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21「精霊の祝福」

「楽しいこと……と言うか」

『風の子らは面白がっているのであろう』



 そう言うシルフィードの声音も常より少しだけ弾んでいて、彼自身も風の精霊たち同様“なにか”を面白がっていることが窺える。



「面白がっている? 一体なにがあったんだい、エル?」

「そ、それは……」

『闇の王の愛し子が、エルに心底惚れこんでいる、という話をしていただけよ』

「シルフィード!!」



 珍しく声を荒らげる己の(あるじ)に、シルフィードはくつくつと笑う。しかし天虎(ウィンドタイガー)の発言を聞いた(あるじ)の兄は整った眉をひそめた。



「あのお茶会は、婚約者を決めるためのものではないと言っていたよね、エル?」

「え、えぇ。わたくしは、アッシュのことはお友達として……」

『だからと言って、あの小僧がエルに惚れないとは言いきれまいよ。実際、エルに懸想(けそう)しておるのだから』



 シルフィードの言葉に、エリファスは小さく(うな)り肩を落とした。



「エルは優しくてかわいいとても魅力的な女の子だから、エルを好きにならない男なんて居るわけがないことはわかっていたけど……」



 妹びいきの過ぎる発言に、シルフィードはわざとらしく溜息を吐き、妹は淡く頬を染めたが、口を開くことはしなかった。何か言ったところで、反論されるのが目に見えているからだ。



『ねぇ、エル。エルはあの子のこと、どう思っているの?』



 おそるおそる声をかけてきたのは、エルフィーネの掌ほどの大きさの黒いもふもふの毛玉だった。毛玉は一対の薄紫の瞳を持っている。



「あの子?」

『うん。僕らの王さまの大切な子。王さまだけじゃなくて、僕らもあの子が大好きなんだ』



 闇の低位精霊は、エルフィーネの目の前をふよふよと漂いながら言った。



「クロちゃんたちはアッシュのことが大切なのね」



 エルフィーネはやわらかな笑みを浮かべ、ふわふわの黒い毛玉を撫でた。闇の精霊の毛は長く柔らかで、シルフィードやアズラエルとはまた違った感触で、彼女のお気に入りだ。



『うん。あの子には笑っていてほしい。愛する人と幸せになってもらいたいんだ』

『僕たちと王さまの願いなんだ……あの子の幸せが』



 闇の精霊たちの声音は、ひどく切なげなものだった。



「わたくしもアッシュのことが好きよ。大切なお友達だもの。だから、彼が悲しむようなことがなければいいと思うわ。あんなに優しい方が闇の魔力を持っているというだけで嫌われるのはおかしいと思うもの」

『エルの言う通りだよ。あの子はなんにも悪くない。だって、あの子は悲しかっただけだもの』

『悲しくて悲しくて、どうしようもなくなっちゃっただけなんだ』



 悲しげな声音で話す闇の精霊たちに、エルフィーネは首を傾げる。



「あの子? アッシュのこと、ではないわよね」

『あの子はあの子だよ』

『ずーっと前から闇の精霊()たちの大切な子』



 謎かけのような言葉にエルフィーネは再び首を傾けるが、答えを得ることはできなかった。



『闇の、余計なこと言うと怒られちゃうよー』

『そうだよー』



 シルフィードたちとたわむれていた風の精霊に忠告を受けてしまったからだ。



『……わかった』

『大きいのに怒られるのはイヤだもんね』



 闇の精霊たちはそう言うと、これ以上“余計なこと”を言わないためにか、ふよふよと漂い夜闇の中へと消えてしまった。



「クロちゃんたち……行っちゃった」



 “あの子”のことをもう少し知りたかったが、口止めされているなら仕方ない、とエルフィーネはすぐに諦めた。精霊たちは友達ではあるが、精霊と人間(エルフィーネ)の間には確かな境界が存在することを彼女は知っているからだ。

 人間には人間の決まりがあるように、精霊にも同じく決まりがある。そこに友達とは言え人間(エルフィーネ)が口をはさむのはマナー違反なのだ。



「闇の精霊は帰ったの?」

「えぇ」

「高位精霊に怒られるかもしれないから?」



 シルフィードから妹たちの会話を通訳してもらっていたらしい兄が、真面目な顔で問うてきた。



「そうみたい。闇の方々は真面目な方が多いものね」

精霊たち(彼ら)の事情に首を突っ込むことをするつもりはないけど、“あの子”とはヴァンブレイス公爵令息のことを指しているようには思えないな」

「わたくしもそう思うわ。クロちゃんたちは闇の精霊(自分たち)が“祝福”した相手を、とても大切に思っているのね」

「闇の魔力を持つ者は殆ど居ないから、その分思い入れが強くなるんだろうね」



 精霊たちは自分が気に入った人間に祝福を与えることがある。祝福を与えられた人間のことを、人々は魔導適性者と呼んでいる。



「そうね。クロちゃんたちやキラちゃんたちは、あまり人間が得意ではないみたいだものね」



 “キラちゃん”とは、光の精霊のことだ。光の低位精霊はきらきら輝く掌サイズの光の玉なので、幼いエルフィーネがキラちゃんと名付けた。



「人間が苦手だから、光と闇の魔力を持つ者が少ないんだろうな……」



 ぼそりと呟かれた言葉に、答えを返す者は居ない。今この場に居る風の精霊が口を開かないことから、これも恐らく彼らの決まりに抵触する事柄なのだろう。

 少しだけ妙な雰囲気になった室内の空気を払拭するように、エリファスが明るい声を出す。



「そう言えば、今度の安息日が非番になったんだ。シルフィードたちを連れて、森に行かないかい?」

『森!? 行きたい!!』



 真っ先に声を上げたアズラエルに、(あるじ)がやわらかくほほえむ。



「その内森へお出かけしようってお話をしていたの。エリィ兄さまもいらっしゃるのなら、きっととても楽しいわ。ね、アズラエル?」

『うん!! 楽しみ!! エリファスありがとう!!』



 つやめく翼をはためかせて喜ぶアズラエルとにこにこする妹の姿を見て、エリファスも頬をゆるめるのだった。


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