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27「一致団結」

 かすかに揺れる馬車の中で、エルフィーネは小さな手を握りしめていた。



(もうすぐアッシュのお(うち)に着くのね。公爵家のお邸は、どんな建物なのかしら?)



 アートレイデ邸は白い壁に朱色の屋根である。侯爵家のタウンハウスだけあって敷地は広く、邸もそれなりの大きさだ。しかし、公爵家、それも初代王弟の興した家であるゼルウィガー家の邸は、きっとアートレイデ邸よりも大きいのだろう。

 以前アシュレーが、領地の本邸(マナーハウス)は邸ではなく城、というよりも城塞だと話していたことがあるので、タウンハウスの大きさも推して知るべし、である。

 ぼんやりと思索に耽っていると、馬車が少しずつ減速し、やがて停車した。

 馬車を降りると、目の前に広がっていたのは年月を感じさせる重厚な外観の館だった。黒みがかった朱色の壁に、青みがかった灰色の屋根の四階建てだ。



「……大きいお(うち)

「さすがはヴァンブレイス公爵家のお邸よねぇ。大きくて威厳に満ちているところがアレンシードさまにそっくりだわ」



 母の言葉に、娘は小首を傾げる。



「アッシュのお父さまは、怖い方なんですの?」



 邸を見た時に感じた威圧感を、幼いエルフィーネは恐怖と捉えたようだ。

 娘の言葉に母は、ふ、と口許をゆるめた。



「アレンシードさまは怖いお方ではないわ。たしかに身体は大きいし、とても威厳に満ちていらっしゃるけど、とても穏やかで優しい紳士よ」

「そうなのですね」



 公爵邸の威容に呑まれていたエルフィーネは、母の言葉に少しだけ気を緩めた。



「さぁ、行きましょう」



 ポーチに向かい歩き出した母に続き、エルフィーネもとことこと歩みを進める。

 重厚な黒檀の扉が、使用人の手によってゆっくりと開かれた。



×××××



 母子(おやこ)が玄関ホールに足を踏み入れると、出迎えの使用人たちに()じっている子供の姿を見つけた。



「アッシュ!!」



 思わず声を上げてしまったエルフィーネは、はっと辺りを見渡してサンゴ色のくちびるを閉ざした。



(使用人の方たちに、はしたないと思われてしまったかしら……?)



 さりげなく使用人たちの顔を見るが、呆れたような表情の者は居なかったことにほっとした。

 使用人たちはといえば、表情には出さなかったものの、非常に驚いていた。“闇持ち”であるアシュレーに、あれほど嬉しそうに声をかける令嬢が居たことに。

 彼らは“闇持ち”を怖れてはいるが、アシュレー個人のことを嫌っている訳ではない。敬愛する主人夫婦にようやく恵まれた子供―それも男児―であるアシュレーのことを、主人夫婦と同様に敬愛している。しかし、王家の血の流れる公爵家の嫡男が“闇持ち”であったことに落胆した者は多かった。“闇持ち”というだけでも生き辛いのに、それが次期ヴァンブレイス公爵ともなれば、要らぬ苦労が増えることは目に見えていたからだ。その“要らぬ苦労”の中には、もちろん結婚も含まれる。政略で相手を得ることはできるだろうが、それではアシュレーを愛し、支えてくれる女性が妻になるとは限らない。だから使用人たちはエルフィーネの様子を見て思った。

 このお嬢さまを、決して()がしてはならない、と。

 それからの彼らの動きは速かった。

 家令はまず従僕に庭師の所へ行き、少女の好みそうな花を用意するように命じ、メイドには二人に出すお茶菓子の種類を増やすように厨房に伝えに行かせた。

 瞬きの()に行われた使用人たちのやり取りに気付くことなく、エルフィーネは改めてアシュレーに挨拶をする。



「ごきげんよう、アシュレーさま」



 小さな淑女はていねいな挨拶をしたが、その頬は濃い桃色に染まっており、アシュレーは口許をゆるめた。



「ようこそいらっしゃいました、エルフィーネ嬢。侯爵夫人も、ごぶさたしております」

「ごきげんよう、アシュレーくん。お出迎え、痛み入りますわ」



 三人で挨拶を交わしていると、奥に見える階段からマリアベルが降りてきた。



「いらっしゃい、ローザ、エルちゃん。会えて嬉しいわ」

「お招きありがとう、マリア」

「マリアおばさま、お久しぶりですわ。本日はお招き頂き、ありがとうございます」



 礼を取るエルフィーネに、マリアベルの頬がゆるむ。



「わたくしがエルちゃんに会いたかったのよ。お部屋でゆっくりお話しましょう」



 身を翻し歩き始めたマリアベルの後を、三人も追いかける。



「エル、会いたかった」



 エルフィーネの隣を歩くアシュレー(もちろん、今日もエスコートのために彼女の手を取っている)が、声を潜めて話しかけると、彼女の頬が紅薔薇色に染まった。彼の声音はいつも通り甘かったが、声を潜めているからか普段とは違う印象(幼いエルフィーネにはわからないが、一般的には“色気”と呼ばれるものである)に感じられたからだ。



「き、昨日も会ったわ」

「あぁ。でも俺は、毎日エルに会いたいと思っているから」

「ッ……!!」



 エルフィーネはそれ以上言葉を紡ぐことができず、くちびるをきゅっと引き結んで、無言で母親たちの後に続いた。



(ちょっと攻め過ぎたか……?)



 アシュレーは心底楽しそうな笑みを浮かべ、想い人の隣を黙って歩み続けた。

 そんなふたりの様子を、家令が潤んだ瞳で見つめていることも知らずに……。


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