18「求愛」
「エルに渡すものがあるんだ」
そう言ってジャケットの内ポケットから小さな白い布の袋を取り出し、エルフィーネに手渡した。
「なにかしら? 開けてもいい?」
「もちろん」
エルフィーネが袋の中から取り出したものは、彼女の瞳によく似た蒼い絹のリボン。両端に銀糸で花束の刺繍が施されていて、とても美しい。
「きれいなリボン。こんな素敵なものをいただいてもいいのかしら?」
「気に入らなかったのでないなら、是非受け取ってもらいたい」
「気に入らないなんてこと……アッシュ、素敵な贈りものをありがとう。とても嬉しいわ」
「どういたしまして。贈りものは最もわかりやすい求愛の手段だから、受け取ってもらえてよかった」
イタズラっぽい笑みを浮かべるアシュレーの言葉に、エルフィーネの頬が一気に赤く染まる。
「きゅ、求愛って……」
「言っただろ、好きになってもらえるよう努力する、って」
「え、と……」
アシュレーの言葉に、エルフィーネはそわそわと手中のリボンをもてあそび始めた。
(あまり攻めすぎるのもよくないか)
何事も引き際が肝心である。
「エルは他にどんなお菓子が作れるんだ?」
話題が変わったことに、エルフィーネは明らかにほっとした表情になった。
「まだ簡単なものしか作れないの。クッキーとマフィン、スコーンやブラウニーぐらいよ」
「ブラウニー?」
「知らないの? チョコレートのスポンジにクルミやチョコチップの入ったお菓子よ。わたくしはクルミ入りのものが好き」
「へぇ、おいしそうだな」
「気になる? だったら次のお茶菓子はブラウニーにするわね。中に入れるものはクルミとチョコチップ、どちらがいい?」
(次、か。エルにとって俺とのお茶会は当たり前のものになってきているんだな)
自然と“次”を口にするエルフィーネに、知らずアシュレーの口許がむずむずとゆるむ。
「まずはエルの好きなクルミ入りのものを。とても楽しみだ。ありがとう、エル」
「わたくしの好みに合わせてくれて嬉しいわ。チョコチップ入りのものもその内作るわね」
「楽しみが増えたな。エルはよくお菓子を作っていたの?」
チョコチップ入りのマフィンを手に取りながら、アシュレーが尋ねた。
(うまい。チョコチップの方が好きだな)
アシュレーはチョコチップの食感がお気に召したようだ。
「えぇ。あちらではピアノを弾いたり、森を散歩したり、読書ぐらいしかすることがなかったの。だから、暇な時はよく厨房を見学させてもらっていたのよ。お料理ができあがるまでを見るのはとても楽しかったわ。だから、シェフにクッキーを作ってみませんか、って言われた時はとても嬉しかったの。もちろん、しばらくは形を作るだけだったけど、それだけでもすごく楽しかったわ。それから少しずつ、お菓子の作り方を習ったのよ」
「そうだったのか。今は自由な時はなにをして過ごしているんだ?」
三つ目のマフィンを皿に載せながら問いかける。マフィンはどうやらアシュレーの口に合ったらしい。
「刺繍やレースを編んだりしているわ。あとは、ピアノを弾いたり、アズラエルと遊んだり……。アッシュはどんなことをしているの?」
「エルのピアノ、いつか聞かせてもらいたいな。俺は大体は読書か鍛錬ばかりしている。稽古のない日でも鍛錬をしていないと、すぐに身体が鈍って師範の指導についていけなくなるんだ」
「剣を扱うのは大変なのね。わたくしもピアノにしばらく触らないと調子を取り戻すのに少し時間がかかるから、それと同じことかしら? とは言っても、まだ人に聞かせられるような腕前ではないのだけど。アッシュはどんなご本を読むの?」
「残念。いつか聞かせてほしいな。俺が主に読むのは、冒険譚や兵法書だな。シメオン卿の『魔導理論』もたまに読むが……」
「アッシュに聞いてもらうのなら、もう少しうまくなってからがいいわ。アッシュは勉強熱心なのね。わたくしは精霊さんの出るおとぎ話ばかり読んでいるわ」
子供っぽいと思ったのか、少し頬を染めながら言ったエルフィーネに、アシュレーはやわらかくほほえみかけた。
「精霊か。もし精霊が存在するとしたら、きっとエルのように可憐でかわいらしいんだろうな」
「わたくしよりも精霊さんたちの方がずっとかわいらしいわ……きっと」
エルフィーネは周囲を見渡して、くすりと笑んだ。
「そうかな? 俺が絵本で見た精霊は、小さな女の子の姿だった。太陽のように輝く金の髪に、大きな瞳、薔薇色の頬……ほら、エルと同じだ」
「ふふ。アッシュはレディを喜ばせるのがうまいのね。精霊さんみたいだと褒めてもらえて嬉しいわ。ありがとう」
「レディじゃなくて、好きな女の子を喜ばせることなら、得意になりたいな」
夜空色の瞳を細めてほほえむアシュレーに、エルフィーネの頬が熱を持つ。熱くなった頬を小さな手で押さえると、その上から彼女よりも少しだけ温かい手が触れ、するりと撫でられた。
「俺は、エルのことが好きだから」
エルフィーネの手を取り己の口許に近付けて、桜貝のような爪先にそっとくちびるを落とすと、エルフィーネの頬は先ほど以上に熱を持ち、細い首までもが朱に染まる。そんな彼女の様子に満足したらしいアシュレーはふと笑い、そっとエルフィーネの手を離す。




