26「招待状」
「薔薇を愛でる会……?」
「えぇ。王妃さま主催の園遊会よ。第二王子殿下と年齢の近い子供の居る、伯爵家以上の家が招待されているようよ」
招待状が届けられたのは今朝のことだというのに既に参加者について把握しているのは、午後に出席したお茶会で世間話という名の情報収集をしていたからだろう。
「母上、それは……」
エリファスがなにかを言いかけたが、母に強い視線を向けられ、開いていた口を閉ざした。
今は夕食後のティータイムで、父を除くアートレイデ家の面々がパーラーに揃っている。珍しく兄弟が夕食前に帰って来たため、母が息子たちも誘ったのだ。
「ヴィンスフェルトはエルと同い年だったな。エルにもアシュレーどの以外の年の近い友達ができるいい機会じゃないか?」
「そうね。きっと、女の子のお友達がたくさんできるわよ」
母と姉の言葉に、エルフィーネは曖昧に頷いた。年齢の近い子供たちばかりとはいえ、大勢の知らない相手と会うことは、やはり少しだけ怖ろしかった。
そんな妹の様子に気付いたのか、気遣わしげに自分のことを見つめる次兄に、妹はにこりとほほえんでみせた。
(怖がってばかりいてはダメよね。少しずつでも前に進まなくちゃ)
「お母様、その園遊会にはアッシュも招待されているのですか?」
まだ少しだけ恐怖心はあるものの、アシュレーが居るのならば頑張れそうだと思い、尋ねてみる。
母は紅茶で喉を潤した後、にっこりと笑った。
「もちろんよ。アシュレーくんは三公爵の嫡男ですもの。呼ばれないわけがないわ」
「アッシュが居るのなら、安心ですわ」
母の言葉に、エルフィーネは安堵した。
「エルは、閣下のご子息と仲がいいのだな」
珍しく長兄から話しかけられたエルフィーネは、一瞬きょとんとして、なにかを思いついたように頷いた。
「……アッシュのことですわね。えぇ。お母さまがマリアおばさまとアッシュをお招きしてから、アッシュとは毎週会っていますの。今ではとても仲良しのお友達ですわ」
マティアスの言う“閣下のご子息”が誰なのか、思い至るまでに時間がかかったようだ。
「そうか……よかったな」
淡い赤色の瞳を細め、マティアスはコーヒーの入ったカップを傾ける。その様子を見たエリファスは、苦いものを飲んでしまったような表情になった。コーヒーの苦みが好きではないエリファスは、兄の味覚だけは信用できないと言い、その度兄に子供だな、とからかわれているのだ。だから言葉にはしなかったのだが、兄には弟の気持ちなどお見通しだったらしく、エリファスの顔を見てにやりと笑んだ。そんな兄の顔を見た弟の顔が再び歪む。
兄弟の見えざる攻防に気付かぬ末の妹は、長兄の言葉に輝くような笑みを浮かべ、
「はい!!」
と元気に返事をした。
言葉こそあっさりとしていたが、エルフィーネとアシュレーの仲がいいことを心から喜んでくれていることがわかったからだ。
王都に来て初めて見せたエルフィーネの満面の笑みに、エリファス以外の家族はもちろん、見慣れているはずのエリファスさえも目を瞠った。彼が驚いたのは、妹が笑顔になった理由が“アシュレーと仲がいいことを喜んでもらった”からである。
妹溺愛兄としては由々しき事態だった。かわいい妹に悪い虫が!! と。
アシュレーのことは以前から警戒をしていたものの、(溺)愛する妹にあれほどの笑顔を浮かべさせたということで、晴れて悪い虫認定となった(アシュレーからすれば、迷惑極まりない話だが)
エリファス以外の家族は、仲のいい友人ができたことを自慢するエルフィーネのことを、優しい眼差しで見つめている。
「園遊会でも、アシュレーくんと同じぐらい仲良しのお友達ができるといいわね」
「エルは素直でかわいいから、きっとできるよ」
「オリヴィエの言う通りだ。自信を持て、エル」
エルフィーネの不安をやわらげるような言葉に、彼女の心にかすかに残っていた恐怖心はすっかり影を潜めた。
「わたくし、頑張りますわ」
そう言いきったエルフィーネの蒼い瞳は強い意志が漲り、きらきらと輝いている。
最初は憂鬱でしかなかった園遊会への招待だったが、同性の友人を作るという目標ができ、心が前向きになったようだ。
園遊会に対して乗り気になった妹に、次兄は小さく溜息を吐いた。この園遊会がただのお茶会ではないことを、彼はわかっていたからだ。




