28「だだ漏れ」
アートレイデ母子が通されたのは、応接室だった。サロンではすでにお茶会の準備が整っているからだろう。応接室は品のよい調度でまとめられていた。
四人はゴブラン織りの長椅子に腰を下ろした。
「エルちゃん、今日は来て頂いてありがとう。わたくし、エルちゃんとお話がしたかったのよ。それに、渡したいものもあって……」
と、マリアベルは控えていた侍女から手渡された薄紅色の薔薇の刺繍が施された袋を、エルフィーネに差し出した。
「お気に召すといいのだけど」
「ありがとうございます……開けてみてもよろしいでしょうか?」
「えぇ。どうぞ」
贈り主に許しを得て、エルフィーネは袋を開いて中に入っているものを取り出した。
「素敵……」
それは髪飾りだった。幅の広いトーションレースをリボン結びにし、結び目の部分にシフォンでできた薄紅色の薔薇が配されている。
「マリアおばさま、こんなに素敵な髪飾りを頂いて……わたくし、とても嬉しいですわ。本当にありがとうございます」
「喜んで頂けてよかったわ」
「今着ているお洋服にも合いそうね」
母の言葉に娘は頷いた。
今日のエルフィーネの装いは、所々に生成り色のレースが飾られている、ローズピンクのプリンセスラインのワンピース。色味的にも、髪飾りとよく調和がとれそうだ。
「マリアおばさま、早速着けてみてもよろしいでしょうか?」
「!! えぇ、もちろん。わたくしも着けた所を見てみたいわ」
マリアベルの言葉を受け、エルフィーネは立ち上がり、傍に控えていたマーガレットに髪飾りを着けてくれるよう頼む。今着けているものは、アシュレーからの贈りものだ。なので、
「このリボンは着けていたいの」
そう告げると侍女は、
「かしこまりました。今のままですとバランスが悪くなるので、一旦ほどきますね」
と言って、しゅるりとリボンをほどいた。そして髪飾りを着けると、レースのリボンに添わせるように蒼いリボンを結びなおした。
「ありがとう。包みをくれる?」
「どうぞ」
マーガレットは、手にしていた籐の籠からリボンがかけられた布の包みを取り出し、エルフィーネに手渡した。
エルフィーネがマリアベルの傍に行くと、髪飾りを着けた姿が見たいと言われたので、彼女に背を向けた。
「やっぱり、エルちゃんによく似合うわ。わたくし、娘を着飾るのが夢だったの。ねぇ、これからもエルちゃんに贈りものをしてもいいかしら?」
楽しそうな声音と表情で言われたエルフィーネは、母に助けを求める視線を向けたが、母はにこりとほほえむだけだった。
(お受けしなさい、ということね。ご厚意は嬉しいけど、いいのかしら?)
髪飾りとはいえ、公爵家出入りの商会の扱う品なので、やはりそれなりの金額はするものだ。そんなものを、ただの友人の娘でしかない自分が何度も贈られてもいいのだろうかと。
しかし、公爵夫人の望みである上、母も認めているのだからエルフィーネが断れるはずもなかった。
「ありがとうございます。光栄ですわ」
エルフィーネはきれいにほほえんでみせた。楽しそうなマリアベルの表情から、公爵夫人が言った“夢”の話が本当なのだと感じた彼女は、恐れ多いことだが自分が娘代わりになることでマリアベルの夢が叶うのなら、と受け入れたのだ。
エルフィーネはマリアベルに近づき、手にしていた包みを差し出した。
「髪飾りのお礼、というには足りませんけど……クッキーです。わたくしが作りました」
「まぁ、エルちゃんの手作り!! 嬉しいわ。アシュレーから聞いて、一度食べてみたいと思っていたの。ありがとう」
「喜んで頂けてよかったですわ」
エルフィーネが長椅子に腰を下ろすと、マリアベルが背筋を正して彼女のことをじっと見つめていた。
「マリアおばさま……?」
「エルちゃん。わたくし、エルちゃんにとても感謝しているの」
マリアベルの言葉に、エルフィーネは小首を傾げる。
「アシュレーと仲良くしてくれて、ありがとう。エルちゃんとお友達になってから、この子は本当に楽しそうなの、色々と」
「わたくしも、アッシュと過ごす時間は楽しくて、毎週地の日が楽しみなんですの。アッシュと仲良くなれて嬉しいのは、わたくしも同じですわ。ですから、感謝されるようなことではありませんわ」
花が綻ぶようにほほえむエルフィーネに、マリアベルもにこりとほほえみを返す。
(なんてかわいいのかしら!! あぁ、やっぱりわたくしの義娘になるのはエルちゃんしか居ないわ)
そんな狩人の心の内など知る由もない侯爵家の母子は、にこにことほほえんでいる。しかし、マリアベルの隣に座る息子は、母がなにかよからぬことを考えていることに気付いた様子ではあったが、なにも発言することはなかった。
(多分、エルのことを娘に欲しい、とか考えているんだろうな)
母が自分とエルフィーネの婚約に乗り気であることも、彼女自身を気に入っていることも知っている。けれど、母が表立って自分と彼女を結びつけようとはしないこともわかっている。なので、アシュレーも母に対して行動することはない。むしろ、外堀をそうとは気付かれぬように埋めてくれればもうけものだと思うほどだ。
(折角エルに会えたんだ。母上よりもエルと話をしている方がよほどいい)
という訳で、
「エル、俺はエルと出逢えて本当に幸せだ。エルもそう思ってくれているのなら、とても嬉しいよ」
いつもと同じように話しかけると、エルフィーネは頬を染めて俯いてしまった。
「エル?」
一体どうしたのだろうと、アシュレーが不思議に思っていると、それぞれの母親の視線が自分に向けられていることに気付く。
「? どうかしましたか?」
「い、いいえ。アシュレーくんは、エルちゃんのことを大切なお友達だと思ってくれているのね」
「アシュレー……こんな所までアレンさまに似なくても」
マリアベルの後半の呟きは、幸いにも隣に座るアシュレー以外の耳に届くことはなかったが、母の言葉に息子は小首を傾げた。
(なぜ母上は急に父上のことを口にしたんだ?)
アシュレーは気付いていない。エルフィーネとふたりきりのお茶会の時と同じように、彼女に恋をしているとひと目でわかる声音と表情でエルフィーネに話しかけていたことを。
そして、その様子を見ていたロザリンドに、己の気持ちがすっかりバレてしまったことを。
本人だけが気付いていないのだった。




