25「予感」
五月に入り、陽射しに少しだけ鋭さが加わってきたが、吹く風は涼しく爽やかなため、今日もまたふたりはガゼボで語らっている。
今日のエルフィーネは、ネイビーブルーのサンドレスに、レースのボレロを羽織っている。サンドレスのウエストと裾には蒼いリボンが飾られていて、彼女の髪を彩る蒼いリボンとも相性のいい一着だ。今日もエルフィーネが自分の贈りものを身に着けてくれていたことに気付いたアシュレーの機嫌は、もちろん上昇した。
(エルのことを俺が選んだもので飾るのは、きっとすごく楽しいだろうな)
彼女への贈りものを選んでいた時も、悩みながらもとても楽しい時間だった。アシュレーは、その内また母に商会を呼んでもらおうと決めた。
「明日は家の案内をするよ。エルに見せたいものがいっぱいあるんだ。庭の花も満開だし、俺が馬術の練習で乗っているポニーもすごく頭のいい奴だから、いつかエルに見せてあげたいと思っていたんだ」
「まぁ、嬉しいわ。わたくし、お馬さんとはあまり会ったことがないの。とっても楽しみだわ」
動物が好きなエルフィーネは、ポニーに会えることがとても嬉しいようだ。
(お馬さん……かわいいな。犬や猫にも“さん”をつけるんだろうか)
内心で考えていることなどおくびにも出さず、アシュレーは口を開いた。
「家の馬を見に行ったりはしないのか?」
「危ないから近付いちゃいけないって言われているの。エリィ兄さまのお馬さんにも、あまり触らせてもらえないし……」
「そうなんだ。俺のポニーは大人しいから、触ってみるといいよ」
「嬉しいわ!! アッシュのお馬さんはなんてお名前なの?」
エルフィーネの問いに、アシュレーは不思議そうな表情を浮かべた。
「名前? 特につけていないけど」
「そうなの? エリィ兄さまは必ず名前をつけているから、名付けるものなのだと思っていたわ」
「へぇ。兄君の馬はなんて名なんだ?」
尋ねると、エルフィーネは小さく声を上げて笑い、
「コルネットっていうの」
「クロワッサン? 変わった名前だな」
アシュレーが言うと、エルフィーネはやはりころころと笑う。
「彼女の毛色が焼きたてのコルネットみたいだから、そう名付けたんですって。コルネットの前の子には、四月生まれだから四月って名前をつけていたそうよ」
自分の相棒だから、と必ず名前をつけるようにはしているが、なかなかいい名前を思いつかず、結局見た目や生まれ月、季節などの単純な名前をつけてしまうらしい。
「へぇ。そうだ。もしよければ、俺のポニーに名前をつけてくれないか?」
「わたくしがつけていいの?」
「あぁ。正直、俺も兄君のような名付け方になりそうな気がするんだ。だから、エルに名前をつけてもらいたい」
スコーンにイチゴジャムとクロテッドクリームを塗りながら、アシュレーは言った。もちろん、今日のお茶請けのスコーンも、エルフィーネのお手製である。
「わかったわ。その子に会っていい名前が浮かんだら、名前をつけさせて頂くわね」
「あぁ、よろしく頼む」
もうすぐポニーから若い馬に変えて訓練をすることになるが、ポニーの世話は今まで通り(馬丁に手伝ってもらいながらだが)自分でするつもりなので、想い人のつけた名を呼ぶことにより、今までも大切にはしていたが、今までよりももっと愛着が湧きそうである。
スコーンを味わいながらぼんやりと考えていると、エルフィーネがやわらかい笑みをうかべてアシュレーのことを見つめていた。
「どうしたの?」
「アッシュがとても優しいお表情をしていたから。その子のことが、本当に大好きなのね」
エルフィーネの言葉にアシュレーはぽかんとし、首を傾けた。
「優しい表情?」
たしかにポニーのことは気に入っているし大切にもしているが、先ほど彼が思い浮かべていたのは目の前でほほえんでいる想い人だ。
なので、アシュレーが優しい表情を浮かべていたというのなら、それは、
「エルが名前をつけてくれるのなら、きっと今まで以上にポニーのことをかわいがれそうだと考えていたんだ。だから、ポニーのことは好きだけど、俺が優しい表情をしていたというなら、それは大好きなエルのことを考えていたからだ」
先ほどエルフィーネが見た時よりも更にやわらかく優しい笑みを浮かべ、エルフィーネが大好きだと告げる甘い声音に、真夏の太陽の下に居るのではと思えるほど、エルフィーネの顔、だけでなく首までもが一瞬で朱に染まった。
「アッシュ……」
なにか言わなければ、と思うけれど、なにを言えばいいのかわからず、結局エルフィーネはアシュレーの名をぽつりと呟いたきり、口を閉ざした。
自分に異性として好意を寄せてくれているのかはまだわからないが、明らかに自分のことを“友達”以上に意識している様子の想い人に、アシュレーの笑みが深くなる。
(慌てる必要はないだろうが、師範のおっしゃる通り俺からエルを奪おうとする奴が居るかもしれないから、そうそうのんびりもしていられないか。もう少し積極的に攻めるとしよう)
今まで以上にアプローチをしていくことを決めたアシュレーの顔を見たエルフィーネは、ぷるりと身体を震わせた。アシュレーに全力でアプローチされる今後の自分を予感したのかもしれない。
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アシュレーが家に帰ると、なぜか母付きの侍女に出迎えられ、そのまま母の私室へと連れて行かれた。
そして、そこで母から告げられた言葉に、アシュレーは嫌な予感を覚えたのだった。




