16「それぞれの想い」
自室に戻ったエルフィーネは、机に向かいペンを走らせていた。認めているのはアシュレーへの手紙だ。
内容は、今日の告白のことには触れず、来週が楽しみだとか、改めてアズラエルともうひとりの友達を紹介したいこと、などの他愛のないものにとどめた。
(わたくしはアッシュのことが好きだわ。でも、男の子として好きなのかどうかはわからない……)
そもそもエルフィーネは同年代の男の子と接すること自体初めてなのだ。シルフィードとアズラエルという友は居ても彼らは魔獣で、アシュレーは人間の男の子。それもエルフィーネに好意を寄せている異性だ。今はまだアシュレーはエルフィーネにとって友達でしかないが、恋心が芽生えてもおかしくない相手である。
(アッシュはわたくしのどこを好きになってくれたのかしら。訊いてみたいけど、答えを聞いたら恥ずかしくなる気もするわ)
アシュレーがエルフィーネのどんな部分を好きになったのかがわかれば、自分にも“異性としての好き”がわかるかもしれないと思ったのだが、アシュレーは意外と思ったことをストレートに口にするので、聞いている内にエルフィーネの方が照れてしまってアシュレーが言葉を紡ぐことを止めてしまいそうだと諦めた。
(訊きたいことは他にもたくさんあるけど、できればアッシュの口から直接答えを聞きたいわ)
手紙のやり取りも嫌いではない、むしろ好きな方だが、アシュレーとは文を交わすよりも彼の顔を見ながら言葉を交わしたいと思う。まだ二度しか顔を合わせたことがないけれど、アシュレーとの会話はエルフィーネにとってとても心地好いものだった。
守護獣たちともエリファスとも違う、心があたたかくなって、けれど時折苦しくなる、不思議な感覚。
この感覚が何なのか、エルフィーネにはよくわからないけれど、決して嫌なものではなかった。
×××××
アートレイデ邸から帰って来るなり、アシュレーは母の私室へ直行した。
「あら、アシュレー。おかえりなさい。エルちゃんはお元気だった?」
マリアベルはアシュレーに座るように促しながら口を開いた。
「ただいま戻りました。エルは元気でしたよ。……少し、話をしたいのですが」
「あら、なにかしら」
なにかしら、と言いながらもマリアベルのくちびるは楽しそうに弧を描いている。どうやらアシュレーの話が何なのか、内容に予想がついているらしい。
「エルに俺の気持ちを伝えました。エルが俺と同じ気持ちになってくれれば、俺はエルと婚約をしたいと思っています。母上、賛成してくれますか?」
「もちろんよ。きっとお父さまも賛成してくださると思うけど、うっかりセラティードさまやローザに言ってしまうかもしれないから、お父さまにはまだ内緒にしておきましょうね」
ふふ、と笑う母にアシュレーは頷く。父はまっすぐな性格なので、隠しごとが得意ではないのだ。
「そうですね。俺と母上、ふたりの秘密です」
「ふふふ。ふたりの秘密、ね。なんだか楽しいわ」
少女のようにほほえむ母に、アシュレーの頬がゆるむ。
「エルへの贈りものなど母上に相談したいのですが、いいですか?」
「喜んで相談に乗るわ。まだ婚約者ではないから宝石のついたアクセサリなどは贈れないわね。お茶やお菓子、ハンカチ……あの日エルちゃんはリボンを着けていたから、リボンもいいわね。明後日の午後に商会を呼んで選びましょう。その日の講義は先生に言って、魔導理論だけにして頂きましょう。とっても楽しみだわ!!」
アシュレーの返事を待たず、マリアベルは予定を立ててしまった。アシュレーは少しだけ悩んだが、魔導学の教師はついているものの闇の魔法に関する文献が少ないことから、まずはアシュレーがどんな魔法を使えるのか試行錯誤しながらの訓練なので、殆ど実技訓練の体をなしていない。そのため、一日ぐらいならいいだろうと母の言葉に頷いた。
「よろしくお願いします、母上」
「任せてちょうだい。エルちゃんにはどんな色が似合うかしらね……」
常になく楽しそうな母の姿に、アシュレーはなんとなく不安を覚えてしまうのだった。
×××××
かすかに揺れる馬車の中で、アシュレーは手にしている布の袋をじっと見つめていた。
(エルは気に入ってくれるだろうか)
袋の中に入っているのは、母との約束の日に時間をかけて選んだエルフィーネへの贈りものである絹のリボンだ。色は彼女の瞳に合わせた蒼。アシュレーは最初、己の瞳に似た紫のリボンを手に取ったのだが、まだ婚約もしていないのだからと母に却下された。けれど、この色もアシュレーが選んだ。
母は母で色々と選んでいたが、初めての贈りものだからとこの蒼いリボンを贈ることにしたのだ。少女向けのリボンや髪飾りをマリアベルが何点か買い求めていたが、アシュレーは見なかったことにした。その内機会を作って母が自分で渡すだろう、と。
(エルの太陽のような髪にこのリボンはきっと似合う)
己の贈ったものを身に着ける想い人の姿を想像し、アシュレーはほほえんだ。




