舎は広く、馬房の数も二十以上はある。その中でも、アシュレーの愛馬の馬房は特に広かった。小さなポニーだから広く見えるというだけでなく、実際にエルフィーネが馬房の前を歩いて測ったのだ。
広い馬房は、アシュレーの愛馬の馬房以外にも幾つかあって、おそらく公爵家の人間の乗る馬のための馬房なのだろう。
そんな広い馬房に居たのは、額に白い星を持つ、つややかな栗毛の牝馬だった。
円らな黒い瞳は理知的な光を宿し、頭の良さを窺わせる。
「この子がアッシュの大切なお友達なのね? ごきげんよう。わたくし、アッシュのお友達のエルフィーネよ。よろしくね」
動物相手でもていねいに話すエルフィーネの姿に、アシュレーの口許がゆるむ。
(動物が相手でもきちんと挨拶をするエルは、真面目でかわいいな。使い魔や騎獣にも話しかけていたから、同じような気持ちで話しかけているのか?)
「アッシュ、この子を撫でてみたいのだけど……」
「いいよ。あまり強く撫でなければ大丈夫」
そう言うと、近くに居た馬丁に柵を外させた。そして、エルフィーネの手を取って馬房内へと足を踏み入れた。
「大人しい性格だけど、気をつけて近付いて」
「わかったわ。ありがとう」
エルフィーネはアシュレーに礼を言うと、ポニーの傍に寄り、再び話しかける。
「わたくし、あなたと仲良くなりたいの。あなたの身体に触ってもいい?」
ポニーは彼女の言葉を理解したように首を下げた。まるで、撫でてとでも言っているかのようだ。
「触ってもいいの? ありがとう」
エルフィーネはつややかな栗色の身体にそっと手を触れ、ポニーがイヤがる素振りを見せないことを確認すると、小さな手をゆっくりと動かし始めた。
「いい子ね。あなたのお顔にはお星さまがあるのね。とっても素敵」
額にある白い星をそっとひと撫ですると、アシュレーに向き直った。
「この子は女の子? それとも男の子?」
「女の子だよ」
「そう。だったら、星という名前はどうかしら? 夜空みたいなアッシュのお友達がお星さまだなんて、素敵じゃない?」
「ステラか……きれいだな。今日からお前の名はステラだ」
そう言ってステラの身体を撫でると、彼女は小さくいなないた。
「気に入ってくれたのかしら?」
「多分ね。ありがとう、エル」
「どういたしまして。わたくしこそ、こんなに素敵な子に名前をつけさせてもらってありがとう、よ」
嬉しそうに言うエルフィーネにアシュレーの頬がゆるんだ。
「こんなにエルに喜んでもらえるなんて、エルに名付けを頼んでよかった。あの日の俺を褒めてやりたい」
「まぁ。アッシュはいつでもわたくしを喜ばせてくれているわ。家に来たら必ずくれるブーケやお手紙、このリボンだってそうよ? アッシュがわたくしを喜ばせようとしてくれるその気持ちが、わたくしにとっては一番の贈りものよ。わたくしがアッシュに返せるのは、心をこめて作るお菓子ぐらいで、アッシュの気持ちに充分なお礼ができていないのに……」
「俺が好きでしていることだし、エルに俺のことをよく思ってほしいって気持ちもあるんだから、あまり気にしないで? それに、エルの作るお菓子はおいしいから、充分お礼になっているよ。……さっき母上にクッキーを渡していたけど、俺の分もあるよね?」
少しだけ不安そうに尋ねるアシュレーに、エルフィーネがくすりと笑みを零した。
「もちろんよ。アッシュの分もあるって言ったでしょう?」
「うん。エルは嘘を吐かないとは思っていたけど、もしかしたら忘れられているんじゃないかって、ちょっと不安になったんだ。そろそろ戻ってお茶にしよう? 早くエルの作ったクッキーが食べたい」
期待に満ちた眼差しで見つめてくるアシュレーに、エルフィーネがやわらかな笑みを浮かべる。
(わたくしのお菓子でこんなに喜んでくれるなんて……もう少し作れるお菓子を増やしてみようかしら?)
まずはアッシュの好きなチョコレートを使ったお菓子ね、と決意を固めるエルフィーネの手に、彼女よりも少し大きくて硬い手が触れ、そのまま手をぎゅっと握られた。
「えぇ。でも、その前にステラに挨拶をさせてくれる?」
「もちろん」
つないだ手は離さないまま、ふたりはステラの傍に寄り、エルフィーネがステラの白い星をそっと撫でた。
「今日はあなたに会えて嬉しかったわ。また会いましょうね、ステラ」
ステラはエルフィーネの手に顔をすり寄せ、返事をするように短くいなないた。
「わたくしの言っていることがわかるのかしら? 頭がいいのね」
さようなら、と彼女が左手を振ると、ステラはやはり返事をするようにいなないた。




