12「ふたりきりのお茶会」
アシュレーから手紙の返事が届いたのは、手紙を出した翌日の安息日の朝だった。前回と同じシンプルな白い便せんに書かれた内容は、
「地の日であれば予定はなにもないので、その日の午後に訪ねたい」
という内容だった。
エルフィーネもアシュレーも貴族として様々なレッスンに励んでいる。休日である安息日以外にレッスンの無い日は地の日だけだったのだが、偶然にも二人の休日は重なっていたようだ。お茶会が開かれたのも地の日だったから、母親たちがレッスンの休みの日を選んでお茶会の日を設定したのだろう。
エルフィーネはすぐにアシュレーへの返事を書いた。
来週の地の日の午後にお越しください、お会いするのを楽しみにしています、と。
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レッスンの合間に母やマーガレットの手を借りながらアシュレーを迎える準備を進めていると、あっという間に時が過ぎ、約束の日となった。
エルフィーネは庭にあるガゼボでアシュレーの訪いを待っている。
「マーガレット、アッシュはこのお菓子を気に入ってくれるかしら?」
用意したお茶菓子はクッキーだ。生地を作ったのも焼いたのも料理人だが、成形はエルフィーネが行った。ヴィストーレに居た頃はよく厨房で料理人のお手伝いをしていたのだ。世話係として共に来ていたアネット・ホーランド元男爵未亡人からは、令嬢が厨房に入るなんて、と嘆かれることもあったが、極端に娯楽の少ない所だったせいか、徐々にお小言もなくなっていったが。
白磁の皿の上には、三日月や星、花の形をしたクッキーが載っている。味が一種類だと飽きてしまうかもしれないので、プレーンとチョコ、プレーンの生地にナッツを入れたものの三種類を用意した。この国の名に月が入っているため、月の形をしたお菓子はよく作られている。
子供だけということで、先日公爵家の母子を通した応接室ではなく、庭のガゼボでお茶を飲むことにした。庭には春の花が咲き誇っており、きっと見る者の目を楽しませてくれることだろう。
マーガレットと話していると、トーマスが姿を見せた。
「ゼルウィガー家の馬車が門を通過したようです」
アシュレーの到着を知らせに来てくれたようだ。
「わかったわ。マーガレット、お出迎えに行きます」
「かしこまりました」
二人は連れ立って玄関ホールへと向かった。
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エルフィーネが玄関ホールで待機していると、ほどなくしてよく磨かれた飴色の重厚な扉が音もなく開かれた。
「ようこそお越しくださいました、アシュレーさま」
美しい礼を取ってアシュレーを出迎えたエルフィーネを見て、彼はわずかに眉根を寄せたが、すぐにエルフィーネに向かって礼を取る。
「出迎え、感謝する。エル、久しぶり。会いたかった。これは、今日のお礼だ」
紫暗の瞳をやわらかく細め、アシュレーはエルフィーネの小さな手に彼女の瞳の色に合わせたらしい青系統の色をメインにした小ぶりのブーケを差し出した。
「まぁ、素敵なブーケ。とっても嬉しいわ。ありがとう、アッシュ……いい香り」
受け取ったブーケを近くの使用人に渡し部屋に飾るように伝えると、アシュレーにほほえみかける。
「わたくしも会いたかったわ、アッシュ。今日はガゼボにお茶の用意をしているの。ご案内するわ」
「この間案内してくれた所だね? たしかに、あそこなら楽しくお茶が飲めそうだ」
「そうでしょう? 雨が降らなくてよかったわ」
ガゼボに到着するまで二人の会話が尽きることはなかった。
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二人が居るのは、花壇を四つの区画に分けた中央の通路に設えられたガゼボだ。西の庭は春の花が咲き乱れ、庭師によって美しく整えられた景色を華やかに彩っている。
お茶請けに出したクッキーはアシュレーの口に合ったようで、とても喜ばれた。自分が成形をしたのだと伝えたら、器用だと褒められてエルフィーネは安堵した。知らず肩に力が入っていたらしい。以降は、先ほどのように和やかに会話ができるようになった。
「エルはなんの稽古をしているの?」
「わたくしはピアノとダンスとマナー、あとは座学と魔導理論と少しだけ実技も学んでいるわ」
「そうか。座学はなにを?」
「大陸公用語と詩、大陸史と国史と地理と算術よ。アッシュはどんなことを学んでいるの?」
「俺も座学は似たようなものだ。算術と地理は領地経営の一環として学んでいる。ダンスと魔導理論、実技は同じだな。あとは、剣術、体術、馬術。馬術はまだポニーで練習中なんだけど、もう少し背が伸びたら俺用の若駒……大人の馬をもらって練習させてもらえるんだ」
そう語るアシュレーの顔はどこか誇らしげだ。馬に乗ることがとても好きなのだとわかる。
「まぁ、すごいわ。でも剣のお稽古も乗馬も、ケガをすることもあるのではないの?」
エルフィーネは眉を下げ、心配そうに尋ねたが、アシュレーは安心させるようにほほえんでみせる。
「うん。修練で使うのは木剣だけど、やっぱり当たれば痛いし、体術も馬術もケガをすることもある。だけど師範はとても強い方だから、俺に大ケガを負わせるようなことはしないよ。かすり傷はよくできるけどね。師範は本当に素晴らしい指導者なんだ」
「ふふ。アッシュはシハンさまのことがお好きなのね」
やわらかく告げられた言葉に、アシュレーは首を傾げる。
「好き? うーん……好き、というのとは違うかな。俺は師範のように強い武人になりたいんだ。ヴァンブレイス公爵家当主である父上を超える当主に……」




