24「師の不吉な言葉」
ゼルウィガー邸の裏庭に造られている屋内修練場に、なにかを打ち合っているような乾いた音が響いている。
広い館内には二人の人間しか居らず、少年が大柄な男性と木の剣を打ち交わし合っていた。
「アートレイデ嬢とはどうだ?」
「ッ……どう、とは……ッ?」
「うまくいっているのか、ってことだ」
「くッ……なんとか、俺のことを……友達、以上には……ッ!! 思ってもらえて……いるかと……ッ!!」
アシュレーの握る木剣が、レオの木剣により弾き飛ばされる。
「……ありがとう、ございました」
痺れる両手をまっすぐ伸ばし、肩で息をしながらアシュレーは師に頭を下げた。
「アートレイデ嬢の名を出した時、わずかに剣の動きがブレた。剣を握っている時は、ほんの一瞬の隙が命取りとなる。彼女を護ると言うのなら、彼女が己の弱みとならぬよう励め」
「はい、精進します」
アシュレーが再び頭を下げると、レオはそれまでの硬い雰囲気を一変させ、快活な笑みを浮かべた。
「で、詳しい所はどうなんだ?」
「……先ほど言った通り、ただの友達以上には見られていると思います」
「ほぅ。つまり、婚約するにはまだまだ時間がかかる、ということだな?」
にやにや笑いながら告げられた言葉に、アシュレーの片眉がぴくりと上がる。
「婚約するだけなら、すぐにでも可能でしょう。侯爵夫人は喜んで認めてくださるはずですから。ですが、それではエルの気持ちを無視することになります。俺はエルの心が欲しいんです。婚約はあくまでその結果であって、目的ではありません。ですから、婚約までにはもう少し時間がかかるでしょう」
「そんな悠長なことを言っていて、横からかっさらわれても知らんぞ」
「まだお茶会に呼ばれることもありませんから、エルが俺以外の男と出会う可能性は低い。そう慌てる必要もないと思いますが?」
「どうだか。王太子殿下の婚約は十才の時に決まったが、婚約者の選定自体はその三年ほど前から始まっていたと聞く。たしか、第二王子殿下はお前と同い年だろう? もしかしたらアートレイデ嬢が候補に挙がっているかもな」
「同い年……そうでしたか。もしエルの名が挙がっているとしたら、その時は使えるものは全て使って、エルが婚約者になるのを止めますよ。なんなら、俺から彼女に婚約を申し込んでもいい……俺からエルを奪おうだなんて、許さない」
ぼそりと呟かれた言葉は、レオに届くことはなかった。
アシュレーは軽くこぶしを握ると、弾き飛ばされた木剣を回収し、師の前に立ち頭を下げた。
「お待たせしました。よろしくお願いします」
レオがアシュレーにエルフィーネとのことを訊いていたのは、半分ほどは本人の興味もあっただろうが、アシュレーの手が剣を握られるようになるのを待つためだった。アシュレーもそのことをわかっていたから、師の話に付き合っていたのだ。
弟子の言葉にレオは無言で頷き、師弟は再び剣を合わせ始めた。




