29「交渉」
アシュレーの恋心がロザリンドにバレるという一幕はあったものの(更に、後に母付きの侍女経由で家令のマクダレンに伝えられ、“情報共有”として、アシュレーの恋心がゼルウィガー邸の全使用人の知るところにもなったが)、その直後の微妙な雰囲気を除き、和やかに会話を交わしていた四人だったが、楽しい時間はすぐに過ぎるもので、マクダレンがもうすぐお茶会の時間だと母二人を呼びに来た。
「楽しい時間は過ぎるのが早いわね。エルちゃん、また後で会いましょうね。アシュレー、エルちゃんのお相手をよろしく頼むわよ」
「アシュレーくん、娘のことをお願いするわね。行ってくるわね、エルちゃん」
「お任せください」
「いってらっしゃいませ、マリアおばさま、お母さま」
母親たちが応接室を後にすると、アシュレーが立ち上がり、エルフィーネの傍までやって来て、
「庭に行こう。薔薇がきれいに咲いているんだ」
彼女に手を差し出した。
「お花が満開って言っていたお庭ね。お庭に行くのを楽しみにしていたの」
「それはよかった。きっと気に入ると思うよ」
エルフィーネが差し出された手を取り、ふたりで応接室を後にした。
×××××
お茶会が行われているサロンからは離れている庭に着くと、エルフィーネは蒼い瞳をきらきらと輝かせた。
アートレイデ邸の庭も美しく手入れされているが、ゼルウィガー邸はさすが建国から続く公爵家だけあって、庭の敷地は侯爵邸よりも広く、植えられている花や木の種類も多種多様である。中でも特にエルフィーネの目を惹いたのは、様々な形の美しいトピアリーだった。
「色んな形の木があるわ。あれは、庭師さんが作ったの?」
「あぁ。母上の意見も取り入れながら、庭師がデザインして作っていると聞いたことがある。トピアリーが気に入った?」
「トピアリーと言うのね。とっても素敵だわ。侯爵邸のお庭にも作れないかしら……?」
エルフィーネの言葉に、アシュレーの後ろに控えていた従者がぴくりと反応した。
「家によって庭のイメージは違うらしいから、難しいかもしれないな……そうだ。トピアリーが見たくなったら、いつでも家に来ればいいよ」
さりげなくエルフィーネを我が家に通わせようとするアシュレーに、彼女は、でも……と、表情を曇らせた。
「わたくしがアッシュのお邸に何度もお邪魔するのは……よくないでしょう?」
令嬢が婚約者ではない相手の家に行くのは、はしたないことだとされるのだ。逆に男性の場合は、婚約者を探している、または婚約の話をまとめている途中などと見られるため、あまり問題視はされない。
「俺が迎えに行けば問題ない。だから家に来たい時は、いつでも手紙をよこしてくれ」
「そんな……アッシュに迷惑をかけたくないわ」
表情を曇らせたままの彼女の手を握り、
「迷惑なんかじゃないさ。エルに会えるんだったら、毎日でも庭を見に来てほしいぐらいだ」
桜貝のような爪に、そっとくちびるを落とした。
「アッシュ……ッ!!」
エルフィーネは頬を染めるが、怒りではなく羞恥からなので、彼の手を振り払うようなことはしなかった。そして、そのことをアシュレーもわかっているからか、彼も彼女の手を離すようなことはしない。
「そうだ。いつもは俺がエルの家に行っているから、来週はエルが家に来ればいい。これからは、エルの家と俺の家、かわりばんこに行くようにしないか?」
「かわりばんこ……」
「あぁ。エルの家に行くのもいいが、今日みたいに俺の領域にエルが来てくれるというのも楽しいから」
ね? とほほえみかけるアシュレーに、エルフィーネはつい首を縦に振ってしまった。
「やった!!」
「きゃっ。アッシュ、手を……」
「ご、ごめん!! 嬉しくて……」
アシュレーは喜びのあまり、エルフィーネの柔らかな手を強く握りしめていたようだ。
エルフィーネを傷つけてしまったとしょんぼり肩を落とすアシュレーに、エルフィーネがくすりと笑みを零す。
「少し痛かっただけだから、気にしないで。ね?」
「エル……ありがとう。エルは優しいな」
「そ、そんなことないわ。わたくし、お庭を歩きたかったの。行きましょう?」
アシュレーの甘い笑みに動揺した己を隠すように少し早口で告げる彼女に、アシュレーは口許をゆるめ、再び彼女の手を取る。
「ご案内致します、レディ」
「えぇ。エスコートをお願い致しますわ」
おどけた口調で誘うアシュレーに、エルフィーネも同じように返すと、ふたりの間にあった微妙な空気は霧散した。
手をつないで歩くふたりの後ろ姿を、従者のヨハンが満足そうな表情で見つめていた。




