14「告白」
「エル……」
アシュレーをまっすぐに見つめる蒼い瞳は潤んで輝き、アシュレーは場違いにも、その瞳を舐めたら甘そうだと思った。
「アッシュ……」
何かに怯えている様子のエルフィーネにアシュレーはほほえみかけ、そっとその身体を抱きよせた。
(柔らかい……それにいい匂い)
アシュレーよりも頭半分ほど低いエルフィーネの身体は、女の子らしく柔らかで華奢だ。反対に、身体を鍛えているアシュレーはまだ子供ではあるが、それなりの筋肉がついている。
「アッシュ……あの、恥ずかしいわ」
つい夢中になってエルフィーネを抱き締めていたことに気付き、アシュレーは腕の拘束をそっとゆるめた。
「ごめんね、夢中になっちゃって」
「……いいえ」
二人が見つめ合っていると、頭上に黒い影が差した。
「カーーー!!」
「うわ!! なんだ、やめろ!!」
アズラエルが、アシュレーの頭上で黒い翼をはばたかせている。どうやら、アシュレーを攻撃しているつもりらしい。
「アズラエル、ダメよ。乱暴なことはやめて」
『でも、こいつエルを泣かせた!!』
「わたくしは泣いていないわ。だから、お願いよ、アズラエル」
『わかったよ』
エルフィーネの“お願い”に、アズラエルは渋々アシュレーから離れ、どこかへ飛び去って行った。
「アッシュ。わたくしの使い魔が乱暴を働いて申し訳ございませんでした。お叱りは主人であるわたくしが受けますわ」
深々と頭を下げるエルフィーネにアシュレーはかすかに眉を寄せ、エルフィーネの白い手を取った。
「エルが謝る必要はない。あの使い魔はすごくエルのことを慕っているようだし、俺にエルを取られると思ったのかもな」
おどけるように肩をすくめるアシュレーを、エルフィーネは不思議そうな顔で見つめている。
「アッシュはわたくしのこと……気持ち悪いと思わないの?」
エルフィーネの問いに、アシュレーは再び眉を寄せる。
「俺が? エルを? なぜそんな風に思った?」
「それは……」
俯き、言い淀むエルフィーネを、アシュレーは再び己の腕に閉じ込めた。
「言いたくないのなら、言わなくてもいい。けど、俺がエルを気持ち悪いと思うことなんて有り得ないということは憶えておいてくれ」
エルフィーネを抱き締めていた腕を離し、薔薇色の頬を手の甲でそっと撫でる。
(この年で使い魔を使役しているということは、既にガーデンに目を付けられていると見て間違いないだろう。エルをガーデンになど、いや、他の誰にも渡しはしない)
使い魔を持った場合、使い魔の種族だけでなく主人も魔導院に登録する必要があるのだ。
「アッシュ……ありがとう」
まだ潤んでいる瞳を輝かせながら、エルフィーネは花が咲いたような笑みを浮かべた。
(エルは笑っている方がいい)
アシュレーは徐に跪き、
「エル。俺にエルを護らせてくれないか? その身だけでなくエルの笑顔を……心までも、俺は護りたい。エルが好きだから」
エルフィーネの白く柔らかな手を取り、桜貝のような爪にそっとくちびるを落とした。
「す、好き? わたくしのことを?」
(好き、って……きっと友達として、よね?)
内心でそう言い聞かせていると、
「まだ出逢ったばかりでこんなことを言われても信じられないと思う。でも、本気だ。俺は初めて逢った瞬間から、エルフィーネ、君に惹かれていた」
跪いたまま、真剣な表情でエルフィーネを見つめる。その夜空色の瞳には、明らかな恋情が宿っていた。
「わたくしは……」
突然の告白に戸惑うエルフィーネに、立ち上がったアシュレーが優しく語りかける。
「今すぐ返事をくれなくていい。突然こんなことを言われても困るのはわかっていたから。エルを護りたいという願いには頷いてもらいたいと思うけど、それも断られたっていいんだ。好きな子を護りたいっていう男のプライドのようなものだから。ただ……」
言葉を切り、エルフィーネの蒼い瞳をじっと見つめる。
「もう俺と会わないなんてことは言わないでほしい。お願いだ」
再びエルフィーネの手を取り懇願するアシュレーに、エルフィーネの口許が綻ぶ。
(優しい人。こんなに優しい人が、わたくしのことを好きと言ってくださるなんて)
「アッシュはそれでいいの?」
「好きな子に会えなくなる方が辛い。それに、ただ黙って傍に居るつもりもない」
「え?」
エルフィーネが小首を傾げると、頬に何か柔らかいものが触れた。
利き手で何かが触れた頬を押さえるエルフィーネに、アシュレーはひどく楽しげに夜空色の瞳を細め、
「エルに俺のことを好きになってもらえるように、努力するから」
と、宣言するのだった。
×××××
アートレイデ家からの帰りの馬車の中。アシュレーは目を閉じて今日のことを振り返っていた。
エルフィーネに自分のことを、友達ではなく異性として意識してもらうことには成功した。しかし、使い魔が現れてからの彼女の悲しげな、何かに怯えているようにも感じられた表情が気にかかる。
(使い魔、か。この年で使い魔を使役できるなら、エルはやはりSS魔力階級……そういうことか)
アシュレーはエルフィーネが何に怯えていたのかわかった気がした。
(エルも自分の力の強大さを知っている。だからこそ自分の力が他人にどう見られるかを理解し、他人の視線を怖れているのか?)
アシュレーは自分のその考えがあながち間違ってはいないだろうという自信があった。
自分も同じだったからだ。
(もっと早くエルと出逢っていれば、エルが傷つく前に護れたかもしれないのに……いや、これからは俺がエルを傷つけるもの全てから護ればいいだけだ)
エルフィーネの泣きそうな表情もきれいだと思ったが、彼女はやはり笑顔の方が何倍も魅力的だと思う。
(早く堂々とエルの隣に立てるようになりたい。そのためには……)
エルフィーネに自分のことを好きになってもらわなければならない。母に頼んで公爵家から婚約の打診をしてもいいが、それだとエルフィーネの心は手に入らない。自分がエルフィーネを想うのと同じように、彼女にも自分のことを想ってほしいのだ。
初めてエルフィーネと会った日。マリアベルはエルフィーネがアシュレーの妻になってくれると嬉しいとは言ったが、婚約の話までは出さなかった。それは、アシュレーとエルフィーネの想いが通じ合ってから婚約をした方がいいと考えたからだろう。きっと息子の幸せのために。
(絶対にエルの心を手にして、エルの婚約者になってみせる。エルは俺のことを嫌っても怖れてもいないし、好意を見せ続ければ、きっと俺のことを好きになってくれるはずだ……彼女は、優しいから)
アシュレーが告白した後も、エルフィーネは嫌な顔ひとつ見せずアシュレーの相手をし、来週の約束をした時も笑顔で頷いてくれた。アシュレーの想いに戸惑ってはいたようだが、嫌悪を感じている様子はなかった。真摯に想いを伝え続ければいつかは受け入れてくれるだろう、とアシュレーは前向きに考える。
(まずはエルに俺のことをもっと意識してもらうとするか。母上にも改めて俺の気持ちをお伝えしなければ……。あぁ、エルへの贈りものも考えないと)
これからのことを想い、アシュレーはうっとりとほほえんだ。
はばたけ、アズラエル!!




