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亡国の夜告は銀貨と共に  作者: 長良道々
一章
9/10

二人①


「此処どこ?」



 周囲を見渡せば鬱蒼とした木々に囲まれた森。ここだけ少し開けているお陰で、僅かな木漏れ日が温もりを与えてくれるが、足元を這うように吹く冷たい風が体温と正気を奪っていく。

 つい先程まで私は友達の唯香と話していた。いつもと変わらぬ学校の中で、何てことの無い事を話していた気がする。それこそ授業の内容とか、部活の事だとか、とにかく普通の事だ。



「えーっと、夢?」

 夢だ夢。きっと夢に違いない。

 あーダメだ。痛い痛い。夢じゃないなこれ。



 取り敢えず頬を抓ってみたけど、目は覚めないし目の前の光景も変わらない。そもそも夢の中で頬を抓って、本当に目覚めたって人を私は見た事が無い。



「もしかして……誘拐された?」

 それにしては周りに誰もいないし、縛られているわけでもない。それに自分で言うのも何だけど、私を誘拐するくらいならもっと他に良いのがいるだろう。

 いや、そもそも誘拐犯でもいた方が状況が分かると考えているあたり、今の私は相当パニックに陥っている。



 兎にも角にも私は一旦落ち着こうと、両手を広げて深呼吸をする。目を瞑って一回、二回、ゆっくり吸って吐いてを繰り返す。

 空気が美味しいのが逆に落ち着かない。まさか自然の中の澄んだ空気よりも、排ガスや環境の匂いを嗅いだ方が落ち着くと思う日が来るとは。



「間違いなく家の近所じゃないよねぇ……」

 落ち着いてきてからもう一度周囲をぐるりと見渡す。森と思って見ていた光景は、よくよく見ていると樹海という方が相応しい感じがした。木が沢山生えているというよりは、むしろ地面がそれで埋め尽くされていて、先の方は暗くて何も見えなかった。

 それから小さな祠のような物を見つけた。石で出来ているようで、扉の片側が開かれている。

 普段ならこんな物は目の端にも止まらないだろうけど、こんな物でも人工物は人工物だ。人の痕跡を見つけて私は少し安堵した。



 人工物があるならば、この辺りにも人が通る事があるのかもしれない。



「誰かー!誰かいませんかー!?」

 取り敢えず大声を出して助けを求めてみるが、反応はまるで無い。木々が私の声を吸収してしまうのか、木霊すらしなかった。



「誰かーっ!!おーい!!」

 反応はやはり無いようだ。まぁそんなに都合の良い事もないか。

 こんな時は動くべきか、この場所に留まるべきか。

 山で遭難したら登った方が良いと聞くが、森の中はどうだろう。体力を消耗するから動かない方が良いのかもしれない。



「もー誰でもいいから返事してよーっ!」

「……キュ?」



 ん?……キュ?



「キュキュ?」

「ん?」



 ポメラニアンの様に甲高い声のした方を見る。

 ウサギがいた。私の知っている動物の知識をフル動員すれば、多分ウサギのカテゴリに入る。



「キュキュー!」



 もしくは、クマ。

 見たまんまを伝えれば、ウサギの顔をした真っ白いクマが二足歩行で私に近づいている。多分、木の上の方の植物を食べる為に進化した新種。前足(腕?)が人間の手足みたいに長いのが気持ち悪い。



「キュキューイ!!」

「お、おぉ……ステイ、ステイ」

 人懐っこいやつなのかな?どんどん寄ってくるし、あと涎が凄い。ウサギって肉食だっけ、草食だっけ?

 草食だと嬉しいな。



「キュイ!キュキュキュ」

 ジャキンという金属音と共に、ウサギ熊の指ぬ隙間から長くて鋭そうな爪が出てきた。

 ウサギ熊というのは、今名前を付けた。



「そういう感じ!?いやいや、あんた絶対人喰うやつでしょ!!」

「キュイーン!」

 ウサギ熊に背を向けて全力ダッシュ。やばいやばいやばい、けど生きてアレをネットに晒せば新種を発見したって事で有名にならないかな?

 あっ、そういえば今携帯持ってない。じゃあダメだ。もし持ってても合成だなんだ言われるだけかも。



「死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!!」

 熊ってどのくらいで走るんだっけ?自動車くらい?

 でも半分ウサギみたいな奴だし、ウサギってどれくらいだ?熊よりは遅い?

 


『ねぇ、替わろうか?』



「替わる?何々何のこと!?ってか誰?見てるなら助けてよ!!」

『君、お金持ってる?』

 お、お金!?人助けに金銭を要求する奴なんて時代劇くらいでしか見た事ないぞ。



「無い無い無い!今は持って無い……けど、後で払うから!」

『いや、うーん何ていうか……じゃあ無理』

「は、薄情者っ!!」



 『情けは人の為ならず』という言葉を、こいつに教えてやりたい。というか、この状況で声をかけるって事は、ひょっとしてさっき大声出した時も見てたんじゃなかろうか。そしてこのウサギ熊が襲ってくるタイミングで声をかけたと。



「死んだら化けて出てやる!!」

『はぁ……じゃあやっぱり替わって』

「替わるって何!?替わってもらえるもんなら、是『非替わって欲しいんだけど!』



 うん?えーっと、あれ?

 なんか身体が勝手に動くけど、何だろうこれ。意識はハッキリしてるのに、身体は自由に動かせない。それどころか勝手に動く。まるで誰かに操られているかのように。



『えっ……何これ?』

「替われたっぽい?良かった」

 良くない。断じて良くない。これ以上余計な情報を増やさないで欲しい。

 ()()()()ってそういう事!?いや、どういう事?



『ねぇちょっと!ちゃんと説明してよ』

「今はこっち!」



 いつの間にか私のすぐ後ろに迫っていたウサギ熊が、その鋭い爪を私に向けて振り下ろしていた。

 それを私が私らしからぬ動きで素早く躱す。



「見た事ない生き物だけど、何か知ってる?」

『し、知らない!ウサギっぽい?けど……』

「ウサギ?あれが……。見るのは初めて」

『"ぽい"だからね!?私が知ってるウサギはもうちょっとこう……小さくて可愛いから!』



 どちらかと云うと、この生き物はウサギの皮を被った熊と言った方がまだ近い。



「そうなの?でも、これも可愛いと思う……けど」

『可愛くないわっ!本物はもっと愛らしいし、こんな人食べそうなデカさじゃないから!』

「キュキュー!」



 ウサギ熊が両腕を広げたタイミングで、私が大きく後ろに木々の隙間を縫うように飛び退く。空ぶったウサギ熊の爪が木を掠めて大きく抉った。

 血の気がサーッと引いていく。本当に引いているかは分からないけれど。



『もうダメ!死ぬ!絶対死ぬ!!』

「ちょっと!死なない為に頑張ってるんだから静かにしてよ!」

『そうだね!頑張ってね!!こんな所でウサギかも熊かも分からないような生き物に食べられて死にたくないもんね!!』



 そうこうしてる内にもウサギ熊の攻撃を私は躱し続ける。転げ回っては飛び跳ね、木を蹴ったりしながら。多分、私なら三回は死んでいると思う。



『すごい!このまま逃げよう』

「いや、それは無理。向こうのが速いし、逃げ切らないと思う」

『じゃあ、どうすれば……』

「倒し切るしか無い」

『倒すってアレを?ほぼ熊じゃん!!どうやって!?』

「……お金があれば、何とかなる……と思う」



 お金?この後に及んでお金?そんな物持ってないし、持ってたとしても何が出来るだろうか。投げつけるくらい?

 いや、でもお金なら……もしかして。



『あの、お金があればどうにかなるの?』

「……多分だけど、出来る……っと!!」



 ウサギ熊が抱きつくように襲いかかってきたのを紙一重で転がるように避ける。だが、ウサギ熊の爪が私の事を捉え始めたようで、鋭利な爪が掠めた頬から血が吹き出した。

 私の方は既に肩で息をしていて、このままではあの爪が深く身体に喰い込むのも時間の問題に思える。



『祠!祠の方にあるかも!!』

「祠?何でそんな所にお金が?」

『良く知らないけど、あぁいう所には偶にお金が落ちてる物なの!』

「どういう事なの……でも、他に当てもないし……祠ってさっきのところだよね?」

『そう。ウサギ熊の出たところ!』



 私は「ウサギ熊?」と首を捻ったけれど、それも束の間で直ぐに走り出した。ウサギ熊の方も当然追ってくるけど、細い木々の間を抜けるように走っているからか、ウサギ熊よりも私の方がやや速い。あのデカい図体では、この森では小回りが効かないのだろう。



『でも、お金なんて何に使うの?それに道分かってるの?』

「見てれば分かる!それから今、必死なんだから話しかけないで!!」

『はい……ごめんなさい』



 私は走りながらチラチラと後方のウサギ熊を見て、彼我の距離を何度も確認しているようだ。向こうも早く走らないが、私の方も疲労が身体にきている。

 その距離は徐々に縮まっているように見えた。



『あった!!あれ、あの祠』

「分かってる!」



 祠のある少し開けた所に出た瞬間、私は一気に加速する。そうだ、ここはこの森の中で開けているのだ。

 であれば有利なのは私の方ではない。

 ズドンとウサギ熊が大地を力強く蹴る音が聞こえた。



『追いつかれる!!』

「このまま行く!!」



 最早祠の中を探っている時間なんてない。私が()を止めようとしたその瞬間、私の直ぐ後ろでウサギ熊の鳴き声がした。それは獲物を狩る瞬間の雄叫びの様に聞こえた。



「キュイーーーッ!」

 木漏れ日を覆う様な大きな影が私を包む。



『あっ……』

 死んだ。そう思った。

 ウサギ熊の爪が背中から胸を貫く、そして私は成す術なく地に伏して喰われる。





「まだ!死なないっ!!」

 ()はそう叫び、その小さな祠を脚にかけて宙に飛び上がった。直後、粉々に吹き飛ぶ石造りの祠。

 ウサギ熊と入れわかるように後方に飛んだ()は、逆さまに宙に浮いたまま私に言った。





「ありがとう。見つかった。たった一枚、だけど一枚あれば十分」





 私の視線の先、手が届きそうな所に小さな円形の構造物。クルクルと回転するそれを()は掴み取り、親指で弾き飛ばした。




「銅貨一枚」




 それは硬貨。何の変哲もない、十円玉とは少し違った硬貨だった。それが輝きを帯びて、




「貫け!!"(アロー)"!!」



 

 一条の光となって獣を貫いた。

日曜更新

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