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23「攻守交代?」

「森に?」

「えぇ。元々、アズラエルたちと森に行く約……予定だったのだけど、エリィ兄さまがお休みになったから、エリィ兄さまも一緒に森へ出かけたの」

「そうなんだ。どんなことをして過ごしたの?」



 アシュレーは早くも二個目となるクルミ入りのブラウニーに手を伸ばしながら問いかけた。

 最初ブラウニーを目にしたアシュレーは夜空色の瞳を輝かせ、実際に口にすると、瞳だけでなく表情も輝かせた。そんな姿を見たエルフィーネは、アシュレーはどうやらチョコレートが好きなようだと心に刻んだ。



「特になにかをしたわけではないの。皆で森の中を歩いたり、咲いているお花を眺めたり……アズラエルがとてもはしゃいでいたから、シルフィードは大変そうだったけど」



 (あるじ)に対して過保護なシルフィードだが、弟分であるアズラエルに対しても彼は過保護だった。兄妹はアズラエルが二才という年齢の割にしっかりしていることを知っているため、常に一緒に居なくてもいいと考えていたのだが、シルフィードはそうではなかった。エリファスが居たからか、エルフィーネではなくアズラエルの傍から離れなかったのだ。



「とても楽しい一日だったんだね」

「どうしてわかったの?」

「エルの笑顔が、すごくかわいかったから」

「か、かわいいって……」

「いつもの笑顔もかわいいけど、さっきはとても楽しそうに笑っていたから、すごく楽しかったんだと思ったんだ」



 エルフィーネの表情の違いから、彼女の感情を読みとったということらしい。わずかな表情の違いに気付けるということは、つまりそれだけエルフィーネのことをよく見ているということでもある。

 そのことに気付いたエルフィーネは、ぽっと頬を染めた。

 しかし、言った本人は当然のことを口にしただけなので、なぜ彼女が照れたのか理解できなかったらしく、ことりと首を傾げていた。



「エル?」

「そ、そういえば、マリアおばさまがわたくしをお(うち)にお招きくださったそうなのだけど、アッシュは聞いている?」



 唐突な話題の変換をアシュレーは不思議に思ったものの、それを言葉にすることはしなかった。自分でも尋ねようと思っていたことだったからだ。



「あぁ、聞いている。どうやらエルに会いたくて侯爵夫人にわがままを言ったようだ。侯爵夫人とエルには悪いと思うが、俺としてはエルに会える機会が増えたから、今回ばかりは母上のわがままに感謝している」



 今回ばかりは、という言葉からアシュレーは度々母のわがままに振り回されているらしいことが窺えるが、エルフィーネがそのことに気付くことはなかった。

 なぜなら、



(この話題でもダメなの……?)



 ゼルウィガー邸に招かれたことを話題にすればアシュレーの攻勢も緩むかと思ったのだが、流れるように好意をくちびるに乗せるアシュレーに、エルフィーネの心臓がはじけてしまいそうになったからだ。ドキドキとうるさい心臓を必死でなだめながら、なんでもない風を装った笑みを形作る。しかし、頬に集まる熱を冷ますことまではできなかった。



「わたくしもマリアおばさまともっとお話をしたいと思っていたの。だから、お誘い頂けてとても嬉しいわ。マリアおばさまは甘いものはお好きかしら? 招待してくださったお礼に、お菓子をお渡ししようと思ったのだけど……」

「エルの迷惑になっていなければいいんだ。母上も甘いものは好きだから、きっと喜ぶと思うよ。持って行くものは……そうだな、クッキーなんてどうかな?」



 クッキーを提案したのには理由(わけ)がある。単純に持ち運びしやすそうなことと、彼女が作ったクッキーをまだ食べたことがなかったからだ。アシュレーが母に頼めば、きっと分けてくれるだろうという打算も込みのチョイスである。

 そんな下心に(まみ)れたアシュレーの提案に、エルフィーネは小さな両手をぱちんと合わせ、ぱぁっと輝くような笑みを浮かべた。



「それはよかったわ。アッシュの言う通り、クッキーにするわね。何種類か作って少しずつ詰めたら、飽きずに召し上がっていただけるものね。アッシュはチョコレートが好きみたいだけど、マリアおばさまはどんなお味がお好みかしら?」

「お、俺の好みがわかるのか?」



 珍しくアシュレーが頬を赤らめている。エルフィーネが、自分からはなにも言っていないのに己の好みを把握していたからだろう。



「えぇ。マフィンもチョコチップ入りのものを多く食べていたし、ブラウニーだって……もう五個目だわ」



 アシュレーがエルフィーネのことをよく見ていたように、彼女もまたアシュレーのことを見ていたのだ。図らずも、アシュレーは先ほどのエルフィーネと立場が逆転してしまった。



「アッシュ?」

「あ、いや……母上はたしかナッツが好きだと言っていたと思う、から、ナッツの入ったクッキーがあれば喜ぶんじゃないか?」



 落ち着きなく紅茶を飲んでいたアシュレーだが、エルフィーネに見つめられ、まだ冷静さを取り戻せていないまま言葉を返した。



「そうなのね!! だったら、アーモンド入りのクッキーを作ることにするわ。あとは、ココア味と、紅茶の葉を混ぜたものなんてどうかしら?」

「おいしそうだな。母上のきっと喜ぶと思うよ」

「アッシュはなにがいい?」

「俺?」

「えぇ。アッシュの分も作るんだもの。アッシュの好きなものを作りたいわ」



 当たり前のように自分の分も用意すると言ったエルフィーネに、アシュレーの口許がむずむずとゆるむ。



「俺はチョコレートが好きだから、ココア味を多めにしてもらえると嬉しいよ」



 アシュレーの言葉に、エルフィーネは満面の笑みを浮かべる。



(やっぱりアッシュはチョコレートが好きなのね……そうだわ。プレーンとココアのアイスボックスクッキーも作りましょう!! きっと喜んでもらえるわ)



「わかったわ。頑張ってとびっきりおいしいクッキーを作るから、楽しみにしていてね」

「あぁ。クッキーもだけど、二日続けてエルと会えることも、楽しみにしているよ」



 甘やかな笑みを浮かべるアシュレーに、再びエルフィーネの頬は薔薇色に染まるのだった。


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