19「こころ」
「アッシュ……」
照れているのか、そっと金色のまつ毛を伏せるエルフィーネに、アシュレーは口角を上げる。
(俺の心がエルで満たされているように、エルにも俺のことで頭の中をいっぱいにしてほしい)
伏せた視線の先にあったアシュレーのカップの中身が少なくなっていることに気付き、エルフィーネはガゼボの入り口に立つ己の侍女に目で指示を出す。マーガレットはすぐにアシュレーのカップに紅茶を注ぎ、所定の位置に戻った。アシュレーは、四つ目となるマフィンに口をつけている所だった。
「ありがとう」
湯気をたてている紅茶に口をつけ、ほっと息を吐く。その表情はとても穏やかだ。
うっすらと笑みを浮かべているアシュレーを見て、エルフィーネもカップを傾ける。こくりと紅茶を飲みこむと、サンゴのようなくちびるをゆっくりと開いた。
「わたくし、アッシュのことは好きよ。だけど、わたくしのよく知る殿方はエリィ兄さましか居なくて、アッシュへの“好き”はエリィ兄さまを“好き”という気持ちと同じように思えるの。わたくしは、アッシュと同じ“好き”をあなたに返せないかもしれない。……それでもいいの?」
「今はその“好き”で充分だ。いつか俺がエルの特別になれるように、努力するから」
愛情に満ちた眼差しで己を見つめるアシュレーに、エルフィーネの胸がどくりと高鳴った。
「アッシュはどうしてそんなにわたくしのことを……想ってくれるの?」
「一目惚れだ。俺をまっすぐ見るその空色の瞳に、一瞬で全てを持っていかれた」
強い意志を宿した夜空色の瞳が、空色の瞳をまっすぐに射貫く。
「最初に惹かれたのはその深い空色の瞳だけど、エルと話す内にその優しい心にも惹かれたよ。エルこそ俺の紅縁の乙女だと、そう思ったんだ」
「そんな……アッシュみたいに素敵な男の子の紅縁の乙女が、わたくしだなんて……」
「素敵、か……」
(闇持ちを汚らわしいと思う奴は居ても、素敵だなんて思ってくれるのはエルみたいに純粋な子だけだ)
ぼそりと呟かれた言葉は、エルフィーネの耳に届くことはなかった。
「エルのように素敵な女の子が俺の紅縁の伴侶だったら、俺は世界で一番幸せになれる自信がある」
「アッシュ……」
「俺を、俺のような忌み子を“素敵”だと言える優しいエルだから、俺はエルのことが好きなんだ」
夜空色の瞳はまっすぐにエルフィーネの空色の瞳を射貫き、そこには欠片の嘘もない。エルフィーネはサンゴ色のくちびるをきゅっと噛み締め、徐に口を開いた。
「アッシュは忌み子なんかじゃないわ。闇の魔力を持つだけの、普通の男の子よ。忌み子と呼ばれるなら……」
膝の上で小さくこぶしを握り、エルフィーネはそのまま口を閉ざしてしまった。その顔には憂いの色が浮かんでいる。
(エルを悲しませるものがなんなのか、きっとまだ教えてはもらえないんだろうな)
エルフィーネにとって、アシュレーはまだ“知り合ったばかりの友達”という存在でしかない。エルフィーネの表情を曇らせるものをアシュレーに打ち明けるには、ふたりの共有した時間が圧倒的に足りな過ぎるのだ。
だからアシュレーは言葉を尽くす。エルフィーネに信頼してもらえるように。友としてではなく、男として好きになってもらえるように。
「ありがとう、エル。俺はエルにそう言ってもらえるだけで充分だ。好きな子が自分のことを認めてくれる。それ以上に嬉しいことなんてないんだから」
「アッシュは優しいのね。きっと、心が強いから優しくなれるんだわ」
「強さは心に宿る。心が強くなければ、身体をいくら鍛えても無意味だと師範に教わった。けど、俺は優しくなんてないよ。それでも俺を優しいと思うなら、それはエルが相手だからだ」
夜空色の瞳をやわらかく細めてアシュレーは続けた。
「俺の感情は、全てエルに向かっている」




